未確定と確定
白きカーネーション2

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「もう無理かもしれない…」

いつの間にか定期的に開かれるようになったボーダーの女子会。
大体ボーダー隊員の話だったり、
彼女達の日常生活だったり、
流行がなんだの、今度遊びに行こうとかそんな話だ。
だけど決まって盛り上がるのは恋愛話である。
この場にいるメンバーで彼氏持ちなのがまさかの桜花だけで、
必然的に彼女の恋愛事情が赤裸々になる。
それを参考にする者もいれば面白がる者もいる……誰がどう反応しているかまでは言及しないが、
第三者に漏らさないだけ彼女達は良心的だとだけ言っておこう。
どこの居酒屋も情報交換の場であり、コミュニケーションの場である大事なところだ。
特に力ではどうすることもできない事に関して、
今ひとつ対応に欠ける桜花にとって気兼ねなく聞ける場所と相手がいる事は非常に有難い。
まさか彼女達とここまで交友関係を持つとは思わなかったがそれはそれで今は置いておこう。
あれから嵐山とはどうなったという話から桜花の口から漏れた言葉に、
若干の緊張が走った。
「喧嘩したとかそういうのかしら?
あなた、仲直り苦手そうよね」
「残念ながら喧嘩してないわよ。
……寧ろ何も進展してない」
「嘘!?」
「あれから一カ月何もなかったの?」
というより何もしなかったのかいう言葉に桜花は頷いた。
事実だからしょうがない。
攻撃手のあの強気の攻めはどこに行ったのかと誰もが突っ込むであろうが、
そんなの桜花自身が知りたい事だった。
広報がメインとしている嵐山と桜花が任務で重なる事はほぼないし、休日が重なる事もない。
……これは桜花の生活費がボーダーでしか稼げないため本人があまり休みを入れないのが原因だ。
そして大学生でもある嵐山が桜花みたいに本部に居座る事もないのでボーダーで会う機会もあまりなく、
二人で過ごすのは決まって桜花の部屋なのだが、
そこで二人が行っている事といえば寝るだけである。
たまに晩御飯を共にしたりするが、本当にたまに、だ。
まぁ……少しくらい世間話もするが、
大体雰囲気に流されてそのまま寝るのだ。
付き合っている相手とベッドの中に一緒に入って手を出さないのは最早神ではないかと疑うレベルである。
なかなか進展しないカップルのあるある話と類似している。
完全にタイミングを逃してしまっているのだろう。
嵐山がどうかは分からないが、少なくとも桜花はそうだった。
早く手を出すべきだったと後悔している。
そんな桜花の姿を見て、
自分に女の魅力がないのだと落ち込んでいると周りは思ったらしい。
少しは女性らしい感性を身につけたなとまるで我が子の成長を見守るような気持ちになっていた。
「中学生、高校生の恋愛みたいでなんか初々しいわね」
「どうせ中学生時代もまともに恋愛してないわよ!」
そのまま近界へ行ってしまった桜花が積み上げてきたのは生きるための知恵と戦闘の経験値だけだ。
恋愛はする余裕もないし必要もなかったと拗ねるように吐き捨てたが少し気まずかったのだろう。
お酒を一杯飲み干した。
「明星さんにはそれで丁度いいんじゃないかしら?」
そう言ったのは今回珍しく参加している月見だ。
彼女にも思う事は多々あるが、
沢村みたいに同調するわけでもなく、
加古とは違い自分の感情は抜きにして客観的な目で意見を言う。
「それにあなた…意外と逃げ癖ついているみたいだから、
これを機に落ち着く事を考えてみたらどうかしら?」
ぐうの音も出ないくらいの正論だ。
「…努力はしてるわよ」
だからこその現状維持なのだと小さく反論した。
「プラトニックな関係を築けるなんて素敵じゃない」
「確かに。それだけ嵐山くんに大事にされているって事でしょう?」
「そんなの解ってるわよ」
何せその原因を作ったのは自分だ。
恋愛に慣れてないのも、相手を大事にし、自分が大事にされる事に慣れていないのも全て知った上で嵐山は付き合っている。
では、嵐山はどうなのだろうか?
嘘はつけない……ついても下手くそなのは知っているが、
この件に関しては桜花はいっぱいいっぱいすぎて、
そこまで気がまわっていない。
「そんなに気にするならスキンシップを少しずつ増やしたらどう?」
「スキンシップ?……だからできてないんじゃない」
桜花の言葉に皆嫌な予感がしたらしい。
聞き出してみれば嫌な予感は的中した。
彼女が想像していた恋人同士のスキンシップは……間違いではないのだが、
その後に続く「世の中やるかやられるかだけだ。とにかく相手より優位に立て」と教わったと聞き、皆盛大にため息をついた。
因みにこれを桜花に教えたとある男は、
酒場は情報のやり取りをする場であると教え、そしてカモにする人間を探す場でもあると泣いて教えてくれた。
なので利用する時は心しろと言われ、目の前の男みたいにはならないよう気をつけようと胸に誓ったのはいい思い出だ。
沢村達は世間の認識と残念なくらいかけ離れている桜花を相手にしている嵐山に尊敬と共に同情さえ感じる。
……悪いのは桜花だった。
「嵐山くんは桜花ちゃんにとって優良物件だから逃しちゃダメよ」
「それより自分の意識をなんとかしなさい」
皆にくどくど言われ続け、
解放されたのと女子会が終わるのは同時だった。


「桜花!」

店を出て呼び止める声は先程まで話題にしていた人物だ。
何でこんなところに嵐山がいるのだろうか。
今日は大学の友人と飲みに行くという話で此処にいるのはおかしいし、
そもそもここでボーダーの女子会をするとは言ってもいない。
答えに辿りつくのはそう難しい事ではなかった。
「嵐山くん丁度良かったわ。
桜花ちゃん酔ってるから送り届けてくれるかしら?」
「え、別に酔ってな…」
その瞬間加古と沢村に小突かれ、月見から冷たい目を向けられ、
桜花は黙るしかなかった。
「ありがとうございます。桜花帰ろう」
「え…そうね」
言うと嵐山に手を絡められる。
ドキッとする間もなく沢村の嬉しそうな顔だったり、
加古の面白がるような笑みだったり、
月見の見守るような優しいまなざしを向けられ、
手を繋ぐことなんて大した事ないはずなのに何だか恥ずかしい事をしている気分になるのは何故なのか。
…いや、実際問題、彼女達には恋愛事情も知られているため、
恥ずかしさがここにきて溢れたのかもしれない。
早くここから立ち去ろうと、桜花は嵐山を急かした。
嵐山を引っ張るようにして歩く桜花に不思議がりながらもついていく嵐山。
そんな二人を見て、後ろから優しい笑い声が聞こえた気がした。


夜は少し肌寒いが、二人で手を繋いで歩く分には丁度良かった。
「嵐山、よく場所が分かったわね」
「加古さんからメール貰ったんだ」
やはりそうか…と桜花は納得した。
「でも嵐山の方も集まりあったんでしょ?」
「彼女迎えに行くからって言ったら皆快く帰してくれたから気にしなくても大丈夫だぞ」
彼女という単語に反応して桜花は顔を背けた。
嬉しい安堵感みたいなものを感じて桜花は誤魔化すように違う言葉を口にする。
「野郎ばかりの飲み会だったのね」
「よく分かったな!」
「そりゃ……ね」
未だにこの男は自分が人気があるという事に自覚がないのだろうか。
少し先行きが不安になる。
誰か悪い奴に利用されるのではないだろうかと考え、
自分がその悪い奴に分類される事を思い出し妙な気持ちになった。
「私以外の悪い奴に誑かされないでよ」
桜花の言葉に嵐山はキョトンとした。
「桜花は悪い奴じゃないぞ」
反応したのはそこか……と苦笑する。
「あと、誑かされてもいない。
俺は桜花が好きなんだ」
「…知ってるわよ」
ここでいきなり言われるなんて思ってもみなかった言葉に少したじろぐ。
いつもならそこで終わりだが、先程の加古達との会話を思い出す。
スキンシップはこうやって手を繋いだり、言葉を交わしたりする事も含まれるらしい。
こういう言葉は言い慣れておらず、
なんだかむず痒く感じて言えない言葉も少しだけ頑張ってみようと思う。
「……私も好き…」
「あぁ!知ってるぞ!」
桜花の言葉に満面の笑みで答える。
そして繋いでいる手をぐいっと引っ張る。
手を繋いでいるだけの距離がもっと近づく。
腕を組んだ方がいいのではないかというくらいの距離間。
先程よりも嵐山の体温を感じて、
あぁこういう事なのか……と感じて胸が温かくなる。
「嵐山」
「なんだ?」
「キスしたい」
桜花の言葉の後にやってきたのは静寂だ。
そして照れたのか、少し緩んだ顔に少し可愛いなとさえ思った。
別に嫌がられているわけではない。
それを知って桜花は少し安心する。
だから遠慮なく嵐山の唇に触れるだけのキスをした。
「嵐山可愛い」
言うと嵐山が抱きついて来た。
「可愛いのは桜花だ」
「…そんな事、言うのアンタだけよ。っていうか痛い」
「あぁ!ごめんっ!」
慌てて離れるのも可愛らしく感じそして少し寂しくも感じる。
よく分からない感情に弄ばれ、どんどん欲張りになっていくのも分かる。
自分は最低限のものしか望まないと思っていたけど違うらしい。
愛というのは強くもなるが弱くもなる。
誰かがそんな事を言っていた気がするけど、それだけじゃなく欲張りにもなるらしい。
桜花は初めてそのことを知った。
「嵐山のせいね」
「何がだ?」
「私が欲張りになるの」
「桜花はもっと欲張りになっていいんだ」
「後悔しても知らないわよ」
「後悔なんてしないぞ」
「まぁ、アンタいつも全力だからね」
「桜花だってそうだろう?」
「私はただ生きるのに必死なだけよ」
「そういうとこが人を動かすんだ。
だから、俺も皆も桜花の事が好きなんだ」
「…今、何の話をしているの?」
「ああ、これは内緒だった」
「そんな満面な笑みで言わないでよ!」
嵐山を小突くがどうやらこの件に関しては言わないつもりらしい。
元々嘘は付けない人間だという事を彼は学んだのだろう。
ボロを出さない様に敢えて宣言する事で黙秘権を貫くつもりらしい。
一体誰の入れ知恵なのだろうか。
桜花は睨むが嵐山が堪える様子は勿論ない。

嵐山が歩き出す。
分かれ道…なのにも関わらず、桜花の家の方角へ一緒に歩いていく嵐山に思わず声を掛ける。
「アンタ、帰り道こっちじゃなかった?」
「桜花の家の方が近いから泊まりたい」
「一応アンタも飲んだしね。
別にいいけど、家は大丈夫なのお兄ちゃん?」
「ああ。泊まって来るって伝えたから大丈夫だぞ」
「……ああ、そう」
「桜花、帰ろう」

もう一度手を繋ぎ歩き出す。

「今日もよく眠れるな」
「あぁ…そこはよく眠るのね」
「何がだ?」
「別に。別にいいんだけど!」

今日、そして明日、明後日と続く未来の中で、
嵐山と過ごし、どんどん我儘になっていくのだろう。
昔は生きるのに必死でそんな余裕はないし、いらないと捨てたもの。
今はそれを抱えている。
勿論、余裕なんてものはないが相手が嵐山なら大切にしようと桜花は思う。
愛と共に生きるなんて、クサイ台詞だが、
桜花はそれを込みで生きていこうと思ったのだ。

何せ、彼女の愛は生きているのだからーー。


20160412



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