未確定と確定
トラップ☆ちゃいるど

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ボーダー本部の開発室にて。
チーフエンジニアである寺島とA級三位である風間隊の隊長である風間、
そしてどこかで見たことがあるようなないような小さな女の子がいた。
寺島と風間は同期である事から一緒にいるのはまだ分かる。
問題は幼女の方だ。
その存在が開発室を異空間に変えていた。

「確かどこかのチームが罠の開発してたな」

そう言って寺島が資料を漁る。
それだけを見ると単純に仕事をしているだけのいつもの風景だ。
風間はまだかと寺島を急かす。
何せ小さな子供というのはじっと待つことができない生き物だ。
動き回って落ち着きない子供の首根っこを掴み、座らせることに成功した風間はトリオン注入されていない空っぽのラッドを渡す。
「いいか、俺達の話が終わるまでそいつで遊んでろ」
「はーい」
「いい返事だ」
子供の対応に若干雑さがあるが、当人は喜んでいるみたいなのでいいだろう。
資料を探している人の背後で何やってるんだと内心ツッコミながらも寺島の手は目的のものを探す為しっかりと動いていた。
「あったあった」
お目当の資料が見つかり、寺島は実験の概要を読み始めた。
「本来の姿と見た目(身長、体格など)が違うとトリオン体の操縦が上手く出来なくなるが、時間が経てば操縦できる事も実証された。
ならば、脳に直接働きかけ、操縦するという思考を無くすまたは麻痺させられないかというのが今回の実験内容らしいね。
明星はそれに巻き込まれただけだな」
「……実験の概要は分かった。それでなんで幼児化する?」
「そのチームの趣味なんじゃない?」
まさかの幼女趣味説に風間は聞かなかったことにした。
「これはいつ直るんだ」
「本人がトリガーオフするのが一番なんだけど、
何も知らない子供にそれは難しいしね。
トリオンが自然に切れるのを待つしかないな。
因みにベイルアウトは止めた方がいいよ。
強制的なトリオン伝達脳及びトリオン供給器官の遮断の保障はしていないみたいだから」
さらっと不吉な事を寺島は言う。
そして「暴力的解決をするな」とも言われた。
寺島の言葉に軽く舌打ちするも風間はスコーピオンを解除した。
寺島がベイルアウトの話をしなかったらそのまま首ちょんぱするつもりだった。
危ない。
そしてその隣で自分に危険が及ぼうとしていたとは知らない幼児がラッドの足を掴んで振り回している。
……ここまでの話で察する通り、
この幼女は明星桜花。今回の被害者である。
概要は寺島が説明した通り、
思考の操作ができるかどうかという実験を行う事にしたエンジニアのとあるチームが、
ランダムに選出したトリガー所持者がトリガーを起動したら発動するようにした罠だ。
そのランダムに見事選ばれてしまった桜花は運が悪いとしか言いようがない。
因みにその付き添い人が風間なのは、本日の防衛任務で桜花と一緒だったからだ。
トリガーを起動して目の前で幼児化したのを見てしまっては放っておくことはできなかった。
防衛任務は他の者に任せて、
その場で年長者であり、エンジニアに継手があった風間がこうして寺島のところにやってきた次第である。
ここまでの経緯と現状を把握したところで、
対応策として考え至ったのは安全性を考えると自然に罠の効果が切れるのを待つか、
自然にトリオンが尽きるのを待つしかないという事だった。
桜花のトリオン量を考えると長期戦になるのは間違いない。

「かじゃまーつまんない」

元凶であり被害者の桜花は、言うとラッドを風間に投げつけた。
それを問答無用で風間はスコーピオンで斬った。
「かざまだ。あと人に向かって物は投げるな」
「そうだな風間。勝手にラッド斬るなよ」
「すまんな。
後でトリオンで修復してくれ」
「いや、するけど」
じゃないとエネドラが何してたんだと文句言うからなと寺島は続ける。
二人が会話をし始めたため、再び蚊帳の外になった桜花は頬を膨らませる。
「子供って本当自由だよな。
あ、ポップコーン食べる?」
「止めろ。お前みたいになる」
「明星は身長あるから大丈夫じゃない?」
「そう言ってお前を止めなかったのを俺は後悔している」
「風間って相変わらず自己管理がしっかりしているというか、面倒見いいな」
風間の手によりお菓子のお預けを喰らった桜花は更に頬を膨らませた。
斬られたラッドの片割れを拾いもう一度風間に投げつけた。
今度はそれを風間は斬らずに手で叩き落した。
「かじゃまのイジワルー!!」
「かざまだ。明星、人に物を投げつけるなと何度言わせる」
「あたしのなまえは桜花だもん」
「斬った後だからってそのラッド一応エネドラのボディ…いや、研究材料だから大切にしてくれる?
明星拾って投げない」
「あたし明星じゃないからなげるもん」
そう言ってもう一方の片割れを投げつける。
風間も今度はそれをキャッチする。
因みに先程叩き落したラッドは寺島が拾い上げ保護している。
投げつける物がなくなった桜花は頬を膨らませた。
「こちらの責任だし、一刻でも早く明星が戻るように手を尽くすよ」
「そうしてくれ。話が通じなくて困る」
溜息交じりに言う風間の足元では桜花が風間の足をぽこぽこ叩いている。
…謂わば駄々を捏ねている状態だ。
現在トリオン体のため痛くもなんともないが、
何というか…少しくらい大人しく…は無理かもしれないが、言うことくらい聞いてくれてもいいのではないかと思う。
十四年後の桜花もあまり人のいう事を聞く人間ではないが…、
いや、だから今の桜花がいるという事なのかもしれない。
「寺島、今明星を教育し直せば元に戻った時に身につけているという事は…」
「それはないと思うぞ」
「ちっ」
風間の本心からの舌打ちに寺島は軽く流した。
「それよりも、明星が元に戻るまで面倒見ててよ。
見た感じ、風間懐かれているみたいだし」
「どこをどうみたらそうなる。
寧ろ嫌われているだろう」
風間の足を掴んで引っ張ったり押したりしている。
勿論トリオン体である風間はびくともしない。
「それ、構ってほしいだけだろ。
どのみち誰かは面倒見ないといけないしね。
子供に罪はないんだから頼むよ」
「かじゃまーそれかえしてぇー」
「はぁ…これは寺島のものだから駄目だ。諦めろ」
「やだー」
「…我慢したらジュース買ってやる」
「うっ…がまんする」
「ああ、そうしてくれ」


かくして、桜花が元に戻る暫くの時間、
風間が面倒を見る事になった。
最初は全く風間のいう事を聞かず、
ボーダー基地内を探検すると言って駄々を捏ねていた桜花も、
風間が妥協し、それに付き合ってくれたことによりそれなりの信頼関係を築き上げていた。
人間の対応力というものは恐ろしいものである。
そしてそれが原因か、
桜花が幼児化したという話と、
風間が桜花の面倒をみているという話は瞬く間に広がった。
それが発覚したのはこの男と出会ったからだ。

「お、これが明星か」

噂を聞きつけました〜と言わんばかりに現れた太刀川に風間の目はひたすら冷たかった。
それを読んだのか桜花は太刀川に近づいたらいけないと判断したのか後ずさる。
見知らぬ人間……しかも幼児からすれば太刀川の身長は風間と違って大きい。
そしてあの何を考えているのか分からない格子状の瞳が幼児な桜花からしたら怖かったに違いない。
「何しに来た?」
「明星が子供になったて聞いてさー。
記念にスマホに撮っておくかなってな」
なんとなく用件を聞いたが、とてつもなくどうでもいい理由だった。
寧ろ桜花からしてみれば嫌がらせでしかない。
「でもこうして見たら、明星も普通の子供に見えるな。
はっはっはー」
可愛い可愛いと子供が喜びそうな言葉を並びたててマイペースに笑う太刀川に桜花は全力で抵抗していた。
「ヒゲやぁ!」
「そんな事言うなよ。俺だって傷つく」
子供は正直だ。
全力で嫌がる桜花にショックを受けたのか酷いな〜と言いながら桜花を抱き上げる。
恐らく嫌がらせをしたかったのだが思いつかなかったからとりあえずといったところだろう。
太刀川の意味不明な行動に残念なくらい慣れてしまっている風間は半分諦めている。
急に身体が浮かんで驚いたのか桜花はじたばた暴れる。
「はなせーヒゲ」
「そう言うな。この髭は有難ーいんだぞ。
お前にもおすそ分けしてやる」
言うと太刀川は頬擦りし始めた。
…言わずとも分かるだろうが、その行為により桜花は悲鳴を上げた。
余程髭がじょりじょりして痛くて気持ち悪かったのだろう。
その一連の流れを見てやはり…と言ったところか。
風間はこの男は何をしたいんだとあらためて思った。
「太刀川、いい加減に止めてやれ」
風間は遠慮なく太刀川を蹴った。
その衝撃で思わず太刀川は桜花を落とすが、
桜花はトリオン体だ。
着地には失敗したが、怪我をする事はない。
泣きもせずむくりと立ち上がり、
自由になったこの機会を逃す事なく、桜花は慌てて風間の背後に隠れた。
ちゃっかりしている。
「風間さん酷い!」
「大の大人が子供の嫌がることをするな」
「そーだ!ヒゲはあっちいけ!!」
「……風間さんの背後にいる明星が生意気なんですけど」
「子供のする事だ。諦めろ」
気にするなではなく諦めろと言ったのも風間の実体験であり、相手が太刀川だからだ。
流石に太刀川がそこまで読み取る事はできないが……。
風間の背後に隠れたものの、未だ太刀川に見られている桜花はそれから逃げるように走り出した。
「勝手に行くな」
風間の言葉にぴたっと止まり振り返る。
そして早く早くと急かした。
「かじゃまーはやくぅ」
「あぁ」
その様子を見て太刀川は思った事を口にした。
「なんか、風間さん兄貴というよりは親父って感じだなー」
「止めろ」
苛ついた風間は反射的に太刀川を殴った。
風間さん酷ぇ…と声が聞こえたが無視して風間は桜花の元に行き、並んで歩く。

子供の体力…いや好奇心とでもいうのか、
飽きる事なく桜花は歩いていた。
だが、限界というのは訪れるもので、
一通り歩き回った桜花は面白いものを見つけられなかったらしい。
不貞腐れながら風間に向かって手を伸ばした。
「かじゃま、つかれたーだっこ」
「嘘をつくな。ちゃんと歩け」
「ケチー」
「冒険するんだろ、自分の足で歩かないと意味がないぞ」
「たくさんあるいたけどみつかんないんだもん」
「目的があってやってたのか」
少し意外だった。
だからだろう。
なんとなく聞いてみたのは……。
「何を探してるんだ?」
「しあわせ」
「…………」
「あるいてこないからあるいていかないといけないんだって」
「……そんな歌、あったな」
「でもしあわせってなんだろうね?」
「それはお前しか見つけられん」
言うと風間は桜花の頭を撫でる。
最初はよく分からなかったがその後に続く「頑張って探せよ」という言葉に桜花は元気よく返事をした。
「かじゃま〜やっぱりだっこ」
「あぁ、今だけだぞ」
「やった!」
抱き上げられて桜花は満足した。

とりあえず二人は開発室に戻る事にする。
いつの間にか仲良くなっている?二人の姿に寺島は若干びっくりした。
何せ彼には今からやらなければならない仕事がある。
いい雰囲気のところ申し訳ないんだけど……と現実を突きつけた。
解除方法にバグがありこちら側から解除できないので、
自然に解除されるのを待つしかないという事。
そして桜花のトリオン量から考えるに最短でも三日はこのままだという事。
それを聞いてどう反応すればいいのか分からない風間だ。
「あしたもぼうけんできる?」
「……あぁ、そうだな」
「やったー!」
ただ一人、状況が分かっていない桜花は風間の腕の中で喜んでいた。


20160420


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