未確定と確定
僕たちの未来
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玉狛支部に所属する迅が本部に顔出しするのは任務を除くとあまりない。
攻撃手個人ランキング一位を目指すと宣言をしてから、
少しずつ来る機会は増えているものの、
同じ玉狛支部にいる遊真に比べるとやはり少ない。
小南に趣味が暗躍と言われるだけあって、
迅の仕事は防衛任務だけではない。
自身が持つ未来視のサイドエフェクトによりいろんなとこを歩き回り、
いろんな人を見て、未来を知る。
それが主な仕事と言っても、過言ではない。
だからなのか、視えた未来から推測して人とどう接すればいいのか良くも悪くも分かる迅は、
それとなく付き合っていけるように選択していた。
そんな彼が、心から付き合えるような人間。
大切にしたいと思えるような人間に出逢えたのは運がいいのだろう。
どんな時でも傍にいて欲しい。
共にありたいと、
自分の私欲でそう思える人間ができたのは、
迅にとって奇跡に近かった。
よりによって何故アイツなのかと言う人間もいれば、
皆の為にと考える迅には自分がやりたい事をする人間が丁度いいと言う人間もいて賛否両論だ。
その噂の相手とはあの明星桜花である。
すれ違った隊員から視えた未来。
この隊員はこの後、個人ランク戦のブースで彼女の試合を見学する……予定になっている。
だったら行けば会えるかもしれない。
行こうと決断する前に迅の足はそちらに向かう。
「良かったじゃない成功して」
「あぁ、嬉しそうにしてた!」
その道中、自販機前にいる彼女と友人の嵐山が話しているのを見つけた。
「桜花も、一緒の方が良かったんじゃないか?」
「それだと出来なかったんじゃない?
あれはあれでいい配置だったと思うわよ」
「一人でも多い方がいいと思うけどな」
「だからそうしたんじゃない。嵐山しつこいわよ。
そんなに言うならジュース奢ってちょうだい」
話しこんでいる二人を見て、迅の足が一度止まる。
遠目で見ても分かる通り二人は仲がいい。
何か胸が詰まる感覚があったが、こちらに気づいた嵐山が名前を呼びながら手を振る。
それにあわせて桜花も視線をこちらに向けた。
迅は何食わぬ顔で二人に近づいた。
「久しぶりだな迅!」
「この前玉狛で会ったばかりだろ」
「本部で会うのは久しぶりだぞ!」
「嵐山のその発想って、相変わらず凄いわね。尊敬するわ」
呆れ顔で言う桜花の言葉に確かにと迅は同意する。
それに対して嵐山は少し不満そうに反応した。
「二人して酷いな」
「それより、嵐山お金」
「桜花。なに、嵐山にたかってるの」
「違うわよ!嵐山が私にどうしてもっていうから奢らせてあげるのよ」
「オレがいない間に何があったの……」
その時視えた未来の二人のやりとりに迅はおいてけぼりをくらう。
そして数秒後にやってきた現実。
「ん?ああ、実は――」
「嵐山、早く」
言葉を遮るように割り込んできた桜花に嵐山は苦笑しながら対応する。
一つ一つの所作に面倒見のいい彼の良さが滲み出ている。
なんというかそれを見ていると妙に胸がざわつく。
何か未来が視えるのかもしれない。
「…二人は仲がいいね」
「ん?そうだな」
「今更よね。でも私よりアンタ達二人の方が仲がいいでしょ?」
「でも迅と桜花だって仲良いだろう?
付き合ってるからな」
「…って、何でそれぞれで相手の仲の良さを主張しなくちゃいけないの。気持ち悪い!」
「皆仲がいいって事だな!」
「そこ、嬉しそうにしない」
そうだ。彼等三人は仲が良い。
それは周囲も本人達も認めている。
でも二人はもっと仲が良い…いや、
仲が良かった、仲が良くなる…と迅は思っている。
そんな気がするのはいくつかの分岐点で二人の姿を視た事があるからか。
思わず口に出てしまったその言葉の後にその先の未来が視えた。
「桜花は嵐山だな…」
「どういう意味?」
「別に意味は…」
「本音は?」
桜花の鋭い視線が容赦なく迅を突き刺す。
「…桜花」
言っても言わなくても桜花が怒る未来が視える。
どちらがいいのかなんて分かるわけがない。
まるで自分で選べと言われているような気持ちになる。
「桜花は嵐山と一緒にいる方がしっくりくる。
どうしてオレを選んだのかって正直思うよ」
「それをアンタが言うの。ふざけるんじゃないわよ!」
「迅っ!
桜花も落ち着いて」
「嵐山は黙ってて」
ここまで来ると何を言っても次の未来は決まっていた。
「で、アンタはどうしたいの?」
「オレは……」
迅は言葉に詰まる。
それを見て桜花の怒りは頂点に達したらしい。
「そういうつもりならもういいわ。嵐山行くわよ」
「桜花…」
「いいから黙ってついてくる!」
言うと無理矢理桜花は嵐山を連れていく。
その先には「この件に口出ししないでよ」と嵐山に釘を刺している姿が視える事から、
部外者に立ち入られないよう徹底する気満々だ。
やってしまった――。
未来が視えるのが遅すぎたのか、
冷静に動けなかった自分がいけなかったのか、
迅はひたすら後悔していた。
こんな風に自分で追い込むことはあまり経験がない。
そして次に視えたのは、
桜花と喧嘩した事がボーダー隊員に知れ渡る未来だ。
「迅さんと明星さんが喧嘩!?」
「明星さんが一方的にキレたって」
「迅さんに愛想つかされたらしいぞ」
「え、二人別れるの?」
「やべー、ちょっと内戦くるんじゃねぇ?」
映像を見ているかのように流れ込んできた未来。
今の隊員達の会話から思わぬ言葉が出てきて、
それだけ事態は悪化する事は分かった。
(これは結構堪えるな……)
まだ起こってもいない現実に迅は落ち込む。
そして、思ってもいなかった速さで二人が喧嘩したという話は広がっており、
それが更に迅を追い込む。
「迅、お前明星と喧嘩したんだってな」
「よりによって太刀川さんかー……」
迅は項垂れた。
二人が喧嘩したと話を聞いて迅のところにやってくる人とパターンは幾つか視えた。
その中に太刀川の姿も確認していた。
その後の展開までは視えなかったのでどうなるかは分からないが、
迅的には「太刀川さん何しに来たの」である。
失礼にも程があるが、戦闘以外太刀川は無能である事は既に周知の事実であるため、
迅を非難する者はいないだろう。
「で、お前何やらかしたんだ?」
「太刀川さんその野次馬根性なに?」
「何言ってるんだ、ただの好奇心だ」
「そこは建前でも心配してたって言うとこでしょ」
「いやーお前に建前言ってもしょうがねぇだろ?」
「太刀川さんそういうところは潔いね」
理由を言うまで離れようとしない太刀川の未来の姿が視えて、
迅は諦めるしかなかった。
流石にランク戦の気分ではないし、相手が太刀川なら発散どころではない。
ブースに連れ込まれる前に早急に対処するしかない。
「しかし迅が喧嘩とか珍しいなー。
お前、そういうの回避するだろ。
そうしないといけない未来でも視たのか?」
「別にそういうわけでは…」
なかった。
ただ、自分と知らない話題で楽しそうにしている二人が面白くなかっただけだ。
桜花の性格はある意味正直だ。
本音でぶっちゃけるけど何か文句ある?というような付き合い方をする。
特に同い年には容赦ない。
そんな桜花をこの世界に止めようと画策していたのは迅だ。
その未来に辿り着くように幾つも未来を視て根回しもした。
辿り着いた未来の先がどうなるかは正直桜花次第だ。
迅がここまで辿り着くまでに視た先の未来には、
彼女が自分ではない誰かの隣にいて笑っている姿だ。
それを分岐点を通過する度に何度も視た。
最初はそれでも良かったのだ。
大丈夫だった。
なのに気づけば、大丈夫ではなくなった……。
だからあの時迅は桜花の手を取って離さなかった。
彼女から無数に存在していた未来を捨てさせ、現在を手にしたのだ。
いつの間にか言葉が口から溢れていた。
その事に気付いたのは太刀川がそれに答えたからだ。
「迅、それ嫉妬じゃねぇ?」
「え」
嫉妬。オレが何に嫉妬しているのときょとんとした目が訴えてくる。
それに珍しい事もあるものだなと太刀川はどこか面白そうに見ていた。
「お前、明星が自分以外の人間と一緒にいるのが気にくわないんだろ?」
「気にくわないって…そこまでじゃ……ただ面白くないだけで」
「それで、昔視た予知を思い出して不安なんだろ。
お前、ちゃんと苛立ったり不安に思ったりするんだなー」
「太刀川さん、オレを何だと思ってるの」
「お前そういうのに無頓着でいようとしてただろう。
いやー嵐山に対して嫉妬するとか、お前本気で好きなんだな」
何を考えているのか分からない格子状の目で笑う太刀川に、
迅は未だに要領を得ないようだ。
誰かを羨む事はあっても、嫉妬なんて今までした事がないし、
する日が来るなんて思ってもいなかった。
「好きなら嫉妬の一つや二つ仕方がない。
ただアイツもお前が嫉妬するなんて思ってもいないだろうから、
ちゃんと言った方がいいんじゃね?
じゃないとこのままお前ら破局だなーははは」
「太刀川さん、笑えないって」
「そうか?」
本気で言っているのか分からない顔で反応する太刀川に、
迅は苦笑するしかない。
だが、太刀川の言葉のおかげで自分の胸に渦巻くものの正体がはっきりとして、
少しだけすっきりしたのも事実だ。
そして、それだけ自分が桜花に対して本気だと後押しされた事が、
何よりも嬉しく思えた。
…そんな事は口が裂けても本人には言わないが。
「太刀川さん、今度ランク戦付き合うよ」
「お、マジか?真剣に頼むぞ」
「うん、ちゃんと本気出すよ」
言葉にはしないありがとうの気持ちを込めて、
迅は太刀川とそう約束した。
「桜花」
ボーダー中心の生活をしている桜花の行動範囲は狭い。
すぐに見つかる予定だったのに、実際、彼女を見つけるのには少し時間が掛かった。
結論からいうと桜花は三門市を出て隣町の船乗り場にいた。
任務ではなく私用で。
一週間旅に出ると急に言い出してトンズラした彼女は文字通り旅に出ようとしていた。
因みにこれを知ったのはシフト調整に携わる風間に「いい加減にしろ」と怒られたからだ。
三門市の外へ飛び出すくらいだ。
彼女は相当怒っているらしい。
いくら迅が予知のサイドエフェクトを持っているとはいえ万能ではない。
どこにいるのか探し当てるのは難しい。
探し回りちょろちょろ視えたものを手繰り寄せ、
ようやく彼女を見つけた時には既に夕方だった。
声を掛けたが振り返ろうともせず、逃げようとするので、
躊躇することなく迅は桜花の手を掴んだ。
「離して」
「離したら逃げるだろ」
「逃げる?ふざけないで。
アンタが私を手放したんでしょ。
だから私はアンタに逢いたくないだけよ」
「桜花ごめん」
「なにが」
「オレ、嵐山に妬いてたみたい」
「…………は?」
理由もなく謝るだけなら、
この手を振りほどいて蹴飛ばしてやるくらい考えていた桜花も、
想像していなかった言葉を耳にし、驚いた。
その隙を逃さず抱き締めてきた迅に、
抵抗することなくとりあえずすっぽりと納まっておく。
「いつも澄ましているくせに。
妬くの?っていうか妬けるの?」
「…桜花もオレの事なんだと思ってるの」
「恰好つけたがりの面倒な奴」
「…酷いなーそれ……」
「あと、寂しがり屋なくせに妙に諦めがいい奴。
だから私はアンタが自分で私を選んだのにそれを棄てたんだって…
ムカついたわよ、馬鹿」
桜花の言葉を聞いて迅の腕に力がこもる。
あの時桜花は迅が嵐山との方がお似合いだと言った事も、
どうしたいのかと聞いて答えなかった事に、
迅は彼女を諦めたのだと判断したようだ。
だから憤慨していた。
きっと桜花は迅が探しに来なかったら、
一週間どころか永遠にボーダーに戻るつもりはなかったのだろう。
それだけ彼女も自分の事を考えていてくれたのだと思うと、
何故だろう。
少し涙が出てきそうだった。
今、抱きしめてて良かったと迅は心底思った。
「桜花」
愛しく思う存在の名前を呼ぶ。
思ったよりも震えている声に、
迅は今、視えていない未来を選ぼうとしているのだと実感した。
それはこんなにも勇気がいる事なのだ。
より良い未来を選択して、他の未来は諦める。
それに慣れていたからすっかり忘れていた。
「本当に桜花の事を考えるならオレはこの手を離さないといけない…。
でも、オレが欲しい未来には桜花が必要なんだ。
桜花、オレの未来のために桜花の未来をちょうだい」
迅の言葉に桜花は息を吐いた。
次の瞬間、迅が視えた予知と同時にそれはやってきた。
桜花は思いっきり迅に腹パンを喰らわせた。
距離がそんなにないため威力はあまりないが、
いろんな意味で衝撃的だ。
「…っ!?
…桜花いきなり酷いって」
「拳一つで私の未来が手に入るなら安いものでしょ」
態勢が崩れた迅の胸倉を掴んで、
桜花はそのまま迅にキスをした。
「最期までアンタの未来に付き合ってあげる。
いい?これは私が決めた事よ。
この件で勝手に傷ついたりしないでよ。
ましてや私を棄てたりなんかしたら、ぶん殴るだけじゃ済まさないから」
なかなか脅迫めいた告白の返事である。
甘い言葉なんてそこには存在しないが、
彼女の誠意は直に伝わってくる。
真正面から自分にぶつかってくれるし、
何があっても折れないし、支えくらいにはなってあげると告げているそれに、
ますます彼女を手放せないなと迅は思う。
好きが積もるばかりで、
きっとこの先もそれは変わらないのだろうなと迅は思った。
「とりあえず、一週間空いたから暇潰しに付き合いなさいよ」
あまり三門市を出る事がない迅に向かって今だけゆっくりしようと誘う桜花の言葉に、
迅は自分の頬が緩んだ事に気付いた。
「あー…風間さんに謝らないとな……」
「一週間なら私達の穴ぐらい埋められるでしょ。
何かあったら嵐山と柿崎に任せれば?
喜んで引き受けてくれるわよ」
「桜花…」
迅は名前を呼ぶ。
そして自分から桜花にキスをした。
「一緒の未来を選んでくれてありがとう」
この先何があっても、同じ未来を過ごす。
相手への想いとその決意に二人は見つめ合い、
お互いの唇を重ね合わせた――。
20160624
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