未確定と確定
どうせなら酔いたかった

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「あら、桜花ちゃんいいところに!」

加古の一言に嫌な予感がした。
その直感を信じて逃げれば良かったと後の桜花は思った。

桜花が連れていかれたのは三門市のとある居酒屋。
通された部屋にいる面々を見て、
どうやら既に始まっているらしい。
以前、玉狛支部で飲み会をした時の事を思い出した。
「加古ちゃん、それに明星さん?」
「なんだー特別ゲストって明星かよー」
「あら、女の子が一人増えていいでしょう?」
「じゃ、私帰るわ」
加古の口ぶりからするにどうやらメールか何かでもう一人連れて行くと連絡していたらしい。
そして太刀川の言葉にあまり歓迎されていないと把握した桜花は、
来て早々帰ろうとした。
が、そこを柿崎と来馬に止められた。
「そっか…僕はあまり本部には行かないから、
皆で一緒にご飯食べれたらって思ったけど」
「明星!折角だから飲んで行けよ」
「え、これ狡いやつよね?」
集まっているメンバーの中で子犬と忠犬に位置するような二人に何故か必死に頼み込まれ、
ほんの少し残っていた良心が負けてしまった。
桜花は大人しく座るしかなかった。
「はは、あまりない機会だ。
今日は楽しんで行こう」
そこには前にはいなかった東の姿…。
本日の飲み会参加メンバーは、
東、風間、木崎、諏訪、加古、来馬、太刀川、堤、二宮、嵐山、柿崎…
成人済みの学生たちだ。
「東さんがそう言うんだ。
有難く飲んで行け」
「…誰こいつ」
「二宮は東さんの事尊敬しているからな」
「別にいいけど、この態度の違い…!」
納得いかないと風間の言葉に桜花は反論した。
「いいじゃないか!
桜花も身分証明書ができて、この間誕生日も迎えたんだからそのお祝いだと思って」
「因みに食べ飲み放題だから好きなだけ頼んでいいぞ」
「あ、でもあまり飲みすぎないように」
「バッ、堤!
今回は此奴らを飲み潰れるまで飲ますんだろーが」
諏訪の言葉に今回の魂胆が分かってしまったが、
嵐山や木崎の言葉に納得した桜花は諏訪の言葉を聞かなかったことにした。
因みに諏訪が言う此奴らは桜花の他に前回玉狛で料理の配膳をしたりしていた木崎を指している。
確かに木崎は今回飲むべきだと思った桜花はとりあえず前回のお礼を込めて木崎のグラスにお酒を注ぐ。
「明星有難いが俺は…」
「お、いいじゃねーか。
ほらゴリラ飲め飲め〜」
「誰がゴリラだ」
「はは、飲み比べか?面白ぇーな」
「(前回のから見るに)太刀川より私、強いわよ」
「やってみなきゃ分からねーだろ」
「あ、じゃあ私が皆に注いであげるわね」
加古の言葉を聞いて一部の者はこれはダメな奴だと思った。

そして案の定、
お酒に弱い者は酔いつぶれていた。
無論、加古が注ぐペースが速かったというのもあるが、
正直にその都度飲んでいた彼等の自己責任だと桜花は思った。
「意外。木崎さん弱いのね」
「こいつ、顔に似合わず酒と好きな奴の前だとダメになるからなー」
「…諏訪、止めろ。頭に響く……」
「ますます意外だわ」
飲み比べ相手がいなくなったので、
桜花は通常運転に戻り、料理を食し始めた。
折角の食べ放題だ。
食べれるだけ食べる!と意気込みながらテーブルに並べられている皿を綺麗にしていく。
「でも本当に明星さんお酒強いんだね」
「いや、此奴らが弱すぎというか、ペース考えずに飲むからでしょ」
年上を此奴ら呼び…失礼にも程があるが、本日は無礼講。
暗黙の了解である。
「ふふ、じゃあ桜花ちゃん潰れるまで行ってみましょう♪」
「いやいや加古ちゃん女の子相手にそれはダメだって」
「そうよ、酔いつぶれたらどうやって帰ればいいのよ」
「それはその辺の人達に送って貰ったらいいじゃない」
「その辺の人達半分を潰したのは加古さんなんだけど」
「あーら失礼しちゃうわね!
二宮くんは私じゃなくて東さんのせいよ、東さん」
「いやー、面目ない」
桜花の言う通り加古を中心として周りにいる男性陣…
木崎、太刀川、柿崎、風間、来馬が飲み潰れている。
その光景はなかなかの地獄絵図だったが
東の言葉通り視線をそちらに向けると尊敬している東の隣に座りたかったのか、
加古から離れ避難したかったのかはしらないが、
テーブルに突っ伏している二宮を見て心の中で桜花は合掌した。
倒れた皆の分までしっかり食べようと、桜花は次の更に箸を進める。
「あの二宮が…東さんも見た目によらず、いい性格してるわよね」
「東さんと二宮さん、それに加古さんは昔一緒に隊を組んでいたから、
それだけ気心が知れてるって事だろう」
「嵐山相変わらずプラス変換しすぎだから」
「テメェは食べるかしゃべるかどっちかにしやがれ」
「じゃあ食べるわ」
諏訪の言葉に桜花は大人しく従う。
…従うというよりはただ食べたかっただけなんだろうなと想像するのは難しくなかった。
そこで急に風間が身体を起こした。
目は据わっているのでまだ酔いは抜けていないだろう。
「やべーな、これ暴れる奴だろ」
諏訪が呟いたのを聞いて皆臨時態勢をとった。
…というか風間が酔って暴れるなら飲ませるなと思わなくもない。
桜花も被害に遭わないように受け皿を持って立ち上がりながらも食べていた。
ギリギリまで食べようとするその心意気をどう買えばいいのか分からないが、
突っ込み者は風間を相手にするのに忙しいので誰も彼女に何も言わなかった。
「明星立って食べるな座れ」
「あ、はい」
「おいコラ明星蹴るなテメェ!」
「ほら、風間さんが座れって」
「空いてるところに座れよ!」
「風間さんの目の前なんてアウ…恐れ多くて座れないわよ。
諏訪さん私ここに座るから風間さんの前にどーぞ」
桜花は無理矢理諏訪が座っていたところに座った。
一応相手は女性なため諏訪も強く出ず、
渋々横にずれるしかなかった。
「つべこべ言わず座れ」
「あーはいはい明星座ったわよ」
言うと桜花は無理矢理諏訪を風間の前に座らせた。
「全くお前という奴は…」
「ゲ、マジかよ…」
風間は完全に諏訪が桜花に見えているらしい。
この時点で諏訪は嫌な予感しかしなかった。
諏訪の脳裏には今まで酔っぱらった風間の数々の行動が過った。
一番新しいのはポストと戦った事と、
同じく酔っぱらった太刀川とバトルをし始めて玉狛のリビングを半壊させた(玉狛で良かった)事かー…。
風間が桜花の事をどう思っているかは知らないが、
事と場合によれば悲劇が繰り返されるわけである。
しかも今回は諏訪を桜花だと思い込んでいるため被害に遭うのは諏訪だ。
諏訪は桜花を睨むが、当の本人は素知らぬ顔で並べられている料理に箸を伸ばし、
自分の受け皿に入れていた。
「余所見をするな」
「……」
風間のその言葉に諏訪は覚悟を決めた。
「お前のいいところは何事にも真っ直ぐなところだろうが。
ただでさえ誤解されやすいんだ。
きちんとできるところはちゃんとしろ」
「それだけ、か?」
予想とは全く違う展開に諏訪がぽかーんと口を開けた。
その他のメンバーも風間が酔い潰れる姿は何度か目撃したことがあるのであまり驚かないが、
確かにこれは珍しいパターンかもしれないと思った。
桜花としては自分の身を案じてくれているのかもしれないが説教染みた言葉に、
余計なお世話だと内心思いながら素知らぬ顔で食べていた。

後から思うに、
この時に無理矢理風間を気絶させてしまえば、
桜花の被害は少なくて済んだのかもしれない。
いや、心境的には諏訪も入る。
何て言ったって諏訪のこの一言が風間のスイッチを押したのだ。

「なんだ、物足りないか?
仕方ない、この際だから言うが…
お前はいい加減に見えて根性も向上心もある。
最初お前と訓練している時は音を上げると思っていたがしっかりついてきたのには驚いた。
腕がいいのは知っていたが全力でぶつかっていく姿勢は好感が持てるな」

言うと風間はまるで念仏を唱えるかのように次から次へと言葉を紡ぎ出し始めた。
良かったな〜と呑気に視線を向けてくる嵐山には後で蹴りをお見舞いしようと桜花は思った。
彼女からしたら全然良くない。
どうしてそんなに言葉が出てくるのかは知らないが褒められ慣れていない桜花は思わず身震いした。
「なんだ明星高評価じゃねぇか。
風間、他には何かねぇのかよ」
「見た目に寄らず可愛いとこあるだろう」
「ぶっ」
「っ!?」
風間のいきなりの言葉に諏訪は噴き出し、桜花は咽た。
丁度口に物が入っていたため気管に詰まりそうになるという…事態は最悪な方向へ進む。
ごほごほしながらもなんとか必死に傍にあったグラスに手を伸ばして飲んだ。
「う…まず…」
「流石にお酒で食べ物を流し込むのは合わないんじゃないかな…」
しかし後の祭りだった。
口直しに水を飲もうと手を伸ばす。
「明星それは…」
「なにこれ、げほっ」
「そりゃそうよ。それ二宮くんが東さんと飲んでたやつよ」
だから二宮が潰れるのが早かったのかと桜花は思った。
未だに止まりそうにない風間の言葉に若干パニックを起こしかける。
身体が熱いのは度数が高いお酒を飲んだからだ。
そうだそういう事にしておこうと桜花は頭を大きく傾かせた。
「ぎゃはは、明星が可愛いって…マジかよ!?」
「可愛い奴を可愛いと言って何が悪い」
「やべー腹痛ぇ…!」
「頭痛い…」
諏訪はお腹を抱え、桜花は頭を抱えた。
「明星さん、お水いる?」
側から見ると気分が悪そうに見える桜花に堤は水を渡す。
受け取ったものの飲む気力がないのか桜花は下を向いたままだ。
それでも尚、諏訪は風間を煽っている。
恐らくこちらも少し酔っているのだろう。
いつもよりハイテンションだ。
風間は続ける。
「手のかかる奴ほど可愛いというのは本当らしいな。
お前の成長を見るのは楽しい」
「風間。そろそろ他のネタはねぇのか…ふごっ!」
もう限界だった。
一応我慢していた桜花は耐えきれなくなって問答無用で諏訪の後頭部を殴った。
酒が入っていたこともあり、諏訪は撃沈した。
その倒れた様子を見て「何をしている馬鹿が」と言う風間。
一応心配しているのか様子を見ようと近づこうとして立ち上がり…、
酔いが更に回ったのだろう。
ふらついてそのまま倒れた。
「風間さん!!」
堤と嵐山が急いで倒れた風間と諏訪を…どうすることもできないので床にちゃんと寝かせる事にした。
その間も桜花は頭を抱えてぐたっとしていた。
諏訪を殴ったのは酔っぱらったが故の暴力ですませるとして…
隣とそして真正面から視線を感じて顔を上げたくても上げられない状態だった。
「良かったな明星」
「本当。これから二次会でもする?」
この言葉から察するに近くにいる東と加古には酔っていない事がばれている。
後輩たちの微笑ましい一面に穏やかな視線を向ける東と、
まるで面白いおもちゃを見つけたかのようなキラキラした視線を向ける加古に、
今回参加した自分を呪った。

――絶対、ぶった斬ってやる…!!

彼女がそう誓ったのは言うまでもなかった。


20161015


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