隊服
青春をもう一度


それはいつもと変わらない日になるはずだった。
ボーダー本部。きっかけはなんだっていい。何かを意図したわけでもなくゆめはトリガーを起動した。
周囲がざわつく。その声に反応してゆめは自分の姿を確認する。目に飛び込んだ自分の姿を見てゆめの胸が跳ねたのに気付いた。
それは高校時代に着ていた制服。走馬灯のようにいろんな記憶が出てきては消えていく。その記憶が自分の思い出を揺さぶる。
今まで止まっていた時が急に動き出したかのように徐々に大きく聞こえる鼓動にゆめは動かずにはいられなかった。
自然に急ぎ足になるのは何故なのか。わざわざ口にする必要はないだろう。
頭に浮かんだ彼の姿を今も求めている。それだけで充分だった。
彼を見つけてどうするか決めてはいない。どうなりたいという願望が全くないわけではない。それでも突き動かす何かはあの時のままで終わらせたくないと自分の心が言っていたからだ。
 
(いた……!)
 
ゆめは彼の姿を見て足を止める。
換装体なのだからどんなに走っても息切れなんて起こさないはずなのに乱れる呼吸を落ち着かせる。
彼がサイドエフェクトで予知しなかったことに安堵する。彼のことだ。もしかしたら未来が見えても避けなかっただけなのかもしれない。それでも良かった。無事に見つけることができて、会うことができて……ゆめの胸で鳴る音は止まることはない。
彼は……迅はゆめが声を掛ける前に振り返った。
 
「どうしたの?」
「やっぱりそうだ!迅のトリオン体もその服に換装したんだね」
 
ゆめと迅が換装した姿は懐かしの高校生時代の制服だ。
「いきなりで驚いた」と口にするゆめとは反対に迅は冷静だ。もしかして「この未来が見えていたのか」と問う「そんなことないけど……」と歯切れ悪く答えた。
 
「エンジニアがイベントをするって言ってたな」
 
なんでもとある司令官を送り出すために企画したとびっきりのイベント。所謂送別会だ。
送別会とイベントの趣旨があまり理解できないがトリオン体への換装でこの服装を着用している理由はそれらしい。
 
「センス悪いなー」
「そう?懐かしくない??」
 
自分達が身に纏っている高校生時代の制服。かっこいいとは言えないかもしれないが忘れられない自分の過去の一部だ。
あの時は同じ制服を着て一緒に学業に取り組んで……同じ時を過ごしていたはずなのに卒業してそれは消えてしまった。
ボーダーに入隊しても迅と同じ隊服を着ていないゆめにとってあの時の制服は迅と一緒に過ごすために必要な必需品だったのだと思い知る。悔やんでどうなるわけでもないがそれだけ大切にしていたものをゆめは過去として一部を置いてきたのだ。それが今こうして目の前に現れた。
ゆめの脳裏にあの時の光景が蘇るのは仕方がなかった。
迅に会ってどうするかは決めていなかった。
だけど変わることのないこの気持ちに今度こそ自分の気持ちを伝えなくてはいけないのだと悟る。
 
「迅――」
「おれ今から任務……」
「言いたいことがあるんだけど」
 
行かないでと言葉で伝える。逃げないでと目で訴える。
ゆめが過ごした高校時代のあの日は今みたいに伝えようとして遮られた。それは言う前から拒絶されたのと同じだ。それがどれだけ辛かったのか文句を言う権利がゆめにはあるはずだ。
 
「私が前、迅を屋上に呼び出したの覚えているよね?」
「う――ん……どのことだろう?」
「分かっているでしょ。私あの日迅に言うつもりだったんだよ。好きだって。なのにわざと言わせなかったでしょ!」
 
迅は黙る。それは肯定の意味だった。
 
「私凄く怒っているんだけど」
 
今だから言えることがある。今だから迅は聞いてくれるのだろう。もしかしたらサイドエフェクトでゆめが怒る姿が見えたのかもしれない。
それでも逃げずにここにいてくれたならそれでいい。
迅はこの先を知らないのかもしれないし知っているのかもしれない。それでもゆめには関係なかった。
傷ついても尚、ゆめの迅に対する気持ちは変わっていない。迅はそれを知るべきだ。
ゆめは迅の腕を掴む。あの時のこの制服を身に纏っていた自分は迅に振り回されて終わってしまったが今回は逃がすつもりは全くない。
 
「私、今も迅のことが好きなの!」
 
ゆめの言葉に迅の瞳が揺れる。制服を身に纏う迅は当時に比べて大人びているはずなのにその表情は高校時代よりもなんだか幼い。
 
「ゆめ酷いな……」
「酷いのは迅でしょ!あの時の分も含めてちゃんと返事をちょうだい」
「それはちょっとタンマ」
「ヤダ。もう待たない!」
 
迅の静止を待たずにゆめは続ける。
 
「私は高校生の時から迅のことが好きだし、今だってそれ以上に好きになっているんだから!!」
 
ゆめの声が木霊する。迅は思わずゆめの首に顔を埋める。
 
「……もしかして計った?」
「なんのこと?」
 
忘れてはいけないがここはボーダー本部。
沢山の隊員達が日夜問わず滞在しているのだ。誰の目にも止まらぬはずがない。
ここで迅が選ぶ行動は二つに一つ。
 
「だからあの時避けたのに――」
 
言われたら「断る自信がなかった」と迅は白状した。そして「受け入れる覚悟もなかった」とも。
そんな珍しい弱音にゆめは容赦ない。
「最初から受け入れておけばよかったのよ」とゆめは迅の背中に自分の腕を回す。
 
「おれも――……」
 
観念したように迅もゆめの背中に腕を回し力一杯抱きしめた。
 

20180312


<< 前 | |