隊服
真っ白な雛鳥


「おはよう」
「……はよ」

別に私に届かなくたっていいって思っているんだろう返された小さな言葉。
直ぐに私から視線を逸らす行為は私には興味がないという証。
私と絵馬ユズルくんはただのクラスメイトで友達じゃない。だからこれは普通のことだった。
絵馬くんは物静かでいつも教室の隅にいる感じの子。想像がつくけど積極性はないしはっきり言って消極的。
クラスの男子と話す姿は目にするけど皆と違って騒がしいわけでもない。
大人びているって友達の誰かが言っていた。
そうだね。なんて最初は思っていたけど多分違うんだと思う。
だって絵馬くん。他のクラスの子と話している時表情が違うんだもん。
夏目ちゃんと巴くんと――ほら、あの子。
名前は何だっけと考えていたら隣で「ボーダー同士だと仲良いね」なんて声が聞こえてくる。
あーそうか彼等はボーダーなのか。
悪い奴と戦う正義の味方なんてアニメや漫画の世界だけじゃなくて現実に存在するなんて思ってもいなかった。
その正義の味方の一人が同じクラスメイトだということも。
だからあまり現実味が湧かない。
ボーダーで近界民を倒すのは凄いことだと思う。
だけどボーダーが何をしているのかよく分からないし、あの物静かな絵馬くんがボーダーで正義の味方をしているのも想像がつかなかった。
でも思うんだ。
ボーダー隊員として他の隊員と接する時間よりも学校で過ごす時間の方が長いよね?
なのに学友には興味がないと言わんばかりの態度にちょっとイラっとしたんだ。

それが中学二年生の最後の出来事。

新学期が始まって一学年上になった私は絵馬くんと同じクラスにはならなかった。
同じクラスでなければ顔を合わせることも早々ない。
自然と接する機会は減って――私は絵馬くんを忘れることは、なかった。

……というのも私がボーダーにスカウトされてそのまま興味本位で入隊したからだ。
希望してもなかなか入隊できないという噂の組織……ちょっとかっこいいじゃない?
本当軽いノリで入ったの。あわないと思えば辞めればいいし。そんな感じ。
ポジションも良く分からないし楽そうな狙撃手を希望して無事に訓練生としてスタートする。
なかなか入れないということもあって顔見知りが見つからない。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ心寂しかった私は元クラスメイトの顔を見つけて安心したんだ。

「絵馬くん!」

振り向いた絵馬くんの顔を見てはっとした。
呼んだのはいいけど私達仲が良いわけじゃなかったし元クラスメイトのこと覚えていてくれているのか急に不安になってきた。
そんなの呼ぶ前に気づけばいいのに……どうしよう。
寂しかったのと気まずさとなんかいろんなものがごちゃ混ぜになって考えるにもそこまで辿りつけない。
余計にどうやり過ごせばいいのか分からなくて焦ってしまう。絵馬くんの顔がまともに見れない……。
「あー」とか「うー」とかそんな言葉しか出てこなくて……私馬鹿なんじゃないの?
穴があったら入りたい……。

「どうしたの唯野さん」
「え?」

絵馬くんの言葉にさっきまで騒がしかった胸の中が急に静まった。頭の中で声がする。それをそのまま口にした。

「私のこと覚えているの?」
「何言ってるの……去年同じクラスだったでしょ」

この顔は教室で見たことないけど多分呆れている、んだと思う。だって眉が少し下がっているもん。
だけど覚えててくれていたことに胸がじわりと温かくなる感じがする。なにこれこそばゆい。
絵馬くんが私の姿を見て言葉を続ける。

「ボーダー入ったんだ?」
「う、うん。そういえば絵馬くんの服。私のと違うね?」
「オレは正隊員だから」
「正隊員になると白い服じゃなくなるの?」
「そうだね、一応区別をつけるために変わった気がするけど――オレはチームに入っているからその辺のことはあまり覚えてないや」
「チーム?バスケみたいにユニホームがあるってこと?」
「ま、そんなとこ」
「ふーん」

よく分からないけど。今私が着ている服とは違うことだけは分かった。
あと……学校よりも絵馬くんとたくさん話せていることも……変な感じがするけど、嫌じゃない。
ボーダーは悪い奴と戦う正義の味方。かっこよくて強い。そんなイメージ。
でもボーダー隊員の絵馬くんはそんな印象が全くないし入ってみてもやっぱり正義の味方ってイメージはない。……ないんだけど、今思ったのはなんていうのかな?なんか仲良くなれそうって思ったんだ。きっと口にしたら馬鹿にされる。だって私でもそれを聞いたらそう思うもん。ここは友達を作りに来る場所じゃないって分かっている。
でもね、でも……何かが違うんだ。

「じゃあ頑張って正隊員なろっと」
「無理しない程度にやれば」
「うん、そうする。ありがと」

なんでかよく分からないけど本気で頑張ろうと思ったんだ、私。


20171224


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