隊服
グレーゾーン


「ヒュースさん!こんにちは!」

急に見知らぬ女に挨拶をされた。玄界では通りすがりでも挨拶をするのは礼儀らしい。特に声が大きいということ以外に変わったことはないのでオレは玄界の仕来りに従う。
挨拶をすればそれで終わりだと思っていたが女にとってはそうではなかったらしい。

「見てください!私正隊員になったんですよ!」

確かに女が着ている隊服は訓練生のそれではない。
そしてオレのと違うのは女はオレが所属している隊員ではないからだ。チームを組んでいるのかフリーなのかは知らないが興味を持とうとも思わない。
そもそも目の前の女に見覚えはない。初対面のはずなのだ。タマコマで見ていないということは本部か他の支部に所属している隊員だ。上司でも先輩でもないオレにわざわざ自分が昇格したことを報告するのか分からない。
だからなんだと言い返してやりたいところだが……オレはふとヨータローに言われたことを思い出す。

先輩は後輩に優しくするものだ。

アフトでの上下関係は上司と部下というものしかない。だけど玄界での上下関係はそれだけではないことをオレは教わっている。
先輩からの教えを無下にすることはできずオレは出かかった言葉を呑み込んだ。
幸いにも目の前の人間は能天気なのか洞察力がないのか……オレの態度に気付くことはなかった。

「そうか良かったな」

言えば顔面全てを使って今の気持ちを表現してくる。まるで花が咲いたかのような……平和そうな頭をしている奴だなと思わずにはいられない。

「ところでお前は誰だ?」

当たり前の疑問を口にすれば目の前の女の顔がしぼむように元気がなくなる。
ここまで分かりやすいのも軍人としては正直考えものだ。

「覚えてない……ですよね?ヒュースさん入隊式のオリエンテーション覚えていますか?
私そこでヒュースさんと同じグループで……瞬殺された訓練生Aです」

オレは自分が入隊した時のことを思い出す。確かにそんなこともあった。手ごたえがなさ過ぎて訓練生の顔なんて覚える気もなかったが……そうか、この女はオレの同期というわけだ。
同期の顔を覚えていなかったことに罪悪感はない。女も俺が覚えていないことに嫌悪感を抱いている様子はないしこの話題についてはこれ以上触れなくてもいいだろう。
……しかし、こんな調子でやっていけるのかと思ってしまうのはヨータローのおせっかいがうつってしまったのだろうか。
身を案じてボーダーを脱退することを提案しようかと思ったがそういえば玄界は戦争とは無縁の国だということを思い出す。貧富の差は存在するが貧しい者が悪さをしなければ生き永らえないような治安が悪いわけでもない。軍事どころか命懸けで戦うなんて普通は経験しないらしい。だがそれを抜きにして考えても心構えがないのではないかと思う。正隊員に昇格したということはこれからは一人の兵士としてみなされるのだ。浮かれるなとは言わないが自分の将来の展望くらい持つべきだ。
どう優しくすればいいのか分からないオレは話をここで終了させることにする。

「悪いが――……」
「あのっ!私に剣を教えてくれませんか!?」
「は?」
「訓練生であれだけ強いってことはどこかで剣の稽古?してたってことでしょ!?
私強くなりたいけどどうすればいいのか分からなくて!!」

確かに強い者に教えを乞うのは悪いことではない。師を捜すことも強くなるために必要なことだ。
だがオレは誰かを指導する程、剣を極めたわけではない。

「オレはB級隊員だ。頼むなら上位かA級に頼む方が効率良いだろう」
「他に強い人を知らなくて」
「なるほど」

確かに入隊したばかりで何の伝手もないなら分かる話だ。
直ぐに返事をしないせいか目を輝かせてくる女にオレは断りを入れる機会を失ったのだと知る。
タマコマにいすぎたせいか。少しばかり寛容ではないかと自分自身思う。オレは随分こちら側に馴染んだものだ……。

「名前は?」
「ゆめ。……唯野ゆめ!」
「ゆめ」
「っ!はい!」
「たまになら稽古してやってもいい」

オレはタマコマの人間だからあまりここには顔を出さないが……そう続いた言葉をこの女……ちゃんと聞いているのか?
あまりのはしゃぎ様に思わずため息が出る。
オレが剣を握ったのは主君のために強くなりたかったからだが……この女はどうだろうか。何のために強くなろうとしているのか綻んでいる顔からは想像がつかない。
だが、玄界の人間を見極めるいい機会だと思った。
強くならなくてもいい世界で強さを求める。そういう人間に少しだけ興味はある。

「言っておくが加減はしないからな」
「うん、あ、はい。大丈夫です!」

元気よく返事をする弟子に期待する。

「ゆめ」

強くなったその先でお前が求めるものは?信念は?
オレはそれを見たい――そう思うのはオレの中でそれがまだ息づいているからだろう。


20180103


<< 前 | | 次 >>