XとYの解を求めて
普通のボーダーライン

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※中途半端な関西弁注意。


いつもの教室。
今年最後の高校生活を共にするクラスメイトと授業を受け、休憩時間には談笑する。そんな日常は自分にとって当たり前のことだった。
それが最近、少しだけ変わった。
姫野楓。
高校三年生の二学期に同じクラスになった女の子。
この時期に転入するのは珍しいことではあったがそれについてあまり話題にする者はいなかったのは、彼女の身内にボーダー関係者がいる。たったそれだけやった。
それだけで三門市に昔から住んでいる者達にとってすんなりと受け入れられる理由になったらしい。
外部から入ってきた自分にも覚えがある。
自分も三門市に来た時は手厚い歓迎を受けた。
どうやってスカウトされたのか、ボーダーの生活はどうかが話題の中心。何か分からないことがあったら何でも聞いてねという優しい言葉も貰って、近界民に唯一侵攻された町にしては穏やかな人間が集まっているのだなと感じた。
姫野さんも同じように身内の誰かが防衛隊員なのかとボーダーファンが根掘り葉掘り聞かれていた。
特に盗み聞きするつもりはなかったけど、偶然にも姫野さんの隣の席いる俺からは話の内容が全て分かってしまう。そして彼女の表情にも……。姫野さんは少し困ったような顔で静かに言った。

「……ごめん、詳しくは知らないんだ」

詳しくは知らない。

そりゃそうやろう。
俺は彼女が何故知らないのかを知っている。
だけど彼女の事情を知らない彼等はそうはならなかった。
彼女の言葉に何を期待していたのか周囲のクラスメイトは面白くなさそうに呟いた。
姫野さんは申し訳なさそうな顔をする。何をどう言われても答えられるものはないとしまいには苦笑いを顔に張り付けた。
「お前等、姫野さん転入初日で緊張しているんやからあんまり困らせんとき」
「だって隠岐の時は教えてくれたじゃん」
「それは俺のことやろ。ボーダーって本人しか知らないこと仰山あるからな。身内が関係者だからって内情を全て知っている人おらんよ?」
「へーそうなんだ」
「なんだじゃあ隠岐が軽かっただけじゃねぇか」
「アホ。俺はいつも真面目やで?」
「いやーないない」
「ないな」
「うわー傷つくわ――……」
俺とのやりとりに満足したの姫野さんとのやり取りを無理に続けようとしなかったクラスメイト達は素直やなと思う。
何か視線を感じて俺は隣へと視線をやる。
姫野さんがじっと俺のことを見てたからどうしたんやろと首を傾げる。
「ありがと……」
小さく姫野さんは言葉を発する。
「別に気にせぇんくてもええで?」
俺の言葉に頷くと少し間ができた。意を決したのか再び真っ直ぐ俺の方を向きながら姫野さんは言う。
「隠岐、くんはボーダーに入ったから引っ越してきたの?」
「ああ、そうや」
「どこから来たの?」
「うーん、大阪やで」
「……そうか。ねぇ、どんなところに住んでたの?」
初対面通しがするような本当に普通の会話だった。
だけど姫野さんの熱心に聞こうとする姿勢だけは伝わってきた。
別に隠す様な話題でもないし俺は自分の故郷について話す。なんやかんやで自分んとこの話をする機会があまりなくて懐かしかったのかそれとも嬉しかったのか冗長に語ってしまったけど、それでも姫野さんは最後まで話を聞いていた。
真面目な子なんだなと思った。

姫野さんと席が隣なこともあって、彼女と話す機会は結構多い方だった。
最初に感じた通り姫野さんは真面目でそんで物静かな子やった。
たまにボーッとしていることがあるせいか、世話やきたがりの仁礼ちゃんが姫野さんを構うことが増えた。
弟がおるけどいい子すぎて姉貴面できないと嘆いていたから多分、弟の分まで可愛がっている節がある。
俺は一人っ子やから想像しかできへんけど、妹がおったらこんな感じなのかなーって思う。
だから仁礼ちゃんが彼女をほっとけない気持ちはなんとなく分かる。
ついつい彼女を気に掛けてしまうのはそれが理由になっている。

姫野楓は真面目でどこにでもいるような普通の女の子。

少なくても俺や仁礼ちゃんはそう思っている。
だけどボーダーとしては彼女への認識は違った。



◇◆◇



ボーダー本部。

「お、隠岐じゃん」

ランク戦ブースを歩いていたら米屋に声を掛けられた。
隣には三輪と出水もいた。
「珍しいな、お前がここに来るの」
「それやったら俺より三輪の方が珍しいやろ」
「ボーダー隊員が本部のどこで何をしていようが可笑しくはないだろう」
「正論」
言いながら俺は輪に入る。
こういう他愛ない会話はいつも通り。
ボーダーにいる時の話題は大抵ボーダー関連の話。
三輪と米屋のチームに狙撃手がいることもあって、合同練習の話やチームランク戦の話をすることが多い。

「そういえば噂の転入生どうなの?」

思い出したかのように声を上げたのは出水だった。
この時期の噂の転入生に該当するのは一人しかいない。
「可愛くてええ子やで」
「マジか――いいな〜」
“どんな子”ではなく“どうなの”って聞いてきた意味に気付きながら俺は返事をする。
例え意図する答えじゃなくても俺の返しに出水は普通に乗ってくれた。
「そっか、じゃあ余計に気を付けろよ」
「余計に?」
何の話やろ。
俺は首を傾げてみせた。
「普通の女の子に相手に何か気を付けることあるん?」
「その子、近界に行った経験がある人間だろ?安全だって分かるまでは見ておかねぇと割と苦労するぜ、なぁ秀次?」
「……」
覚えがあるのかしみじみしている米屋。三輪に同意を求めているけど三輪自身思い出したくないのか無言を貫くことにしたらしい。

……米屋が言うように、姫野さんは近界から戻ってきた人間だった。
そう戻ってきたってことは元三門市民だ。
近界民が世界から認識された大規模侵攻の被害者という奴だった。
それを知っているのはボーダーの一部だけ。
世間は彼女のことを知らないのは姫野さんが過ごしやすいよう情報操作した結果だった。
彼女自身が自分のことを知らないのはボーダーの記憶処置を施された影響で失くさなくてもいい記憶まで彼女が失くしてしまったからだ。
同じクラスになって姫野さんを“見ておいてほしい”と言われた時は記憶を失ったことに対するフォローだと思っていた。
だけどそうではないと知った時、任務だとはいえ少し……嘘や。かなり複雑な気分になってしまった。

近界で過ごした人間がこちら側に来るなんて……第二次大規模侵攻で捕虜になった近界民以外、今まで聞いたことはない。
だけどこいつらの雰囲気はどこかで体験してきたかのようなそんな雰囲気が感じられた。
ホンマ何時そんな経験してきたんやろう。
それとも最初の大規模侵攻を経験している三門市民にとっては近界民は……近界にいた人間というだけで警戒に値するのだろうか。
俺が米屋達の言葉に違和感を覚えるのは外部から来たから感覚が合わないだけなのやろうか。
友達を疑っているようで罪悪感が沸く。
「……」
俺の顔をじっと見ていた三輪と目が合う。
「どうかしたん?」
「いや……隠岐はそのままでいいんだろうな」

まるで俺と三輪達との間に線引きするような言葉だった。


20180502


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