XとYの解を求めて
所謂いつもの日常
しおりを挟む
[ 4 / 5 ]
私に記憶があるのは夏休みの時。
それまでのことは全て記憶を失くしている。幸いなのは日常生活に必要な記憶は無くしていないから生活に困ることはない。
……敢えて言うなら勉強の方だけど。
あれだけは初めて習ったような気がして補習続きだった。
家に帰ってもやることは何もないから勉強をしておかげで少しは身についたとは思う。
勉強するのは性にあっているのか苦にはならなかったのも良かったのだろう。
そうなると浮かび上がる疑問は記憶を失くす前の私は勉強をしてこなかったのではないかということだった。
人間、記憶を失くすとここまで変わるのかって感じ。
ちぐはぐな自分には未だに慣れないけど考えても仕方がない。
「ただいま」
私は部屋の電気をつけた。
明かりでよく見える自分の部屋には誰もいない。
一人暮らししているから誰かいたら困るのだけど。
部屋はとてもシンプルで綺麗で生活感が全く感じられないのはこの部屋は近界民被害にあった民間人専用に用意されているもの。
なんでも私の身内にボーダー関係者がいるらしくてその恩恵だそうで。
通帳とか確認したけど幾らか資金があるからそれもその人が準備したのかな――って記憶のない私は勝手に思っている。
確かめるにも確かめる術はないのは私が身内の連絡先を知らず、また身内が私に連絡をしないからだ。
会ってお礼を言ってみたいなとは思うけどそういう理由で会うことは叶わず。
ボーダーといえば隠岐くんと仁礼さんもボーダーに所属して活動しているから二人に聞いてみたことがあるけど、
二人は近界民と戦うのが専門らしくて支援活動をしている部署のことはよく知らないらしい。
「あんま気にすんなよ、援助してくれるってことは良い奴だろう」と言ったのは仁礼さんで、
「もしかしたら多忙で連絡するの忘れてるだけかもしれんな」と言ったのは隠岐くんだ。
二人に相談するまではただ何も知らず生かされているって感じがしていたから二人の「いつか逢える」という言葉に勇気づけられたのは最近のことだった。
お腹が鳴る。
何か食べなくちゃと思って冷蔵庫開けてみるけど食べれそうなものは何もない。
何か買ってくればよかったなぁ。
帰ってきたばかりだけどゆっくりしていたら暗くなるし、着替えてからすぐに出る。
何度か往復している通学路のおかげでどこにどんなお店があるのかは覚えた。
コンビニへ行く道を思い出しながら歩いていて、何か変な感じがした。
なんだろうと思って振り返るけどそこには何もない。
「?」
首を傾げてみるけどやっぱりそこには何もない。
「……」
一度気になったらそれしか考えられなくなる。
何か不安でもあるのだろうか。
考えても分からない。
こうなるとずっと外にいるのは怖い気がする。
早く用事を済ませようと私は急ぎ足で歩いていく。
コンビニで適当にパンと飲み物を手に取る。直ぐに会計を済ませようとしてレジへ行こうとしたら誰かとぶつかった。
「!?」
「ごめんなさい……!」
周りが見えなくなるくらいそんなにも慌てていたのだろうか。
反射的に謝って相手の顔を見ると優しそうな顔をしたおじさんで、余計に胸が痛む。
「気を付けなさい」
「はい……」
明らかに悪いのは私の方だから仕方がないのだけど。
コンビニを出て先程の違和感を思い出して辺りを見回す。
……今は、何も感じない。私は静かに息を吐く。
ふと上を見上げれば紅く染まった空が目に付いた。地面を見れば伸びる自分の影。
――胸が締め付けられる。
どうしてだろう。
――何か物足りなさを感じる。
なんでだろう。
立ち止まったままではいけないと何かが私の足を前に進める。
「行こう」
私はゆっくり歩きだした。
◇◆◇
「あっぶねーアイツ勘が良くねぇ?」
「陽介あまり調子に乗るなよ」
「へいへい」
そこにいたのは男子高校生の二人組。
方や学校指定鞄意外何も持っていない少年と方や鞄と紙パックのジュースを飲んでいた。
二人がただの高校生ではないことを三門市に住んでいる者のほとんどは知っているだろう。
ボーダー所属の三輪秀次と米屋陽介。
二人がここにいるのは偶然ではなかった。
「メガネボーイの時は迅さんに邪魔されたけど今回はそれもなし……ってことは“何もない”ってことになるのか」
「ちっ」
米屋の言葉に不服なのか三輪は舌打ちをした。
「――にしても今回の相手が同級生とか変な感じだな」
「気を抜くなよ」
「そこんとこは大丈夫だって。仮にもオレA級部隊の隊員だぜ?そこはしっかり割り切ってるよ。
それより慣れていないアイツラの方を心配した方がいいんじゃねぇの?」
米屋が誰のことを言っているのか分かっている三輪は無言になる。肯定しているも同義だ。
「……そうだな」
まるで息を吐くような静かな声に米屋は飲み切った紙パックのジュースを潰しゴミ箱に捨てた。
20180422
<< 前 | 戻 | 次 >>