11.一歩を踏み出す勇気

虹村side.

学校が夏休みに入ったものの相変わらずうちの練習はきついのなんの。特に朝一から監督がいる日は死ぬ寸前まで追い込まれるため灰崎がまず来ない。よって俺の体力が無駄に消耗される、ストレスも溜まる、サイアク極まりない状態だ。部活の練習時間が増えたおかげでむしろ休みとはいえない状況なんだが、二週間後に全中本戦を控えて弱音なんて吐いてらんねぇしな。仮にも俺、主将だし。

「虹村君、ちょっといい?」
「ん、どうした?」
「明日からの合宿のことで確認したいんだけど…」
「おー」

まあ部活があるおかげでこうして毎日苗字に会えるからラッキーだなとは思うんだけど。しかも明日から始まる合宿のことで苗字と話す機会が増えてとても喜ばしい、んだけど苗字と話すたびにすげえ顔で俺を睨みつけてくる後輩達。おーおーお前らいい度胸してんな、つーか練習に集中しろやコラ。こんなんで合宿大丈夫かよ…。

俺がこの学校に入ってすぐに出会った天使は今やバスケ部みんなのアイドルとなっていた。灰崎と紫原は暇さえあればしょっちゅう苗字に引っ付いてるし、青峰は結構ガチで気がありそうだし、緑間はそーゆーのねぇけどたまに苗字のこと見てる時がある。赤司は緑間以上に何考えてるか読めねぇ奴だからわかんねーけど、とにかくライバルが多くて困る。告白はぐらかされてる俺が何勝手言ってんだって話だけど。でもハッキリ断らないってことは少しは期待していいんかな、とか思ったり。

「ねえどう思う?」
「…え?」
「もー虹村君ちゃんと聞いてた?」
「はは、ワリィもっかい言って」
「まったくー。しっかりしてくださいよ主将ぉ!」

俺の肩をポンと叩いて笑う苗字の笑顔に疲れも吹っ飛ぶ。この連日のツラい練習をなんとかこなせているのは苗字の存在が大きい。こうやって些細なやりとりに癒されたり、いいとこ見せたいって思うとどんだけ疲れてても不思議とやる気が出てくるんだから男って単純だ。でもやっぱりあの時勇気出して苗字をマネージャーに誘ってよかったとつくづく思う。未だにこっちをちらちら監視してくるあのクソ後輩共にも感謝してほしいもんだぜ、まったく。

・・・

明日からの合宿に備えて今日の練習は午前で終了。まあ合宿っつっても学校の敷地内にある運動部専用宿泊施設に泊まり込みでひたすら練習に明け暮れるってだけなんだけどな。本当は近場の強豪校とかと練習試合組みたかったらしいけど、全中まで日がないからやめたらしい。そりゃそうだ、大事な試合の前に手の内晒したりケガしたりすんのはどこも嫌だろうからな。

ちなみに合宿は一軍だけで行い、二軍三軍は通常通りの練習になる。マネージャーは桃井の料理が殺人兵器レベルらしいので合宿所での家事的なことは苗字、体育館での通常マネージャー業務は桃井が担当することに。練習中苗字にほとんど会えないのは残念だけど、いつも以上にたくさん一緒にいれるこの合宿を結構楽しみにしていたりする。主将の俺が公私混同しちまってるのもどうかと思うが、多分俺以外もみんなそうだろうし、俺主将の前に健全な男子中学生なんで。

そんな感じで都合良く主将の決定権を駆使して苗字と午後は合宿所の掃除。桃井と一年は苗字のメモを元に買い出しに行っている。青峰と灰崎はぶーぶー文句言って騒いでたけど無視して赤司に無理矢理押しつけた。

今日はこの掃除があるため朝からTシャツハーパンスタイルにポニーテールの苗字。なんかいつも制服で髪もおろしてるからか新鮮でとても良い。ギャップ効果で可愛さ倍増である。休憩中灰崎が例のごとくまたスマホで写真を撮っていて、苗字を困らせていた。苗字専用フォルダを作ってコレクションしているらしいと赤司から聞いてドン引きしたのは記憶に新しい。まあ正直、そのフォルダの中身が気にならないと言ったら嘘になるけど。「気合い入れて頑張ろう!」と向けられる笑顔を今は堪能しようと思う。

「じゃあ女子男子が分かれてる寝室、トイレ、お風呂は分担して、その他の広いところは一緒にやろっか」
「了解ですリーダー」
「あはは、リーダーってなに」
「いや、なんか張り切ってんなーと思って」
「えー?そんなことないけど…悪い?」
「いや、いんじゃねーの?頼もしいっす」
「ならさっさと始めたまえよ、主将さん」
「はは、わーったよ」

一年一緒の部活やってたからか苗字との距離は少しは縮んでると勝手に思ってる。ドキドキするけど話しやすくて、でもクラスの女友達とはやっぱ違くて。もし付き合えなかったとしても、俺にとってはこの先もずっと苗字は特別な存在なんだと思う。

寝室とトイレの掃除を終え、袖を捲って風呂掃除に取り掛かる。去年出来たばかりの合宿所は基本的にどこもきれいで、だんだん掃除に飽きてきた俺はシャワーの水を足にかけて涼んでいた。あー気持ちいー…汗かいたしシャワー浴びてぇー。

「コラ、なにサボってんの!」
「ちょっと休憩してただけだって。苗字もほら」
「きゃ!冷たっ!ちょっとなにすんの…!」
「な、気持ちいいだろ?」
「もー、仕方ないなぁ」

苗字の足にもかけると最初は驚いてたけど楽しそうに笑う顔を見て安心した。ソロ活動に飽きたのは俺だけではなかったらしく、スポンジを持って一緒に掃除再開。合宿中も、こうやって2人でいれる時間とかできんのかな。苗字はみんなに誘われまくるだろうから難しいんだろうな、とか思いながら風呂場の床をひたすら磨く。

「ねぇ虹村君、暇だからしりとりでもしよっか」
「はは、唐突だな。いいよ、やろうぜ」
「ふつうにやってもつまんないから、異性に言われたいこととかしてほしいことを言うってのはどう?」
「えー、なんか照れんだけど」
「楽しそうでしょ?はい、じゃあいきまーす」
「お、おい…」
「にじむらしゅうぞうの「う」から!」
「え、う?んー…海、行きたい」
「いいね海デート、夏って感じで。じゃあ「い」ね。一緒にいると楽しいな」
「「な」?なんでも話せる関係になりたい」
「…ふふっ」
「おいこらなに笑ってんだ」
「あはは、ごめんごめん。「い」だよね、うーん…いつでもお前の味方だよ」
「へぇ。そうゆうこと言われてぇんだ」
「もう、恥ずかしいからいちいち突っ込まないで」
「さっき笑った仕返し」
「イジワル」
「ははっ。で次なんだっけ、「よ」?んー…夜、抜け出さない?」
「…え?」
「………」
「あははごめん、今のってしりとりだよね」
「さーな。次苗字の番、「い」」
「…ごめん、ちょっとタオル取ってくるね」
「ダメ」
「虹村く…」

立ち上がる苗字の手を掴むと苗字はバランスを崩して足を滑らせた。

「危ねっ…!」

咄嗟にそのまま引き寄せると苗字が俺の腕の中に勢いよく飛び込んできた。痛ってぇ…けどそれどころじゃなくて苗字と抱き合ってる感じになってんだけど…!事故とはいえ密着してる身体に苗字の体温、俺を見上げてくる顔とか、なんかもう、色々ヤバい。

「ご、ごめん…」
「いやこっちこそ…大丈夫か?」
「うん、虹村君は?」
「大丈夫。ケツびちょびちょになったくらい」
「あはは、私も!」

無邪気に笑うかわいい笑顔に胸が苦しくなる。他のやつにもこんな顔見せてんのかなと思うとちょっと嫉妬する。離れようとする苗字の体をもう一度引き寄せぎゅっと抱きしめた。

「虹村、君…?」
「…ごめん。もう少しだけ、こうしてたい」
「…うん」

わかってたことだけどやっぱり俺苗字が好きだ。俺のものではないけれど、ずっと想い続けてた人が今俺の腕の中にいる。このまま時間止まってくんねぇかな。叶わないとわかっていてもそう願ってしまう、この温もりを手放したくなくて。



「そろそろ、みんな戻ってきそうだね」
「…ああ、だな。あとシャワーで流して終わるか」
「うん」

少し気まずい空気の中、シャワーの水を出して泡を流す。沈黙の中、その水の音だけが響いている。なんか自分からしといてなんだけど、意識しすぎて苗字の顔見れねぇわ…。

そんな状況を打破するかのように「ねえ」と声をかけられ反応すると、「こっちのシャワーお湯出ないんだけど、なんでだろう」とのこと。不思議そうに覗き込む苗字に、嫌な予感がする。

「あーそれ…」
「きゃっ!」
「しばらく使ってなかったから、水出んのに時間かかったりする時あるんだよ。てもう遅いけど」
「もっと早く言ってよぉ」
「仕方ねーだろ、こっちのはふつうに出てたし」
「あーあ、びちょびちょ」

勢いよく出た水を顔面からくらった苗字は全身ずぶ濡れになった。まさかの大惨事に、ありえなすぎて目が合った瞬間2人して笑ってしまう。

…ておい、ちょっと待て。苗字の濡れたTシャツから下着透けてんだけど。下着どころか身体のラインくっきり出てんだけど。…エロ過ぎる。無意識にいってしまう視線を逸らしたけど遅かったらしく、苗字も気づいたみたいで。

「…虹村君のえっち」
「いや違うって!つかなんで掃除すんのに汚れそうな白とか選ぶかな、バカだろ」
「うるさいなぁ、スケベにバカ呼ばわりされたくないんですけど」
「はぁ、ったく。今タオルとTシャツ持ってきてやるから待ってろ」

こんな状態で青峰やら灰崎辺りが現れたらすげー騒ぎそうだからな。あんなエロい姿の苗字を他の野郎に見せるのはなんとしても避けたいので、スケベ呼ばわりされたのには目を瞑って着替えを貸してやった。俺ってやっぱ優しい。

「ぶはっ!やっぱデカいな」

俺のTシャツに着替えた苗字だけど、やっぱりサイズが大きかったみたいで思わず吹き出した。と同時にすっげえ萌えた。可愛いが過ぎるんですけど。まだ若干濡れてる髪に俺のTシャツを着てる苗字、エロい。これがまさにエロカワイイってやつか。納得、好きだ。

「これ本当に借りてっちゃっていいの?」
「いいよ」
「ありがとう。なんかカレカノみたいだね」
「…コメントに困るんですが」
「あはは、ゴメン」

なんか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。いつから俺の目はこんなに都合良く物事を捉えるようになったんだ。期待するだけ無駄だってのに。


「名前せーんぱーい!!」

そんな幸せな空気をぶち壊すかのように灰崎が現れた。あーもうほんとコイツいっぺんコロシたい。練習サボるくせに余計な時だけ現れやがって。

「先輩そのTシャツどうしたんすかー?ぶかぶかじゃないっすか」
「虹村君に貸してもらったの」
「は!?なんで!?ふざけんな虹村コノヤロー!!今俺の持ってくるんで着替えましょう!!ヤンキーがうつるといけないんで!!」
「おー灰崎、テメもっかい言ってみろよこら」
「う、うるせー!ばーかばーか死ね虹村!!」
「こんの野郎…!!」

言い逃げする灰崎を追っかけてシメようとすると苗字に腕を掴まれた。逃げ足の速い灰崎はもう見えないところまで行ってしまったので、見つけ次第半殺しにしようと思う。

「虹村君、」
「ん?」
「さっきのしりとりの続きなんだけどね」
「あ、ああ」

さっきの恥ずかしいアレのやつか。なんかしりとりに乗じて誘っちまったけどうやむやになってもう俺の中の黒歴史の1つになりつつあったんだが。

「…いいよ、みんなには秘密ね」
「……え?」
「あれ、もしかして本当にただのしりとりのネタだった…?」
「うん、そのつもりだったんだけど」
「えー!!じゃあ今の忘れて!?もう恥ずかしすぎて消えたい…」
「はは、嘘だよ。合宿中隙みて誘うわ」
「…うん。てゆーかさ、虹村君て好きな子に意地悪しちゃうタイプ?」
「そうかもな。てか、お前がそれ言う?」
「へへ、さっきの仕返し」
「いい度胸してる」

そんなやりとりをしていると買い出しチームが帰ってきて、苗字を見るなり青峰の機嫌があからさまに悪くなったので俺はただただ苦笑いするしかなかった。なんだろう、灰崎にはむしろドヤ顔だったのに青峰に対しては罪悪感みたいの感じちまうんだけど。


家に帰って合宿の準備をしていると赤司からラインがきて、開くと俺と苗字が笑って話しているところを隠し撮りした写真が。その後続けて、「なかなかお似合いだったので」と一言。やっぱ俺の気持ちバレてたか、と苦笑いしつつも写真はもちろん即保存し何度も見返すのだった。そして赤司はやっぱりデキるやつだと改めて思った。よし明日ジュースでも奢ってやろう。