10.天使で悪魔

黄瀬side.

名前先輩にフラれてからというもの、また退屈な日々が続いていた。俺が自分から誰かを好きになること自体珍しいのにまさかフラれるなんて。しかもまだ「好き」とか「付き合って」とも言っていないのに、ちゃんと告白する前に撃沈したとかカッコ悪すぎ。来るはずもない、むしろ送ったって返信すら来ないスマホの画面をいちいち気にしてしまっている自分がすげーキライ。

「黄瀬君、なにぼーっとしてんの!」
「…別に、ちょっと考え事してただけっスよ」
「ふーん。ねぇねぇ、夏休みどっか遊びに行こうよ」
「はは、そーっスねー…」

ほら。黙ってたって女の子が代わる代わるやってきて、俺を放っておかない。相手にしなくても、テキトーに話合わせてあげたりちょっと笑顔振りまけば嬉しそうにしている。女の子ってそういう単純で可愛くて、求めればいつでも簡単に手に入るものだと思っていたのに。

名前先輩が、わからない。

そういえば明日から夏休みかぁ。撮影ダルいなぁ、特にこれと言って予定入れてないしさっきの子の誘いに乗ってあげようかな、2人だと面倒なことになりそうだから何人かテキトーに誘って。…名前先輩は、誰かとデートしたりするのかな。そんで夏休み中に彼氏とかできちゃったりして…

うわぁ…絶対嫌だ!!!想像しただけで腹立つ。終礼が終わると同時に、寄ってくる女の子達をかわして俺は急いで教室を出た。

校門でしばらく名前先輩が出てくるのを待っていると、先輩が歩いてくるのが見えた。よかった、ひとりっぽい。

「名前先輩」
「あ、黄瀬君」

この間のことがなかったかのように名前先輩は優しく笑った。ほっとしたような、ちょっと傷つくような。でももう決めたんだ、名前先輩に振り向いてもらうまで絶対諦めないって。

「あの…これから時間ありますか」
「え、なんで?」
「映画観に行かないっスか」
「映画かぁ」

そりゃあ急なお誘いだしもしかしたらこの後予定があるのかもしれないし、なんならこの間フッたヤツが懲りずに誘ってきてキモいとか思われてるかも…。でも、もしこれでダメだったら次はもう夏休みが終わるまで会えないことになる。そうこうしてる間に他の男に持ってかれる、なんて手遅れになる前にやれるだけのことはしたい。…それにしても名前先輩、悩んでる顔もかわいいなぁ。

「いいよ、行こっ」
「え!まじっスか!?やったぁああ」

周りに他の生徒がいることも忘れて大声で喜んだ。頑張るんだって自分に言い聞かせてはいたものの、絶対ダメだと思っていたから。勇気出してよかったぁ…!

・・・

「今の時間、あんまりいいのないね」
「そうっスねー…」

誘うのに必死で下調べもろくにしてなかった結果、このざまになっているなう。映画館に来たのはいいけど、今の時間帯で上映されるのは、子供向けのアニメかホラー映画。ラブコメとかアクションとかなんでこうゆう時に限って話題作やってないんスかあ!!

「どうしよっかぁ」
「名前先輩、ホラーとか大丈夫っスか?」
「んー…怖いの苦手なんだよねぇ」
「そうっスよねぇぇぇ」

正直俺も怖いのは苦手だ。でもアニメとホラー、いい雰囲気に持ってけそうなのはどう考えたってホラーだ。…頑張れ、俺。オバケといえど画面から出てくるわけでもあるまいし。名前先輩にオトコを見せるチャンスじゃないか。

「よし、ホラーにしましょう!」
「…さっきの話聞いてた?」
「大丈夫っス!俺がついてますから!」
「顔、引きつってるよ」

冷たい視線を向けながらも、名前先輩は俺に任せると言ってくれた。いろんな意味でドキドキしてきてるけど、気合いだ気合いだ!とどっかの格闘家みたいなことを思いながらフードコーナーに並んだ。その後、ポップコーンを塩にするかキャラメルにするかで真剣に悩む名前先輩が可愛すぎて、恐怖心は一瞬消え去った。あれ、この調子ならホラーも余裕でイケんじゃね。会計を済ませトレーを持ちながら歩くと、ちょこちょこ後ろから付いてくる名前先輩がこれまた可愛い。あーなんか、デートって感じだなあ…!

映画が始まって照明が暗くなり、予告が始まる。結局塩とキャラメルをハーフにして買ったポップコーンを俺が持って、ふたりでシェア。スクリーンを見ながら伸ばしてきた名前先輩の手と俺の手が触れて、目が合って、名前先輩がクスリと笑った。…今のはやばい。完全に心臓に矢が刺さった。俺も笑って見せたけど、もう意識が映画より名前先輩にいっちゃってしょうがないんですけど。

本編が始まりいよいよ怖くなってきそうなシーンに入ると、名前先輩は体育座りをして目を薄め耳を手で塞ぎ始めたので思わず吹き出しそうになった。

「そんな怖いんスか?」

耳元で小さくそう尋ねると、隣にいる俺のほうを向いてコクコクと頷いた。どうしよう、すっげぇカワイイ。

「本当に無理だったら出ましょ?」
「…いい。黄瀬君が出してくれたお金無駄にしたくないし、平気だし」

…きゅん。これが世に言うツンデレってやつっスか。さっきから名前先輩が繰り出すツンとデレの連続コンボで俺はもうノックアウト寸前っス。いつもは割とクールな名前先輩の怖がる姿を見て、改めて女の子だなぁって感じた。今までも誰かをかわいいとか思ったことはあるけど、守ってあげたいって思うのは初めてかもしれない。…まぁ、ホラーをチョイスしたのは俺なんスけど。

「でもそれじゃあ内容入ってこないでしょ。…はい」

ガチガチに固まっていた名前先輩の手を握ると、先輩は素直にきゅっと握り返してきてくれた。でもやっぱりまだ怖いのか手を繋いだまま腕にまでぎゅぅっとしがみついてくる。あ、あの…む、胸が当たってるんですけど。あったかくて柔らかいのが押し付けられてるんですけど。ポップコーン落としそうなんですけどぉ!!!

その後のドンッ!という爆音に霊のドアップで客を一番ビビらせようとしているのであろう場面にふたりして素直に超絶ビビり、心臓が止まりそうになりながらもなんとか最後まで鑑賞することができた。

他の客が席を立ち出口へ向かう中、恐怖との戦いで体力を消耗し切った俺達はなかなか腰が上がらず。

「怖かったねー…」
「名前先輩めちゃくちゃビビってましたよね」
「黄瀬君だって手汗びっちょりだったくせにぃ」
「そ、それは…!」
「それは?」

まぁ正直俺も映画の内容にビビってたけど…それだけじゃなくて。好きな子と手繋いだりあんなに密着したら、緊張して手汗もかくって!と言いたいところだけど、この間彼女にはなれないって言われたばっかりだからそんなこと言えるはずもなく。てゆーか俺の気持ち知っててなんで聞き返してくるかなぁ。わかってるくせに。先輩は天使の顔した悪魔だ。

「…なんでもないっス」
「ふふ、なにそれ」
「…先輩は、意地悪です」
「えー、どうして?」

俺の気持ちを知ってて振り回してるから。…って思ったけど、違う。名前先輩は俺のワガママに付き合ってくれて、苦手な映画も一緒に観てくれて、なのに俺は自分が名前先輩をどんどん好きになる気持ちを抑えられなくてどうしても名前先輩と付き合いたいって変に焦って、でもそうなれない現実に、拗ねてる。欲しいもんが手に入らなくて駄々をこねるただのガキ。悪いのは俺のほうだ。

「私のこと、嫌いになっちゃった?」
「え…いや、そんなことは」
「…よかったぁ。じゃあさ、また一緒に映画観てくれる?さっきの予告で観たいやつあったんだぁ」
「何の映画っスか?」
「少女漫画の実写のやつ」
「あ、それ俺もちょっと見たいって思った!!」
「本当!?じゃあ決まりだね」
「はい!でもそれって確か公開冬っスよね?」
「そうだったかも」
「俺それまで待てないんで、その前にまたデートしてくれませんか」

夏休み終わるまでも待てないのに冬までなんて待てるか。本当は今すぐにでも好きって伝えたいし、名前先輩に触れたい。こんなに近くにいるのに、触れようと思えば触れられる距離なのに、それができないなんて。

「いいよ、また遊ぼ」
「いいんスか!?やったぁ〜!!」
「ふふ、今日楽しかったしね。黄瀬君の意外と男らしい一面も見れたし」
「い、意外とって何スかぁー!!」

わちゃわちゃしていると係員さんが申し訳なさそうに「すみませんそろそろ…」と声を掛けてきたので恥ずかしくなりながら立ち上がった。流れで手を繋ごうとするとペチンと叩かれ、「まだダメ」と言われた。自分が怖い時はいいくせにずるくないっスか?フッておいて期待させてきたりその気になるとまた突き放したり一体どういうつもりっスか。やっぱり名前先輩はわからないけれど、そういうところがきっと俺を虜にしてるんだから仕方ない。傷ついても振り回されてもいい。それでも君なしの日々にはもう、戻れないから。