13.こんな想い知らなかった

緑間side.

長いようで短くも感じた合宿も今日で最終日。練習が終わった後は全員で準備してバーベキューをすることになった。

案の定肉の取り合いを始める青峰紫原灰崎に呆れつつも、ようやく夏らしい思い出が出来たことに笑みが溢れる。まあ、たまにはこういうのも悪くないな。

「おい、お前達。肉ばかりではなくちゃんと野菜もバランスよく取っているのだろうな」
「はあ?野菜なんかで腹満たすなんてもったいねーじゃん。なあ灰崎」
「そーだそーだ、そんなに食いたきゃお前が食えよ。ほら、よそってやるって」
「そういう問題では無い。俺が言っているのはだな、ちゃんとバランスを…」
「つーかさー肉も野菜も全然足んなくなーい?」
「だよな!緑間、お前冷蔵庫から持ってこいよ!肉多めな!」
「話を聞いているのか!それに必要なら自分の足で取りに行け」
「でもさーみどちんが一番合宿所に近いんだからみどちん持ってきてよー」
「どういう理屈だ。紫原、明らかにお前が誰よりも食っているのだからお前が持ってこい。大体お前はいつもいつも…」
「お、緑間肉持ってきてくれんのか?気がきくなあ、んじゃついでにこっちの分も頼むわ」
「…って主将が言ってるけどー?どうすんのー?ねえねえねえー」
「うるさい黙れ!…わかったのだよ、仕方ない、今回だけだぞ」

まったく、どういう神経をしているのだよあいつらは。バスケの実力こそ認めているが他は理解に苦しむことばかりなのだよ。

「あ、ミドリン!」
「今度はなんだ。桃井か…何をしているのだよ」
「追加のお肉取りに来たんだよ、もしかしてミドリンも?」
「ああそうだ、先輩達にも頼まれたので仕方なくだがな」
「あはは、また大ちゃん達の仕業でしょうー?ほんとアイツには困ったもんだよね」
「お前が甘やかしているからああなったのだろう、もっと自分のことは自分でやらせろ」
「え〜私のせい〜?」
「そうだ。そういえば苗字先輩の姿がさっきから見えないが何かやっているのか?」
「名前先輩ならさっきコンビニに買い出し行くって出てったよ」
「な、こんな夜中に1人でか!?」
「私も行くって言ったんだけど、大丈夫だからみんなと楽しんでてって言ってすぐ出てっちゃって…」
「まったく…どいつもこいつも信じられないのだよ。俺も行ってくる」
「え、あ、ちょっとミドリン!!」

能天気な桃井にも腹が立つが先輩も先輩だ。もう少し自分が女だということを自覚してほしいものなのだよ。万が一のことがあったらどうする気だろうか。

心配になり走って追いかけるとコンビニから両手に袋をさげた苗字先輩が出てきた。取り越し苦労だったか…と安心したのも束の間、コンビニの前にたむろしている男達が苗字先輩を見てにやにやしている。

「オネーサン!」
「え?」
「こんな夜中に1人でどこ行くの?てかめっちゃ可愛い!!彼氏とかいる?」
「いや、あの…」
「そんな怖がらなくていいって!重そうだから俺らが代わりに持ってあげる!」
「いえ、結構です…」
「遠慮すんなって、ほら」
「やっ!離して!」

誰かに連絡をしたほうがいいのだろうか。あいにくコンビニに今いる店員は学生のバイトしかいなそうだし、俺は青峰や灰崎のように拳でケンカをした経験が無い。相手は2人だしもしそうなった場合俺に苗字先輩を守りきることが出来るのだろうか。…いや、今はそんなことを考えている暇などないな。どちらにせよこのままではマズい。

「さっきから離せと言っているのが聞こえないのか」
「真太郎…!?」
「何コイツ、オネーサンの連れ?オネーサンの彼氏…ではないか!超地味だし、どう見たって釣り合わねーもんなあ!」
「ははは!確かに!」
「…帰りましょう」

腹が立ったがこんなクズ共と揉めて苗字先輩や部に迷惑をかけることだけは避けたい。ギリッ…と唇を噛み締めて苗字先輩の手を男から奪った。が、苗字先輩は動かない。どうしたのだと振り返ると、苗字先輩が男にバチンと平手打ちをかましたので俺を含めその場にいた男3人が目を点にした。せ、先輩なにを…

「痛ってぇな、何すんだこのクソアマ!!」
「謝って」
「あ!?」
「真太郎のことバカにしたの謝りなさいよ!あんたらなんかよりねぇ、真太郎のほうが100倍いい男なんだから!!」
「先輩…」
「いい度胸だ、ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって…テメェは仲間内で回しまくってからその辺に捨ててやる」
「あ、先生…!」

一か八かの俺の渾身の演技にバカ2人に加え苗字先輩までもが引っかかったので「バカ!嘘なのだよ!!」と叫び思い切り手を引っ張って必死に走った。

「なんで先輩まで騙されるのだよ!」
「だって、しょうがないじゃない!真太郎が考えてることなんてわかんないわよ!」
「…とにかく走るのだよっ」

普段部活で鍛えている俺とは違い先輩は早くも限界が来ている。やばいな、このままでは捕まる…。迷惑はかけたくなかったがスマホを取り出し顧問の先生に電話を掛けようとすると運良く見回り中の警察官に遭遇し、事情を説明している間に男達は消えていた。

警察官が注意してパトロールしてくれるとのことで安心して帰ろうとすると、苗字先輩がヘタリとしゃがみ込んだ。

「怖かったぁ…」

緊張から解放されたのか腰が抜けたようだ。さっきまでは俺も必死で気づかなかったが繋いだままの手も震えている。俺も正直怖かったが、もし俺が来ていなかったことを考えると、そっちのほうが俺にとっては何倍も恐ろしいことだった。

「大丈夫ですか」
「うん…もうちょっと待ってね」
「背中、乗ってください」
「え、いや悪いよ…。もう少ししたらきっと大丈夫になるから」
「みんなが心配するといけないので、早く帰らないと」
「うーん…じゃあ、お願いします」
「はい」

重くないかと尋ねてくる質問の意味がわからないほど先輩は軽かった。持っているコンビニの袋分を足してもだ。先輩が持っている袋の中身をチラリと見て俺は思わず「あ…」と声を漏らした。

「どうしたの?」
「…いや、今日のおは朝で蟹座のラッキーアイテムが花火だったのを思い出して、つい…」
「コレ?」
「はい。この状況でこんな話をするのもどうかと思うのですが…すみません」
「ううん、私もね…」
「?」
「真太郎があまりにもおは朝の占い信じてるから最近私も見てるんだけど、私の星座の今日のラッキーアイテム、メガネだったんだよね」
「メガネ…」
「だから真太郎が来てくれた時、絶対真太郎が助けてくれるって信じてたんだ」
「……でも、あんな無茶はもうしないでください」
「だって、真太郎のこと何も知らないくせにあんな言い方するから我慢できなくて。私は真太郎のかっこ良さ、わかってるからね?」

先輩は、俺があいつらに言われたことを気にしているのではと思っているのだろうか。まあ正直腹は立ったが言いたいやつには言わせておけばいい。あんなクズが何をほざいたところで俺には響かんのだから。それよりも、こんなみっともない助け方しか出来ない自分が情けないのだよ。別にこれからも人に暴力を振るうつもりはないが、もし俺に青峰や灰崎、虹村先輩のような腕っぷしがあったら、先輩をこんなに走らせたり腰を抜かすほど怖がらせることなく助けられたのではないかという考えが頭の中に残って消えずにいる。まあとにかく、無事で良かった。2人が人事を尽くしたからこそあそこで警察官に巡り会うことが出来たのだろうからな。やはりおは朝占いは絶対なのだよ。

「…ありがとね、真太郎」

首に回した腕にきゅっと少し力を込めて顔を背中に埋める苗字先輩にドキッとする。

「当然のことをしたまでなのだよ」

学校に着くまでに、この顔の火照りをどうにかしなければ…


せっかくの楽しい雰囲気を壊したくないからと苗字先輩が言うので、さっきの出来事は俺と苗字先輩2人の秘密となった。みんなで花火を楽しんだ後、俺、青峰、虹村先輩の誕生日が近かったからと苗字先輩がサプライズで用意してくれていた手作りケーキをみんなで食った。とても美味いそのケーキを有り難く頂戴していると、苗字先輩が隣にやってきた。

「もう過ぎちゃったけど、真太郎誕生日おめでとう。全中優勝して、またみんなでこうやってお祝いしようね!」

きっとまだ恐怖心は消えていないはずなのに、周りや俺を気遣い明るく振る舞う先輩の笑顔を見て思った。やはり俺は、この人が好きなのだと。