17.気持ち重なるまで

虹村side.

「なー灰崎見た?」
「学校には来ているようですが、まだ見てませんね」
「だよなー。またサボりかよあいつ…ったく懲りねーな」
「また探しに行かれるんですか?」
「今日寒みーから外出たくねーんだよなぁ。でもあいつがサボると俺が監督とコーチにどやされっからさー…」
「大変ですね、俺からもキツく言っておきます」
「おー頼むわ」

あーもークソめんどくせー。灰崎の野郎見つけたら今日はまじでこてんぱんにぶちのめしてやる。あいつと赤司が同い年とか信じらんねーわ。…つってちょっと前まで俺もどっちかっつーと灰崎寄りの人間だったんだけど。リーダーシップと人脈があって部活熱心で女にも一途ってとこはあいつと違うけど。うん、やっぱ俺のが断然まともだわ。

そんなくだらねーことを考えながら今日の捜索ルートを決めていると監督とコーチが現れた。

「虹村、ちょっといいか」
「はい、何ですか」
「来週末うちでやる合同練習試合のことなんだが、スタメンと控え選手の候補を決めるのに主将のお前の意見も聞いておこうと思ってな。まあそう時間は取らん、他の部員にはとりあえずいつものメニューをやらせておきなさい」
「あー…はい、わかりました」
「何か気になることでもあるのか?」
「いえ、大丈夫です」

まじかよ。つーかそーゆーの先に言えっつのどいつもこいつも…。もういーや、今日は灰崎のことは諦めよ。

「俺が行ってきましょうか」

赤司…本当にこいつは気がきくな。もはや俺の右腕と言っても過言ではない。とゆーかむしろ器的には絶対俺より上だよな、スペックやら家柄やら何もかも普通じゃねーし…

「あーいいよいいよ。あんなん放っといてお前は俺の代わりにここ仕切っといて。もしメニュー終わっても俺が戻んなかったら後はお前に任せるからよ」
「わかりました」

ほんと頼りになるよなぁ、これで中一とか信じらんねぇ。帝光バスケ部は俺らが引退してもしばらく安泰だな。

「虹村君!」
「ん、苗字?」
「祥吾のこと探しに行かないの?」
「行こうと思ってたんだけどさ、監督に呼ばれちまって…。まあでもやる気ねーやつが試合に出れて一生懸命練習出てるやつが補欠っつーのもあれだしよ、もう行かねーかも。最近寒みーし」

はは、と笑う俺とは対照的に苗字は顔を曇らせる。え、俺何か悪いこと言った?

「確かにそうだけど、でも虹村君まで見放したら祥吾ほんとに部活来なくなっちゃうよ?祥吾がなんだかんだバスケ好きなの知ってるでしょ?」
「んー…まあとりあえず今日は無理そうだわ。もう行かねーと」
「…わかった、じゃあ私が探してくる!」
「あっ、おいっ…!」

苗字は振り返ることなく、桃井に一言伝えると体育館を走って出て行ってしまった。あーもう…好きにしろよ。なんでやる気ねーやつが甘やかされて俺が悪者みてーになんだよ、やってらんね…。つーかこの寒みー中上着も着ねーでどこまで行く気だよ。

・・・

意外と長引いたミーティングから帰ると着替え終わったばかりの灰崎がストレッチしていた。おーやるじゃん苗字、ほんとに連れて来やがった。俺でも毎回見つけんの結構苦労すんのに。まあこいつ苗字のこと大好きだし案外電話一本でのこのこやって来たのかもな。ほんと可愛くねー。

「重役出勤ご苦労様でーす灰崎せんぱーい」

前屈している灰崎の背中を足でぐぐぐと押して手伝ってやる。今日のイライラを全部込めながら。

「いだだだだだだ!!…げ」
「てめえ俺ん時と違って苗字に探されたら簡単に来てんじゃねーよ。つーかいい加減そのサボり癖どうにかしろ」
「…え?名前先輩?」
「はあ?お前苗字に言われて来たんじゃねーの?」
「違うけど…。俺今日ドラ◯エの新作発売日だから朝から並んで昼までかかってようやくゲットしたんすよー(ドヤァ)。んでもちろん授業中やり込むじゃないっすかー。そしたらセンコーに没収されて返せっつっても返さねーし放課後職員室乗り込んでやっと取り返して部活来たんすよーマジひどくねっすかー?だから怒るならそのセンコーに」
「あーもういい。おい赤司、苗字帰って来たか?」
「いえ、まだだと思いますが」
「まじで。今電話してんだけど繋がんねーんだよなー…俺ちょっとその辺見てくるから後頼むわ」
「俺も行く!!!」
「灰崎おめーは監督に目つけられてっから大人しく待っとけ、赤司見張ってろ」
「だそうだ灰崎。手間をとらせるな」
「何だよそれっ…」

上着を羽織りスマホに耳を当てるがやはり応答がない。漫画やドラマじゃあるまいし多分何事もなくすぐ帰ってくるだろ…て思ってんのにさっきから心臓が騒がしい。どこまで行ったんだ、とりあえず灰崎がよく行くゲーセン行ってみるか。

着いたはいいがどこにもいねぇ…他当たるか。無駄に広いゲーセンを出ようとすると「修造?」と後ろから声を掛けられ、振り返るとそこにいたのはヤンチャ時代つるんでいた友達だった。

「おー久しぶり!」
「だな!何、もう帰んの?」
「ああ。人探してんだけどよ、いなそうだから他当たるわ。…ちなみにこの子なんだけどさ、見てねーよな?」
「あ…いたぜこの子。すっげえ可愛いから目立ってたし覚えてる。お前の知り合いだったのか」
「まーな。電話しても繋がんねーしちょっと心配で」
「マジか。あー…ちょっとやべえかも」
「は?どーゆーことだよ」
「西中の不良グループといてよ、ちょっとおかしいなとは思ったけど知り合いなのかもと思って気にとめなかったんだよ。そいつらと少し前にどっか行っちまったんだけど…」
「え、それ本当か!?そいつらの行きそうな場所とか知らねーか」
「多分この辺で西中の溜り場っつったら駅前のカラオケとかだと思うけど、でも今日そこ行くとは限ら」
「わかった、サンキュ!」
「おい待てよ、男5人くらいいたぞ。俺も行こうか?」
「いや、問題ねーよ。俺一人で片付けてくる。じゃあな」

おいおい、思ってたよりだいぶやべえことになってんじゃねーか。人混みを掻き分けて駅前に急ぐ。頼むからそこにいてくれよ。つーかそいつら苗字に何かしやがったら絶対許さねえ。


カラオケ店に入ると苗字が写っている写メと男数人のことを伝え、待ち合わせだと嘘をつくと店員は部屋の番号を簡単に教えてくれた。勢いよく中に入ると薄暗い部屋で1人に上半身を押さえつけられ馬乗りにされた苗字が制服を乱され犯されかけて泣いていた。その光景を目にした瞬間自分の中で何かがプツリと切れた。

複数を相手にする時は主犯を見定めてそいつをフルボッコにするか人数が出来るだけ減ったタイミングを見計らって奇襲すんだけどとりあえずこいつらは全員殺すまでこの部屋から出す気はねぇし俺自身帰る気もねぇ。

まずは苗字の上に乗っかってる下衆野郎を力一杯殴った。一発で床に倒れたそいつの顔をガンガンと踏みつけ床にグリグリ押し付けると次は苗字を押さえつけていた男に掴みかかって近くにあったマイクで頭を殴った。「痛っ…」と頭を押さえるそいつの顔に勢いよく蹴りを入れるとそいつも血を流してその場に倒れた。が俺の後ろにいたやつに身体を押さえつけられてもう1人に顔を殴られた。

「虹村君っ!!」

喧嘩すんのも久しぶりだけど人に殴られんのはもっと久しぶりだわ。こんなカス野郎どもタイマンなら瞬殺出来んのに。苗字が捕まってる中でこの人数相手にすんのはやりづれえな…

俺を殴ったやつの後ろでは苗字がさっきとは別のやつに押さえられていて怯えている。

「そうそう、お前がまた暴れたらあの子が痛い目に遭うことになるぜ?わかったら大人しくやられてな」

調子に乗ったそいつに腹を数回蹴られマイクで頭を殴られそうになった瞬間、誰かの電話が鳴った。一瞬の隙をついて後ろのやつに肘を入れると前のやつは上段回し蹴りで落とした。

「ってぇ…」

後ろにいたやつは腹を押さえながらも俺を睨みつけてきてまだやる気らしい。残った1人は苗字を盾にして「それ以上やったらこの女がケガするぞ」とかお決まりのセリフを吐いてくる。

「おめーこそ、そいつにこれ以上なんかしたら本気で殺す」
「…おい、てかお前…虹村って…帝光中の虹村修造か!?」
「おー…だったらなんだよ」
「やべぇよこいつ…俺らに勝てる相手じゃねーって!!」
「マジかよどうりで…。わ、悪かった!この女は返すし謝るからよ、俺ら2人だけでも見逃してくんねーかな」
「あ?」
「わかった!金もやる!ここにいる全員の財布の中身全部やるからよ、それで頼むよ!元はと言えばこの2人がこいつに恨みがあるとかでしでかしたことなんだよ…っ」
「てめーらと話すことなんてねぇんだよ、痛いのが嫌なら黙って目瞑ってろ。一発で意識飛ばしてやるから」
「わ、わかった、でもっ」

なんか言いかけてたけど力尽くで黙らせた。もう話すことねーっつってんだろ。

「で、お前はいつまで汚ねー手でこいつに触ってんだよ」
「ひいいっすいません…!ほんとすいませんっ許してくださいいい!!」
「無理」
「に、虹村君…もういいよ」
「お前が良くても俺は良くねぇ」
「た、助けて」
「いいか、覚えてろ。次こいつや俺の前に現れたらそん時はこんなの比じゃねぇくらいの地獄味あわせてやる」

返事をさせる間も与えず最後にそいつの腹に一発くれてやるとどさりと倒れた。

「苗字、大丈夫か」

ビクッと身体を強張らせた苗字の俺を見る目は怯えていた。そりゃそうだ、灰崎を探しに来たはずが他校の不良に捕まり襲われ、俺のこんな姿を見ちまったんだから。

無理矢理破かれたように見受けられるシャツからブラを露わにした苗字の身体に一瞬ドキッとしながらも目線をそらして俺が着ていた上着を苗字に羽織らせた。

「騒ぎになる前に逃げよう。立てるか」

苗字の手を取ると俺達は走り出した。


しばらく走ると苗字が「も…無理っ…」と足を止めたので立ち止まる。
「ごめんね、私のせいで…。どうしよう、虹村君がもしバスケ出来なくなっちゃったら…」

腫れた俺の右手を両手で包みながらまた泣きそうな顔してる。苗字にこーゆー顔されるとすげぇ胸が痛む。手の痛みなんかより全然辛ぇわ。

「大丈夫だって、気にすんな」

な?と笑いかけるが苗字の顔は一向に晴れる気配がない。

「お前こそ大丈夫かよ。本当に何もされてねぇか」
「うん。虹村君が来てくれたおかげ。本当にありがとう」

弱々しくも微笑んでそう言ってくれる苗字。なんか言葉にならない気持ちがこみ上げてきて街中なのも関係なく苗字を抱きしめた。

「…正直お前探してる間すげー怖かった…悪いことばっか頭に浮かぶし、なんで引き止めなかったんだって後悔して…あーでも…まじでよかった…」
「虹村君…」

苗字も俺のことを抱きしめ返してきてくれて、少しほっとした気持ちになった。

「…学校戻るか」
「…うん、着いたら手当てしてあげるね」

再び歩き始めると俺は前を向いたまま苗字の小さく冷えきった手を握りジャージのポケットに突っ込んだ。苗字がこっちを見た気がしたが目を合わせずに「あー寒みー…」と独り言をこぼすと「虹村君、手熱いよ?」とからかわれた。もはや手だけじゃなくて顔も熱い。

「うっせ…」と口を尖らせれば隣で彼女はくすくすと笑ってポケットの中で俺の手をそっと握り返す。あー…好きだ。これからもずっと、こいつの笑顔を守るのが俺ならいいのに。


歩きながら赤司とコーチに電話で事情を説明し、今日の練習は終了したためコーチには明日改めて詳しく事情を説明することになった。しょっちゅう他校の生徒とも問題を起こす灰崎を見て見ぬ振りしているくらいだ、普段並々ならぬ信頼を得ているこの俺がペナルティを食らうことはないだろう。でもなー今日監督来てたしなー…とりあえず正当防衛だって強く主張しよう。

薄暗い体育館に荷物を取りに戻るときれいに片付けられた館内にポツンと不自然に救急箱が取り残されていた。赤司か…あいつにも今日は迷惑かけちまったなーと思いながらもなんだか穏やかな気持ちになる。俺、いい後輩持ったなぁ。

制服に着替え終わって部室を出ると冷え切った体育館で苗字が窓の外を見つめながら待っていた。俺に気づくと床をポンポン叩いて座れと促してくるので壁に背中を預けて素直に腰を下ろした。

「寒いな…床もめちゃくちゃ冷てーし」
「うん、室内なのに白い息出てるね」
「もう今年も1ヶ月終わるしなー早えーよなぁ」
「そうだねー…今年は私達中学最後の年だから、あっとゆーまに終わらないでほしいなぁ」
「あぁ。そうだな…」
「これ、寒さに拍車をかけるようだけどハンカチ濡らしてきたから右手に乗せといて」
「…まじですか」

凍傷になるわ。と思いながらも受け取ると苗字の手は氷のように冷たくなっていて、この寒い中水道の水で俺のために冷やしてきてくれた姿を思うと胸がきゅうっと締めつけられた。

「じゃあ簡単にだけど手当てしちゃうね」
「おー」

俺の足の間にちょこんと座ると救急箱を開けてピンセットで脱脂綿に消毒液を浸す苗字。なんか可愛くて癒されるな。いつもこうやって誰かしらに手当てとかしてやってるけど、今は静かな体育館に俺らしかいなくて苗字を独占してる気分。身を乗り出し、「ちょっと染みるかも…我慢してねー…」と言いながら俺の頬に手を添えて顔を近づけてくる苗字。え、いや、ちょっと…近すぎねえ…?

目の前に苗字の顔があって、俺の頬には手が添えられていて、俺の口元を消毒する苗字は目を伏せて口が無防備に少し開いている。苗字って結構唇ぽってりしてんだなぁ…とかつい余計なことを考えそうになるのをどうにか打ち消すために視線をそらす。

「あ…ごめん痛かった?」

申し訳なさそうに見つめてくる苗字。その顔…やばい。

「…いや、大丈夫」

俺の目を見つめたまま苗字は言葉を発することも手当てを再開することもなくただ真っ直ぐに俺をじ…と見つめる。少しずつ瞼が落ちてきて、苗字は顔を少し傾けながらどんどん近づけてきて、自然に俺の瞼も落ちていく…と床に置いていた俺のスマホが震えてカシャンッと苗字の手からピンセットが落ちた。

「あっご、ごめん…」

動揺を隠しきれていない苗字はまたピンセットを手に取り脱脂綿を新しいものに取り替えたりして俺の顔を見ようとしない。今、苗字俺にキスしようとしてたよな。多分勘違いではないはず。でもなんで?俺の告白はずっとはぐらかされたままだし…苗字の気持ちが知りたい。

「苗字」
「ごめん、忘れて…」

苗字の左手を掴んでさっきみたいに俺の頬に当てると俺の左手は苗字の頭を引き寄せた。

「忘れるわけねーだろ。あと、もう待つの限界…」

距離を縮めた唇が重なり俺達の距離はゼロセンチになった。長めに唇を合わせた後一度唇を離したが、目が合うとまた自然に重なった。苗字の手に重ねていた手を今度は腰に回して抱きしめた。冷えきった体育館で触れる小さな温もりがすごく愛しく感じた。


苗字を家まで送り届けると、着替えてくるから待っててと言われ少しの間外で待つ。はーっと息を吐くと白い息が暗闇に消えて、体育館でのことを思い出す。思い出すっつーかもうずっと頭から離れねーんだけど。あれって、そーゆー意味と捉えていいんかな…

「ごめんお待たせ」
「おー」
「今日は、本当にありがとう」
「はは、何回言うんだよ。気にしなくていいから」
「うん…」

「じゃあ…」明日な、と言いかけると苗字が抱き着いてきた。

「…どうした?」

突然の行動にドキドキしつつも背中に腕を回してそう答えると、「どうしよう…明日また会えるのに、寂しい」と腕の中で言われた。えーっと…可愛すぎてリアクションがとれねーんだけど…どうすっかなぁ…

「…俺も」

思わず本音を言ってしまった。顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。

「本当?」

でも顔を上げた苗字がなんかすげー嬉しそうだからまあ…いっか。

「あぁ。お前が嫌じゃなかったら、朝一緒に学校行くか。1人で歩くのまだ怖いだろ」
「いいの?嬉しい…ありがとう」
「いや、俺も部活以外でも会いてーし。じゃあ…おやすみ」
「おやすみ。気をつけて帰ってね」

苗字は寒そうな格好のまま姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれた。1人になると一気に寒さが増して両手を上着のポケットに突っ込むとなんかあったかいものが入っていた。

「ほんと、気ぃきくっつーか優しいよな…」

わざわざこれを取りに行ってくれてたのか…両方のポケットから伝わるホッカイロの熱に身も心も温められる。

「あー…やば…」

にやける顔を手で覆いなんとか平常心を保とうとするが無理そうだ。潔く諦めた俺はイヤホンを耳に付け、前に苗字が好きでよく聴いていると言っていた曲を再生する。苗字のことを考えながら帰る道のりは1人になってからも俺の胸を高鳴らせて、それでいて冬の澄んだ冷たい空気がどこか切なくもさせて、でもそれもなんだか悪くなくて。その夜はいつもの道を少し遠回りして帰った。