16.さようなら恋ごころ

黒子side.

どうも。初めまして、黒子テツヤです。帝光中に入学してすぐバスケ部に入部し、荻原君との約束を果たそうと最初はただ前向きに希望だけを抱いていた僕ですが、どうやらその考えは甘かったようです。

帝光バスケ部は全国屈指の強豪チームなだけに一軍から三軍まで存在し、一年に二度昇格テストというものが行われて各々の実力を問われる。入部してすぐに行われたそのテストで、経験者の僕はあわよくば二軍に入れたらいいなと密かに思っていました。けれど結果は三軍。試合に出るどころかベンチにも入れないという現実を早くも身を持って知ることとなったのです。

とはいえ今まで入部して一回目のテストで一軍に選ばれるという実例はなく、今年は異例らしい。赤司君、緑間君、青峰君、紫原君という同じ一年生が一軍に選ばれ、周りがどよめいた時のことは今でも鮮明に覚えています。彼らがどれほどすごいのかどんなプレーをするのか見てみたいという気持ちと、同じ一年なのに自分が三軍ということに対するショックで胸が苦しくなった。

その日は正直へこみましたが落ち込んでばかりいても仕方がないのでとにかく今まで以上に練習に励もうと、部活の後も1人で自主練をすることに決めました。次の昇格試験で二軍に上がることを目標に、出来る限りの努力をしようとひたすらドリブルとシュート練を繰り返す日々。そんなある日、いつものように自主練をしていると一軍の青峰君とマネージャーの苗字先輩が来て練習をし始めました。どうやら僕の存在には気づいていないみたいで、まあそれはいつものことなので慣れましたが2人でいちゃいちゃし出したのでさすがに鬱陶しいな、外でやれやと思い声を掛けました。

「あの、すみません」
「おわあぁああ!!!」
「きゃー!!!」

いやビビりすぎでしょ、特に青峰君。リアクションがでかすぎてちょっと引きます。お経のようなものを唱えられても僕は成仏しません。

「いつからいたんだよ脅かすなよ」
「さっきから居ました、別に脅かしてません」
「あ…確か三軍の、黒子テツヤ君だったよね?」
「僕のことご存知なんですか?」
「私基本的に一軍の体育館にいることが多いんだけど、一応バスケ部全員の顔と名前は覚えるようにしてるんだ。二年の苗字名前です、よろしくね」

昇格テストの時初めて見て、その後も何回か廊下ですれ違ったりしたことあったのですがやっぱり綺麗な人だなと思いました。というかめちゃめちゃ美しいです。彼女こそ僕の光だ…!なんて死んでも口に出しては言えないようなことを思ってしまいました。しかも容姿端麗なだけではなくこんな三軍でくすぶってる影の薄い僕なんかのことまで覚えていてくれてたなんて感激です。正直その後青峰君と話した内容が全然記憶にないのですが、とりあえずこれから一緒に自主練をすることになりました。最初は人のことを化け物扱いしてきてなんだこいつ…と思いましたが、話してみるととてもバスケが好きらしく気が合い、何より一軍の中でも特に期待のルーキーと呼ばれる彼と練習が出来るなんてとても光栄なことだと思いました。

それからは青峰君と練習後にこの体育館で自主練をする毎日。名前さんは来たり来なかったりですが、来た時のモチベーションの上がり様ははんぱなかったです。僕も、青峰君も。そんな青峰君が珍しく自主練に来なかった日、当たり前のように名前さんも現れることはないと勝手に思っていた僕の目の前に彼女は現れました。

「あ、やっぱり居た!テツヤーお疲れ様ー」

やはり名前さんの笑顔は最高の癒しです。いつからか呼び方も変わって「名前さん」「テツヤ」と当たり前のように呼ぶ仲になりました、正直僕のほうはまだ慣れなくて未だにドキドキしてしまいます。

「今日は大輝の代わりに私がパス出してあげる!」
「いいんですか?ありがとうございます」

みんなが帰った後の体育館で2人きりで練習出来るなんて緊張がやばくて、ただでさえ入らないシュートを更に外しまくって本気で死にたくなりました。こんな時、僕に青峰君ほどの実力があったら…なんて考えてしまうのが悔しいです。

僕がシュートを外しまくるせいで名前さんがあちこち走りまくってボールを拾う羽目になってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいに…。しかも制服で走ったりしゃがんだりするからさっきから下着がチラチラ見え隠れして目のやり場に困るんですが…てこんなことを考えてしまう自分最低だなって自己嫌悪に陥ります。

「すみません、下手くそで…」
「何、言ってんの…全然、だいじょ…ぶ」
「めちゃめちゃ息切れてるじゃないですか」
「あはは、私が運動不足だからだよ。気ぃ遣わせちゃってごめんね」

名前さんは本当に優しい人だ。一緒にいると心地が良くて、幸せな気持ちになる。また2人で練習出来たらいいのに…なんて青峰君に申し訳ないことを思ってしまった。

「そろそろ帰りましょうか、もう外真っ暗になっちゃいましたね」
「そうだね。わ、てか雨降ってる!?」
「本当ですね、さっきからそんな気はしてたんですけど思ってた以上に降ってますね」
「最悪ー。私傘持ってきてないや…」
「…あの、僕のでよかったら一緒に入りますか?」
「え?」
「本当は貸してあげたいんですが、もう遅いので送りたいですし。嫌、ですか…?」
「まさか!ありがとう!でもいいの?練習で疲れてるのに送ってもらっちゃって…」
「こんな時間まで付き合ってもらったんですから当然です」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「はい」

あまり女性と話すのが得意ではない僕ですが、名前さんはとても話しやすくていつまでも話していたくなります。僕が読んでいる小説にも興味を持ってくれて、今度僕の持っている本をいくつか貸すことになりました。家に帰ってからオススメする本を選ぶのが楽しみです。

「今日はほんとありがとね、助かっちゃった」
「いえ、僕も楽しかったので。それでは」
「あっ…ちょっと待って」
「?」

鞄からゴソゴソとタオルを取り出すと僕の肩を拭いてくれる名前さん。距離がぐっと縮んで心臓バクバクなんですが…!

「ごめん全然気づかなかった…私にかからないように気遣ってくれてたんだね。冷たかったでしょう?」
「平気ですよ、きっとすぐ乾きます」
「よかったらこれ使って?別に返さなくてもいいから」
「いや、でも…」
「いらなかったら捨てていいし、使えそうだったらふつーに使っていいよ、私のお古だけど」

僕の宝物にします…!と心の中で誓いそのタオルを受け取った。家に帰ると荻原君から電話が掛かってきたのでいつものようにバスケの話をしていたはずが気づけば荻原君の恋バナを聞かされていた。同じクラスに彼女が出来たらしく、荻原君はとても浮かれていました。バスケの話をしている時とはまた違うハイテンションっぷりにこっちまで笑みが溢れます。

「やっぱ好きな子に応援してもらうと気合いの入り方が違うってゆーかさあ!こーゆーの、相乗効果って言うんだっけ?とりあえず早くスタメンになっていいとこ見せてぇよ」
「良かったですね。今度写メ送ってください」
「おう!なんつーかまあすっげー美人ってわけでもねーんだけど可愛いんだよなー笑顔とか仕草とか」
「そうですか、ご馳走様です」
「いや、別に惚気てるわけじゃねーぞ?なんつーかこれは、その…」
「十分惚気です。聞いてるこっちが恥ずかしくなります」
「わ、悪りぃ…黒子は?そーゆー人いねーの?気になる存在、みたいな」

荻原君にそう言われた瞬間頭に浮かんだのは名前さんの笑顔。さっき貰ったタオルを手に取りながら「…秘密です」と答えておきました。正直自分でもまだこの気持ちがどういうものなのかわからなかったので。

・・・

「おーっすテツ!練習すっかー」
「はい、青峰君。今日は名前さん一緒じゃないんですか?」
「マネージャーの仕事残ってるから終わらしてから来るってよ。なんだよ、まさかテツまで名前に惚れたとか言うんじゃねーだろーな」
「え…?いや、僕は、別に…」

心臓がドキッとした。なんであんなことを聞いてしまったんだろう。それより、「テツまで」って…

「テツは部活ん時体育館ちげーから知らねーかもだけどよ、名前って一軍でもめちゃめちゃ人気あってさぁ…俺結構必死なんだよなー」
「青峰君、もしかして…」
「好きなんだ、名前のこと。はは、こんなん今まで誰にも話したことねーんだけど…とりあえずテツがライバルになんなくてよかったわ」

聞きたくなかった。聞かなければ、知らなければ僕は悪びれもなく名前さんのことを…好きになれたのに。ああ、やっぱり僕のこの気持ちは恋だったんだ。こんなタイミングで気づくなんて、僕はどうしたら…

「あ、テツヤー!」

名前さん…。何も知らない名前さんは満面の笑みで駆け寄って来る。今、すごく胸が苦しい。

「なんだよ名前、テツだけかよ」
「あはは、だって大輝はさっきまで一緒だったもん。別にあんまり嬉しくないし」
「あ?んだとこら」
「わーちょっとやめてよばか!」

最初にここで2人に会った時からなんとなく察していた。普通の部活仲間とは明らかに違う空気を出していたから。だけど気づかないふりをして見ないようにしていたんだ、僕はズルい人間です。友達、失格です。

もはや苦痛でしかない自主練も終わり、いつものように3人で帰る。居づらいというのがほとんどだけど青峰君の気持ちを聞いた後ということもありちょっと気を遣う。

「僕、ちょっと用があるのでここで失礼します」
「え?なんだよテツ用って」
「この辺何もないよ?」

うっ…僕としたことが言うタイミングを完全に間違えました。誤魔化そうにもこの近くにあるとすればあそこしか…

「マジバです。バニラシェイクが飲みたすぎて禁断症状が…」
「なんだよ腹減ったんならそう言えよー。俺だって死ぬほど腹ペコだっつーの!名前も行くだろ?」
「うん!いこいこー!」

僕の努力が無駄に終わった瞬間でした。

マジバに入って注文を済ませると名前さんがトイレに立ち僕と青峰君の2人になった。

「…青峰君てほんとバカですよね」
「あ?なんだよテツ、いきなりどうした」

青峰君がテリヤキバーガーを貪りながらアホ面で聞き返してくる。なんか腹立つ。

「人がせっかく名前さんと2人きりになれる状況を作ってあげたのにそれを棒に振るなんて…ちょっと考えればわかることじゃないですか。そんなんだからいつまで経っても先に進まないんですよ!」
「テツ…」

…つい勢いで言ってしまったけれどもさっき自分の気持ちにようやく気づいた僕がなに偉そうなこと言ってるんだ。きっと青峰君のほうが僕なんかの何倍も努力してきたはずなのに。ああ…今日はもうダメだ、早急に家に帰りたい。

「お前やっぱいいヤツだよなー。でも俺さ、この世で一番好きな子と一番大事な友達その2人と一緒に飯食ってる今の状況すげー幸せなんだけど。さっきはああ言ったけどさ、別に変に気ぃ遣ったりすんなよ。な、相棒」

青峰君は本当にバカです。僕がズルい考えを持った人間だと知りもしないで大事な友達だとか相棒と呼ぶ。名前さんを好きだと話してくれた時や今の青峰君の笑顔が眩しくて、僕は身を引くべきなのだと思い知らされた。どっちにしろ名前さんは僕にとっては所詮高嶺の花、手を伸ばしたところでどうこう出来る相手ではなかったんだし、これでいいんだ。今ならきっと、まだ諦めがつく。戻ってきた名前さんの笑顔に早速決心が揺らぎそうになったけど、これからは彼女を好きにならない努力をしていこう。そう心に誓った。