19.一匹狼の憂鬱

灰崎side.

寒みーし帰んのだりーし部活でもやってきますかねーって部室入ってったら何やらバスケ部のやつらがざわついていた。ん?なんだ?ついに虹村でも死んだか?

「よぉ。なになに?なんか面白れぇ話なら俺も混ぜろって」

ダイキとシンタローの肩にガシッと腕を回して間に入ると何やら顔色がよろしくない。どうやら明るいニュースじゃあなさそうだ。

「灰崎…いや、まだ噂なんだけどよ…」
「お、おう…(ゴクリ)」
「苗字先輩とキャプテンが付き合ってるっぽいのだよ」
「……キャ、キャプテンて虹村、修造?」
「ああ」
「…と誰が付き合ってるって…?」
「だから名前だっつってんだろ何回も言わせんな腹立つ」
「………はぃいぃいいい!?!?」

え、何、ちょ、は、マジ?何これ現実?だって少し前まで俺んち来ていちゃいちゃしてたじゃん。初めてうち来てセックスした後も何回か遊び来て「え、つかなんかもう彼女じゃん」とか思ってたのに浮かれてたの俺だけってこと?いやでもまだ噂だし。そんなん今まで何回もあったし。そうだそうだ落ち着けよ俺、このガングロバカと童貞メガネの言うことを真に受けてどうする。とりあえず他の人の意見も聞こうじゃねぇか。

「最近いっつも一緒だよねーあのふたりー」
「そ、それはアレだろ?名前先輩が不良に絡まれた件があったから一緒に帰ったりしてるってゆー…」
「あーお前探しに行ったときのやつか」
「えーじゃああの2人くっつけたの崎ちんてことー?」

アツシの言葉にダイキとシンタローの殺意が俺に向けられる。おいおい何でそうなんだよ、俺何も悪くなくね!?俺が付き合ったわけでもねーのにおかしくね!?俺もお前らと気持ちは一緒だっつーの!!

「ちょ、おめーら落ち着けって!よく考えてみろ、まだ付き合ってるかわかんねーんだろ?一緒に帰ったことくらいみんなあんだろーが!」
「だが疑惑の種はそれだけではない。最近名前さんは虹村さんのことを「修ちゃん」と呼んでいるだろう。あれは確実に何かあったに違いない」
「ぅおっ赤司!おめぇまで…」

赤司が言うと妙に説得力があって、よりによってこんな話題のときにまでそれを発揮されるとかつれぇんだけど。周りのやつらも「確かにあやしいよなー」「言われてみれば虹村も最近苗字のこと下の名前で呼んでるしありえるー」とかまたざわつき始める。あーもーうぜーうぜー!!イライラしながら部室のドアを乱暴に開けると今来たらしい虹村…と名前がセットで立っていた。…サイアク。

「「「…あ」」」

部室の中にいたみんなも一斉に振り返りそんな声が疎らに漏れる。

「ん?何だよ」
「………」

…名前、何でだよ。何で俺じゃなくてこいつなわけ?俺が世界一好きな人が俺の世界一嫌いなやつと当たり前のように並んでるこの光景がすげえ嫌だ。殺意にも似た嫌悪感でどうにかなりそうなんだけど。

「赤司、どうかしたのか」

異様な空気に虹村は一番信頼を置いている赤司に声を掛けた。

「いえ、大したことではないんですが。虹村さんと名前さんがお付き合いされているとバスケ部内で今噂になってまして…」
「あー…」

言葉を濁すと顔を合わせる2人。いちいちイラつくぜ…さっさと言えよ元ヤン先輩よお…

「プライベートなことなのであまり詮索する気はありませんが、もしただの噂ならこの場で収めたほうがよろしいかと」
「…いや。それただの噂じゃなくて本当なんだわ」

耳から入った情報を脳が処理するのに時間がかかる。え、こいつ今何つった?マジ冗談は顔だけにしてほしいんだけど。

そんな俺を気にもとめず虹村は名前の肩に腕を回すと「てわけでこいつ俺のなんで。手出したらコロシマス」ととびっきりの笑顔で宣言しやがった。その後「特にオマエ」と俺の顔を見て言い、ドヤ顔決めて口角を上げると颯爽と部室の中に入っていった。はぁあああん!?マジ殺意なんですけど!!部室ん中でリンチにでもあえやあんにゃろー!!!

血管ブチ切れ5秒前の俺に特に何も言うこともなく名前はいつも通りマネージャーの仕事に取り掛かる。何だよ、言い訳の1つもしてくんねーのかよ。俺って名前にとってはただの遊び相手だったってこと?俺の気持ちは少しも伝わってなかったのか?あんなに愛し合ったのに、本当にこれで終わりなのか?

いつもは略奪ヤリ捨て常習犯で、振ってもすがってくる女とかマジめんどくせえって思ってたのに、まさか俺がそっち側の人間になるなんて…

・・・

あれから数日経ったが俺のイライラは収まらず相変わらずむしゃくしゃした日々を送っていた。元々サボりがちだった部活もまた行かなくなり、最近は遊びにも行かず家に引きこもっているため虹村に捕まることもない。今日もコンビニでテキトーに何か買ってゲームでもしよ。そうしよ。

家に帰り部屋着に着替えると買ってきた唐揚げ弁当をレンチンしてそれを食いながらテレビゲーム。いやぁポータブルもいいけどやっぱテレビだよなー画面でけーと迫力がちげーんだよなあ。それに部屋着でダラダラしながら好物の唐揚げ食ってって…最高かよ。…なのに何で全然楽しくねーんだろ。名前を家に連れてきちまったもんだからもうこの家には名前との思い出が出来てて、ゲームやりたいっつーから一緒にやったのに何回やっても俺に勝てなくてガキみてぇに拗ねたり、けどどんなに不機嫌になってもリクエストすれば何でも飯作ってくれて、この間作ってくれたクリームシチューもすげー美味かったし、飯食い終わった後はこのベッドで何回もHして、普段見せない名前の一面を知るたびにどんどん夢中になっていった。今じゃ家中どこにいても名前との時間を思い出して、無駄にラインの画面開いては閉じてを繰り返す。あー…今頃まだ部活やってんだろーな。そんで今日も虹村と一緒に帰るんだろうな、堂々と手とか繋いで。いいなぁ…

ゲームの電源を落としてベッドに入ったけどやっぱ1人だと冷てぇわ…。名前の体温が恋しい。抱きしめてぇし、キスしてぇし、やらしいこともいっぱいしたい。

「名前…」

目を瞑り、名前とのセックスを思い出し自慰する。終わった後余計虚しくなるのはわかってんだけど、そうすることでしか行き場のないこの気持ちを収めることが出来ない。虹村とはもうヤッたのかな…あー…マジで虹村死ねばいいのに。

・・・

もはや部活どころか学校来んのもだりーなぁ。つーか早く死にてぇ。と思い始めてる昼休み。廊下を歩いていると赤司&シンタローというバスケ部くそまじめコンビの声が聞こえたのでサッと身を隠す。…て何で俺隠れてんだろ。

「今日虹村さんは家の用事があって部活には出られないそうだ」
「そうか。まあ今は練習時間も短いし特に問題はないと思うが…灰崎のやつは今日もサボりだろうか」
「ああ、おそらくな。まああいつは探さなくていいだろう。いても騒がしいだけだからな」
「そうだな」

ておいこらあああ!!聞き捨てならねぇ…けどまあいい。そんなことより、今日は虹村いねーのか。じゃあこいつらのご希望にお応えして久しぶりに部活行ってやろうかねー。


「おいっすー」と悪びれもなく部室に入れば赤司とシンタローの不愉快そう顔。想像通りの反応に内心にやついていれば「どーしたの崎ちん」「あれ、お前辞めたんじゃねーのかよ」とアツシダイキにまで言われさすがにちょっとへこんだ。

「ったく冷てえ野郎どもだぜ…」ぶつくさ言いながら先に部室を出ると「祥吾…!」と久しぶりに名前に名前を呼ばれ心臓がドキリと鳴る。

「もぉ、何日も来ないから心配したじゃない。風邪でも引いた?」
「いや…」
「なんだ、よかったぁ。1人で寝込んでるのかなとか勝手に想像しちゃってたんですけど」

へへっと笑う名前。…心配してくれんならラインの1つでもよこせっつーの。いつも通りの笑顔に何だか複雑な気持ちになる。俺はどうしてほしいんだよ、申し訳なさそうに謝られたら満足か、思ってること全部ぶちまけて傷つけたら気が済むのか。自分の気持ちがよくわかんねぇ。でもやっぱり名前の笑った顔とこーゆー優しいとこ、すげー好きだわ。


練習が終わって水を飲みに行くと名前が水飲み場で布を絞っていた。

「わー…冷たくねーの?」

水を飲んでそのまま隣に並び縁に寄っ掛かると未だ仕事を続ける名前を横目に見る。この時季の水道水って拷問だろ。

「めちゃめちゃ冷たいよーもう感覚ないもん」

よくんなこと笑ってやるよな、そんな手真っ赤にしてまで。俺だったら絶対無理だわ、他のやつに押しつける。

「マネージャーの仕事嫌になったりしねーの?」
「しないよ?バスケ部好きだし」
「バスケ部?虹村じゃなくて?」
「あはは、修ちゃんは特別だけどみんな好きだよ」
「じゃあ、俺のことは?」

名前の後ろに立つと縁に両手を付いて逃げ場をなくしそう問うけれど、

「こら、すぐそーゆーことするー」

名前はいつものように笑って手を止める気配もない。

「なあ…俺真剣なんだけど」

身体を名前の身体に密着させてぎゅ…と抱きしめると耳元で囁く。

「…ダメだよ、祥吾」

俺の欲しい温もりがこんなに近くにあるのに、何で俺のものじゃねえんだろ。あーこんなことならもっとちゃんと部活来て毎日会って口説いたり、抱き合ってるときもかっこつけずに素直な気持ちをぶつければよかった。俺がつけ込む隙は本当にもうねえのか…?

「はは、何つー顔してんだよ。ジョーダンだろ?いちいち真に受けんなっての」
「祥吾…」
「だからさーそんな顔すんなって、 自惚れすぎっすよー先輩。…ま、シュウチャンに飽きたらまた遊ぼーぜ」

掃除用具を奪って先を歩くと、後ろからついてきた名前が俺の横に並んで微笑む。

「ありがとう」

よかった、俺ちゃんと笑えてたみてぇだ…


他人のものになっちまった名前は余計魅力的に見えて、それを欲しすぎるが故に自分の嫉妬や怒りをぶつけてしまいそうになったけどなんとか堪えた。…というより嫌われるのが怖かっただけなんだけど。俺はこれからも名前の側にいていつも通りバカやってかわいい後輩を演じて一緒に笑って過ごす。そして彼女が傷ついたり悲しんでるときは誰よりも早く駆けつけ抱き締めてやる。その一瞬の隙を絶対見逃さねーように、虹村を見つめる彼女を俺は見守り続けるんだ。いつかアイツから名前を奪うその日まで。