ep01.青峰大輝(17.07/10〜17.10/10)


人間というのは、1年間恋愛から遠ざかっていただけで、こんなにも変わるものなのだろうか。

好きだった先輩に振られたことをきっかけにもともとの恋愛体質を見事に拗らせ乙女ゲーにハマって現実に興味を失いお菓子とPSPを相棒に毎日イケメン三昧していたらこのざまになった。周りの友達には「きもい」「やばい」と言われるが気にしない。PSPの電源を入れてイケメンに癒して貰えば傷付いた私の心はすぐに癒えるのだから。ゲームの中のイケメンは裏切らないし傷つけないもん。…選択肢さえ間違えなければ。

退屈な日常の中のささやかな楽しみ。同じクラスの女友達とお昼休みお菓子を食べながらきゃっきゃ楽しく盛り上がっていると、「おいデブ、宿題見せろ」と同じくクラスメイトの青峰大輝が私の目の前に現れた。邪魔すんじゃねぇ。

「は?自分でやれよガングロ」
「んだと!?つーかお前さっきもでっけーおにぎり食ってなかったか?まだ食うわけ?引くわ」
「黙れバスケ馬鹿。失せな、ここは女子の領域。お前のような」
「うっせーなあ、いいからノート貸せ!今日俺日直だから当てられんだよ」

自分だけ好き放題言って私が言うと被せてくるあたりが卑怯だと思う。今確実に私のターンだったよね?

結局青峰は私の机を漁ってノートを見つけるとニヤリと笑って自分の席へ戻っていった。く、悔しい。ノートを奪われたことよりも、デブネタというなかなかの威力を持つ攻撃に対して「ガングロ」「バスケバカ」とかあまりダメージを与えられない悪口しか言えないことがとても悔しい。

「あんの野郎ぁあ…」わなわな震えているとマイフレンド達がそんな私を見て「あんたらの漫才まじウケる」とか言って笑っていた。見せもんじゃない!!

「でもさー青峰君てあんたによく絡んでくるよねー正直羨ましいわ。私なら喜んで宿題見せるのにー」
「え?は?え?」
「わかるーカッコイイよね青峰君!もうこの際青峰君にしちゃいなよーう」
「絶対ヤダし。タイプじゃないし。嫌いだし」
「でも青峰君のほうはあんたに気があるんじゃない?じゃないとこんな毎回絡んでこないっしょ」
「いやいやないっしょ〜〜」

…とは言ってみたものの、そう言われるとそんな気もしなくもないような…?え、なに。もしかしてアイツ私のこと好きなの!?

そう考えると青峰の意地悪も可愛く思えてくるんだから私も単純だ。性格ブスではあるが、見た目は確かにかっこいいもんなあ。イケメンに好かれて嫌な気持ちになる女なんてこの世にいるのだろうか。どちらかというと私は学年一人気のある黄瀬君みたいなシャララ王子系がタイプなのだが次元が違うので青峰で手を打つことにした。

・・・

「おいメスブタ、屋上で弁当食うぞ」
「はい?」

そう言うと青峰は私の鞄と私の腕を掴んで屋上にやってきた。

「お前の弁当いつも美味そうだから気になってたんだよなー」とか言って最初から人の弁当を食う気満々である。図々しい。ジャイアンかよ。コイツイケメンじゃなかったら絶対ぼっちだよ。

「うめー!!!お前の母ちゃん天才じゃね?」
「ばーか。それ作ってんのわ・た・し!」
「ははっ!見栄張って女子アピールすんなって!」

むっきぃぃぃぃ!!!

「あんたにアピッてどうすんのよ」
「ま、それもそうだなー。つーかさ、お前って…」

え、なに。いきなり見つめてこないでよ。イケメンに見つめられるとか慣れてないし、むかつく野郎だけどされどイケメン。青峰にドキドキしてるとかやだやだ。てかもしかしてまさか告る為に屋上連れてきたとか!?ちょっと待ってまだ心の準備が出来てな…

「ブスになったよな」
「……あ?」

勘違い妄想していた自分死にたい。私がもしサトラレだったのならば間違いなくここから飛び降りるね。

「お前明らかデブったよな。去年とかまだ可愛げあったのによー」
「う、うるさい!!自分だってずっと彼女いないじゃん人のこと言えないじゃん!!」
「お前わかってねーな。これでも俺結構モテるんだぜ?」
「はいウザいーはい嫌いー」
「こんのブス!!もっとブスにしてやる!!」
「いゃああああ」

青峰に容赦なくほっぺを引っ張られ本当にブス度に磨きがかかった気がする。ひでえや。

そういや最近やたら青峰がデブデブ言ってくるなあと思い久方ぶりに体重計に乗ってみたら最後に測った時から10キロも太っていたからおったまげた。信じられなくて3回乗ってみたけど逆に0.2キロ増という結果に。ひ、左の桁が変わっとる…!

もう痩せるまで断食じゃぁぁあああ!!!!!と決意して3日ほど経っただろうか。腹減りすぎて気持ち悪い。体育とか休みたいけどマラソンとか本気で死にそうだけど脳が麻痺してきたのか「マラソン=痩せるチャンス」とポジティブ変換されたので気合いで頑張ることにした。

「あと一周!!」という先生の声に絶望する。あともう一周あったのか…。暑さと貧血でなんか、気持ち悪い、苦しい。立っていられなくて座り込み過呼吸みたいにゼェハァしていると先生と数名の生徒が心配してやってきた。先生が水を買いに行き、肩を貸してくれたクラスの人に煽られながらタオルを口に当てて呼吸を整える。ああ苦しいし恥ずかしい。こんな時、少女漫画なら黄瀬王子が颯爽と現れてお姫様抱っことかしてくれるのに、なんかすげーリアルだなぁ。先生とこの方達には勿論十分感謝していますが、ね。トホホ。

「なにやってんだ、アホ」

低く響く声の主を見上げると、憎き青峰が「おらよ」と買ったばかりのペットボトルを差し出している。え、青峰も暑さでやられた口かな、なんてぼーっとした頭で思った。

「何考えてっか知らねーけど早く飲めよ。顔ひでぇぞ」いつも以上に、と付け足すこの男に一発お見舞いしてやりたいところだけど残念ながらそんな気力も体力も無いので素直に水を受け取った。水をこんなに美味いと思ったのは生まれて初めてで、しばらくすると体調も徐々に回復してきた。

「大丈夫か」
「う、うん。ありがと…」
「じゃあほら、乗れ」

と目の前に青峰がしゃがみ込んだ。

「え?」
「恥ずかしいだろーが早く乗れよデブ!」
「んなこと言われて誰が乗るか!一生そこで恥かいとけ!」
「ったくオメーは…」
「わ、ちょ、何すんのよ!降ろして!」

力の差を駆使して無理矢理おぶられて最後の力を振り絞って抵抗してみた。

「具合悪い時くれー大人しくできねーのか可愛げねーな。ま、他の奴らじゃお前のこと持ち上げらんねーからな、感謝しやがれ。あー重い重い」

減らず口を叩きながらだるそーに歩く青峰。力でも口でも勝てなくて、なのにこうやって助けてきて、なんか私惨めじゃん。むかつく。

「もう、なによデブデブって…だからダイエットしてんでしょうが!ばかぁ…」

最悪だ、コイツの前で泣くなんて。だから現実の男は嫌なんだ、ゲームの中のイケメンならこんなデリカシーのないこと言わないもん。

「わ、お前なに泣いてんだよ!ずりーぞ!」

ずるいってなんだ。別に涙は女の武器とか今時思ってねーよクソぉ。

「……悪かったよ、言い過ぎた」

青峰が、謝った…?女の涙って本当に武器になるんだ。へぇ。

「別にいいよ、本当にデブだもん。でも頑張って痩せるし」
「また無理してぶっ倒れても知らねーぞ」
「別に私がぶっ倒れたところで誰も心配なんかしないし」
「……俺がする」
「え…?」
「なんでもねーよ」
「もう一回!お願い!アンコール!」
「うるせー。おら着いたぞ」

そう言って私を保健室のベッドに降ろすと「オダイジニ」と吐き捨てて出て行ってしまった。


このドキドキは、熱中症のせいだよね…?きっとそうだと自分に言い聞かせてるのに、心臓がうるさくて眠れそうにない。調子狂うじゃん、アホ峰…。