ep05.混合パロ(22.07/10〜23.03/16)


ある日の授業中。突然ガタッと机に突っ伏し動かなくなった私に隣の席の宮地が「おい、どうした…大丈夫か」と声をかけてくる。

「今からライン送るから見て…」と小声で呟いた私にたぶん「?」となっているであろう宮地がスマホを取り出す。グループトークにメッセージを送信したので別の教室にいる他2名のスマホも今頃震えていることだろう。

「【速報】K4(けーよん)のライブチケットがご用意されました」
「けーよん?なんだそれは。というか授業中にくだらん連絡をよこすな」
「とか言って真ちゃんちゃっかり見てんじゃんwけーよんて今人気のアイドルグループっしょ」
「こいつが推してるグループな。つか隣で泣いてんだけど引くわ」
「うーわ…授業中に当落確認しちゃダメだって先輩w」
「ちなみに4連で申し込んだから貴様らも連行する」
「ふざけるな」
「え、いいの?ラッキー!」
「男のアイドルとか興味ねぇ」
「とにかく放課後うちにこい!わかったか!これは先輩命令だぞ!」
「じゃあ俺パス」
「みゆみゆ舞台決まったよね?チケ取り協力するけど」
「わかった!練習終わったらあいつら連れてお前んち行く!」
「待ってまーす」


ー…そして今に至る。

「よし、まずは過去のライブを見せてやるから各々の推しを決めろ。あむぴは私の推しだからそれ以外でよろ」
「推し…」
「簡単に言うとグループの中で特に好きなメンバーって意味だ」
「さっすが宮地さん!」
「あー見せたいものありすぎて時間足りない。こっちはセトリがいいしこっちはビジュがいい…」
「何でもいいから早くするのだよ」

この野郎緑間め。同じクラスの宮地とオタバレを機に仲良くなりその宮地の下僕的後輩2人を私も下僕として扱っていたはずが気付けばいつからか敬語はなくなり終いにはお前呼びされている…。高尾はまだ「先輩」って呼んでくるから可愛いけど緑間は可愛くないから許さん。

しかし意外にも最初に推しを見つけたのは緑間だった。緑間の推しはリーダーの赤司征十郎。「この赤い髪のやつからは知性と品格を感じるな。俺はこいつにするか」と早々に赤司様のお育ちの良さを見抜き好感を持ったようだ。

続いて宮地が「この松田ってやつイケメンじゃん。男気ありそうだしいいな」とビジュアルエースの松田陣平を推しに選択。高尾も「俺この背高い人にしよー。魅せ方上手いし松田って人とのニコイチ感俺と真ちゃんみたいで可愛いくね?」とセクシー担当萩原研二を推すことに。

「みんなすごいよ!この短時間でメンバーのことよく見抜いてる!ちなみにメンバーカラーってのがあって、赤司様は赤、陣平ちゃんは青、萩は紫だから当日はその色の服着てきてね!」
「ふざけるな。赤い服など持っていない」
「買え」
「断る」
「おは朝のラッキーアイテムが赤い服だったら買うだろ」
「それは買う」
「じゃあ買えよ!」
「意味がわからん」

緑間と話していると血圧が上がるのでとりあえず話すのをやめて団扇を作ることにした。

「まず片面に推しの名前、その裏にしてほしいファンサを書きます。例えばよくあるのだと、「ハート作って」とか「投げキッスして」とか」
「そんなものいらん」
「ぷくく…確かに真ちゃんが投げキッスの団扇持ってんの想像したらキモいわ」
「お前が持ってても気持ち悪いのだよ高尾」
「だから例えばっつってんだろお前ら!」
「でも結構団扇作りって楽しいよな、ファンサ貰えるかどうかこれにかかってるみたいなとこあるし」
「さすが宮地、ドルオタ拗らせてるだけあるわ」
「うるせぇ刺すぞ」
「でも陣平ちゃんは他のメンバーに比べて結構対応塩なんだよなぁ。照れ屋さんというか萩にしか興味ないというか…まあそこがまた可愛いんだけどね」
「あー…それっぽいわ。「手振って」とかくらいならどうだ?」
「あーいいねいいね!私なら「グラサン外して」とかにするかな」
「あー!それもいいな!」

やはり宮地とはドルオタ同士気が合う。基本口が悪いので物騒な物言いをすることも多いが意外とこういうのに付き合ってくれる優しい一面もあるから好きだ。

団扇が完成すると次は振り確認に入る。ファンと一緒に踊る定番の曲が決まっているので映像を見ながら指導する。これは高尾がなかなか上手い。さすが陽キャの高尾。緑間の下手くそなダンスを2人で腹を抱えて笑ったおかげで緑間への今日のストレスが一気に飛んでいった。

帰りにペンライトをみんなに配り、当日までに使い方とメンカラの暗記をするよう課題を出して見送った。

・・・

K4ライブ当日。
私、宮地、高尾の順で会場の最寄駅に着き緑間を待つ。恥ずかしいから絶対リヤカーで来るなよと事前に言っておいたのだが、高尾がちゃんと電車で来たので安心した。あとはあいつだけだ。はたして奴はちゃんと赤い服を着てくるのだろうか…最後に現れて着てきてなかったら宮地じゃないけど軽トラで轢く。

そう思いながら3人で話していると遠くからでも目立つ緑頭の男がこちらへやってきた。

赤い服…じゃない…!!!

「おい緑間、約束が違うぞ」
「誰も着るとは言っていないのだよ」
「きー!今日も可愛くない!」
「でも珍しいな、いつも誰よりも早く待ち合わせ場所に着いてんのに」
「そーそ。てっきり真ちゃん恥ずかしくて出てこれないのかと思ったわ」
「赤い服は…探しても見つからなかったのだよ。店も数件回ったがサイズがなかった」

…不覚にもちょっと可愛いとこあるじゃんとか思ってしまった。緑間のくせに。

「はぁ、そんなこともあろうかと念の為に持ってきました。ツアーグッズであるビッグサイズTシャツ」

本来これはオーバーサイズで着る用に買ったのだが緑間なら普通のTシャツとして着られそうだ。

「これを上から着ろ。人事を尽くしたことに免じて特別に貸してやる」
「暑い、断る」
「可愛くない!!!」

いつもの調子で騒ぎながらそのまま会場入りをする。ライブによって毎回作りが変わるから座席読めないんだよな…まあ最前とかでは絶対なさそうだけど、アリーナ席だし悪くはないことを祈ろう。

「宮地…苦しい」
「落ち着け、気を確かに持て」
「やっばー!センターステージの真ん前ドセンとか先輩引き強すぎ!」
「確かに眺めは良さそうなのだよ」

私、何年分の運を使い果たしたのだろう。この人気グループの倍率高すぎ幻のチケットを4連で取れただけでも奇跡だというのにまさかの神席…!と浮かれていると後ろの席から「げ、前の人男じゃん。しかもデカいの2人もいるわ最悪…」と聞こえてきて無理矢理連れてきたあいつらにも後ろのファンにも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「すまない、見辛かったら言ってくれ」
「気持ちわかるからほんとは交換してやりてーんだけど…ごめんな」

と言うメンタル強め190センチオーバーの男2人に先程の女性たちは顔を赤らめて「いえ!こちらこそすみません…全然大丈夫です!」と手のひらを返し今度は「え、ちょ…振り返ったら顔面強すぎてびびった」「ね!推しと目の前のイケメンどっち見たらいいか迷うんだけど」と興奮しながら騒いでいる。まあ、何はともあれ良かった。

そして流れていたBGMがとまり、会場が暗転する。やばいやばい緊張する…来るよ来るよ…

「are you ready…?」

赤司様の一声を合図にステージが眩しく照らされK4の先月発売されたシングル曲を歌いながらメンバー4人が現れる。興奮と感動と久しぶりの推しに思わず涙を流すと隣の宮地が「わかる…わかるけどちゃんと目に焼き付けておけ」と助言をしてきたので気持ちを落ち着かせて号泣したいところを何とか耐えた。

その後、「今日は来てくれてありがとー!初めて俺らに会いに来たって人もいるだろうから、この曲聞いて覚えてってくれよ?」と萩が言うとライブの定番自己紹介ソングのメロディーが流れ出す。自己紹介を他のメンバーにされた後最後に言う決め台詞が毎回違うから楽しみにしていた曲のひとつでもある。そしてコーレス曲でもあるこの曲はもちろん予習済みだ。

松田『文武両道才色兼備完璧主義の頼れる我らがリーダー!セイッ赤司様!(赤司様!)赤司様!(赤司様!)』
赤司「ふっ…頭が高いぞ」

萩原『黒髪グラサンイケボでワイルド煙草と貴女のハートに火をつけます!セイッ陣平ちゃん!(陣平ちゃん!)陣平ちゃん!(陣平ちゃん!)』
松田「逃がさねぇぜ?」

安室『溢れる色気で狙った獲物は必ず落とす百戦錬磨のラブハンター!セイッはーぎ!(はーぎ!)はーぎ!(はーぎ!)』
萩原「今日…俺んち一緒に帰ろっか 」

赤司『歌にダンスに料理にスポーツ何でも出来ちゃうハイスペ王子!セイッあむぴ!(あむぴ!)あむぴ!(あむぴ!)』
安室「君のこと、独り占めさせて?」

『Say!K4!(K4!)K4!(K4!) K4!(K4!)K4!(K4!)…thank you…!』

うーわ…今日の決め台詞全員最高だった…ガチで全員が全員を口説きにきてんの最高かよ…絶対円盤化するとき今日の映像使ってほしい…帰ったらアンケートに書こう…

その後も全員でのダンスナンバーが続き、「ここからはファンのみんなともっとひとつになって楽しんじゃおうかな」というあむぴの意味深な台詞の後、会場が真っ赤に染まる。こ、これはもしや…!隣にいる緑間と視線がかち合う。そう、これは赤司様のソロ曲『O・YA・KO・RO』だ…!アイドルらしからぬ歌詞とアイドルそのものな笑顔の赤司様がなんともクセになる一曲。サビで赤司様が「O・YA・KO・RO」と歌うのに合わせてファンがハサミのように指をピースにして高く掲げ上下に振るのがテッパンとなっている。そしてひそかにK4の曲の中で緑間がいちばん気に入っている曲だということも私は知っている。

「なんつー物騒な歌詞だよ。笑顔で歌う曲じゃねーだろ」
「日々殴るだの刺すだの物騒なこと口にしてるあんたには言われたくないと思うけど」
「黙れ轢くぞ」
「僕に逆らうやつ〜親でも殺す〜♪」
「うるさい歌うな。本人の声が聞こえんだろ」
「いいじゃん!にわかのくせにうっさ…っ」

またしても喧嘩が始まりそうになったところでサビがきてピースの振りを完璧にこなす私と緑間。なかなかいいキレしてるな、緑間。きっとこいつのことだから家でコソ練してたんだろう。

「あ!次ファンサ曲だよ!みんな団扇出して!」イントロと周りのファンの動きでいち早く気付いた私は3人に装備の連絡をする。幼馴染みで神シンメとも呼ばれている萩松の『ベストフレンド』だ。この曲のとき2人ともめっちゃ楽しそうなのが見てて幸せな気持ちになるんだよなぁ…しかもファンサ曲。さっきの赤司様といい萩松までもがセンターステージに来てくれてテンションぶちあがる〜!

宮地と高尾がちゃんとファンサ団扇のほうを前に向けているか確認しつつ眼球と脳裏に美しすぎる萩松の顔を焼き付けていると宮地か高尾のほうを見た萩がちょいちょいと陣平ちゃんを手招きし一緒にギャルピースをしてくれた!これは高尾の団扇のやつ…!萩ならやってくれるだろうと一緒に考えて決めたやつにまさかの陣平ちゃんがおまけで付いてくるなんて!!!全国の萩松ファンに「うちの高尾が快挙を成し遂げました…!」と自慢して回りたいくらい誇らしい気持ちになった。このブロマイド後日グッズとして出してほしいなぁ…これもアンケートに書こう。

その後も「俺たち〜いつだって2人で1つ〜」と最後の歌詞を歌いながら背中合わせで終わる最高の場面でまさかの陣平ちゃんがグラサンを外し、宮地と思わず手を取って喜んでしまった。宮地の団扇効果なのか元々こういう演出だったのかはわからんが、最高であることに変わりはない。最高オブザイヤー受賞です。

萩松が去った後、一度ステージが暗くなり、次に明かりがついたときにはセンターステージにタキシードを着たあむぴがソファに座ってキメ込んでいた。うう…推しがかっこよすぎて苦しい…。

「それじゃあ今から僕の花嫁を探しにいこうかな」

…え、え、何どゆこと!?私ライブは事前にレポとか読まずにセトリも見ずにまっさらな状態で行く派だから何もわからんのだけどこれってもしかしてお客さんを選んでステージにあげる的なやつ!?そんなの…!最高だけど絶対無理だし見せつけられんの辛すぎる…見たいようで見たくない…あむぴ団扇で顔を隠して葛藤していると、

「僕と一緒に来てもらえませんか?」

なんてやたら近くであむぴの声がした気がして団扇をおろした瞬間から目の前にあああああああああむぴいぃい!?!?!?

「え、あ、え、はい…!ねぇ宮地ちょっとほっぺつねってみてくんない…?」
「夢じゃないですよ?ほらっ」
「!?!?!?」

満面の笑みのあむぴにほっぺをむにっと優しくつままれ気を失いかけながらあむぴに着いていく。

「これが僕の気持ちだよ、ちゃんと聞いてて」

至近距離で見つめられて手をぎゅっと握られコクンと頷くとあむぴによる糖度MAXラブソングの弾き語りが始まる。たぶん今の私は顔がこれ以上ないくらい赤くなっているだろう。だってさっきから脇汗がやばい。あむぴの魅力と照明の強さとカメラに撮られている緊張と他のファンへの罪悪感で顔からも汗が流れてくる、焦れば焦るほど余計に…。もはやどこを見ていいのかわからずあむぴとカメラを交互に見てはあむぴの美しさ格好良さに心臓がマジで爆発する5秒前である。あむぴと話したいこと、一緒にやりたいこと、伝えたいことはたくさんあったはずなのにいざとなると推しの破壊力の前に何もできなくなってしまう無力なオタク…。

正直そこからの記憶がほとんどない。テンションあがった勢いのまま帰りに4人でパ◯ラにフリータイムで入ったらしいが何も覚えていない。夢のような時間とはこういうときのことを言うんだろうかなんて思いながら、2度は訪れないであろう奇跡に感謝した。1年後、このときの映像がしっかりと円盤に収録されており緑間に「この顔、何度見ても傑作なのだよ」と笑われ続けることを今の私はまだ知らない…