06.夏の思い出


ピンポーン、と呼び鈴を押すと返事をするかのようにドオオオン!と爆発音がする。

「いるね。入ろっか」
「おーおー、今日もやってんなあ」

そう、私と松田さんが揃って訪れたのは阿笠邸。こうも頻繁に失敗と爆発を繰り返してよく近所迷惑で訴えられないなといつも不思議に思う。それに、新一の家が立派なお屋敷なのはまだわかる。お父さん超有名作家だし、お母さんもだいぶ昔に引退したとはいえ元人気女優だし。でもなぜ博士の家までこうもすごいんだろう…この辺の土地がめちゃくちゃ安いのだろうか…確かに治安も悪いしそれなら納得だ。

少し前、松田さんに車で送ってもらったついでに新一の家に寄り貸した漫画を全巻まとめて返してもらったことがあった。その時も隣の博士んちでおなじみの爆発が起き、私と新一は「またやってらあ」くらいに思って特にリアクションしていなかったのだが、初めてのそれに松田さんは猛ダッシュで向かっていってしまったのだ。警官だからか、元爆処の血が騒いだのか。

止める間も無く行ってしまった松田さんを追いかけて博士の家で説明をすると、「んだよ、人騒がせなじいさんだな…」とため息をついていた。しかしその数分後、今度は分解魔の血が騒ぎ出した松田さんは博士のガラク…発明品に興味津々。普段自分の作品に興味を持たれることのない博士も松田さんと楽しそうに話していてすっかり意気投合してしまったのだ。

それからというもの、松田さんは暇ができると「おい、ヒロシんち行くぞ」となぜか私まで連れ出す始末。松田さんからのお誘いは嬉しいけどたまにはデートっぽいことしたいんですが。

博士んちに誘われるたび、私はあの日工藤邸に寄ってと松田さんを足に使ったことを後悔するのであった。

「よぉヒロシ、また失敗したんだろ。これ分解していいか?」
「またとはなんじゃ。まあ、好きにしてくれて構わんが…」
「ほんとよくテロだとか爆弾魔だって通報されないよね。あ、志保さんいる?」
「名前君まで、言いたい放題言いおって…。志保君なら自室で本でも読んでると思うぞ」
「んじゃ私志保さんとこ行ってくるね」
「おー」

すでに分解作業に夢中の松田さんはこちらに目もくれずテキトーに返事をする。まったく、分解なんかして何が楽しいのか…私には全然わからない。まあ、普段のワイルド刑事からは想像出来ない一面にちょっとかわいいなとは思うけれども。


コンコンコン。

「しーほーさーん!あーそーぼー!」
「………」

応答がないので勝手に入ると、「また来たの、あなた本当に暇なのね」とチクリと嫌味を言われる。だが私は志保さんのこの塩対応が嫌いではない。美人のツンデレは最強だと勝手に思っているからだ。それになんだかんだ彼女は面倒見がいい。そんなお姉さん気質なところも好きだったりする。

「もう、いるなら返事してよ」
「居留守使ってるんだから引き返しなさいよ」
「やだ。志保さんと話したいもーん」
「はぁ…まったく」

ため息を吐きながらもパタンと本を閉じて話し相手になってくれる志保さん…好き。

リビングでお茶をして松田さんと博士を見守りながらガールズトークをする。志保さんは大学生で、身寄りがないため親戚である博士の家に居候している。大学進学と同時に一人暮らしも考えたが、博士が好きなだけいてくれていいと言ってくれたことと、博士のメタボ加速が心配なためとりあえずまだここに住んでいるとか…なんと微笑ましい。

「で?あなたとあの刑事さん、上手くいってるの?」
「見ての通りこの調子で全然デートっぽいことしてないよ…博士しばらくどっかに旅行行く予定とかない?」
「ないわね。諦めて同じ学生と健全な恋愛しなさい」
「え…まさか志保さん最近松田さんがよく来るからって密かに狙ってないよね…?」
「はぁ?全然タイプじゃないわ」
「そっか、よかったぁ…。志保さんは比護選手みたいのが好きなんだもんね」
「ねぇ…!ちょっと昨日の試合見た?比護さんのシュート!」
「いや、サッカーはあんまり…」
「待って、録画したやつ今見せるから」

志保さんの比護さん愛に火をつけてしまったことを悔いているとタイミングよくピンポーンと音がした。

「博士ー!今日こそ海連れてってくれよー!」
「あ、名前お姉さんとイケメン刑事さんもいる〜!」
「し、志保さん…!こんにちは…!」

ポアロや博士の家でよく遭遇する少年探偵団の子達だ。ちなみに光彦君は歩美ちゃんと志保さんに惚れているらしい。なんともませている。そして人のことは言えないが、大人しそうな顔してなんという面食い。

「海の家でうな重食いてえー!」

それに比べて元太は飽きもせずに口を開けばうな重を連呼。私もハマるとそればかりになってしまうたちだが、元太のうな重愛には感服する。

「ねぇねぇ、名前お姉さんと志保お姉さんも一緒に行こう?」

歩美ちゃんに純粋無垢な笑顔でそう誘われ、「いいよ〜!」と即答した私の横で志保さんは「私はパス」と無慈悲な返答をした。さすが志保さん、子供相手でも容赦ない…と思いきや、「ごめんなさい、私日に焼けやすいの」とフォローを入れる辺り私の時との対応に差を感じる。

「松田刑事も行くだろ〜?うな重奢ってくれよ!」
「行きますよね、松田刑事!」
「あ?誰がこのくそ暑い日にわざわざんなとこ出向くかよ」
「ケチ!いいじゃんかよぉ!」
「高木刑事なら連れてってくれますよ!」
「はっ、じゃあ高木に頼むんだな。俺は今忙しいんだよ、しっしっ」
「まあまあ、松田君。たまにはいいじゃないか」
「なんだよヒロシまで…」
「あ、じゃあ新一と蘭も誘っちゃおっと」
「クソ…せっかくの休みがガキのお守りかよ」

落胆する松田さんを横目に「よかったじゃない。楽しんできなさいよ」と笑顔を向けてくれる志保さん。好き…!


・・・


「すみません松田刑事…私と新一まで…」
「あー気にすんな。こうなったら1人や2人増えても変わんねーから」
「ったくよー。どうせおめーがまた海行きてーとか騒いだんだろ」
「はぁ?違いますー少年探偵団ですー」
「どーだか」
「あ?」
「ちょっと2人ともっ…」
「お前が1番うるせえ」

そう言って運転しながらポカッと私の頭を叩いてくる隣の松田さんを睨みつける。

「だって新一が余計なこと言うから…!」
「小学生みてーなこと言ってんじゃねぇ」
「うー…」

見てろよお前ら…海着いたら私のセクシーボディで悩殺して飯たらふく奢らせたるからな…!

「松田さん!私んち寄って!この間蘭達と新しく買った可愛い水着持ってくから!」
「だからんなでけー声出さなくても聞こえてるっつーの…はいはい」

バックミラー越しに映る新一が「へぇ…蘭のやつ、新しい水着買ったのかあ」ってエロい顔してたのを私は見逃さなかった。松田さんにもそれくらい私の水着姿に興味持ってほしい…!



そんなこんなで海に到着。博士の車でやってきた少年探偵団とも合流して、各々準備をする。ああ…この太陽にガンガン照り付けられる感じ、波の音、潮の香り、にぎやかな声…最高。普段日常生活で暑いと汗かくから嫌だなって気持ちになるけど、海だとこの暑さにテンションあがっちゃうんだから不思議だ。でも今日は松田さんと一緒だからメイクがよれないように気を付けないと。

蘭はトイレで着替えて髪を結んでくるとのことなので、服の下に水着を着用済みの私と歩美ちゃんはシートを広げてその場で脱ぐことにした。

「お腹すいたねー。歩美ちゃん何食べたい?」
「歩美はねー、かき氷!」
「いいね!何味が好き?」
「いちご味!」
「わかるー、美味しいよねいちご味」

そんな他愛もない会話をしながら脱いでいると後ろから「おい、何か食いもん買いに行くぞ」と声がして「ん…?」とそのまま振り返る。

「「………っ!」」

んなっ…松田さんの、腹筋…!!!割れている…そして引き締まっている…!むりかっこいい死ぬと思うと同時に今までこのけしからん身体に抱かれてきた女がいるのかと思うと嫉妬で気が狂いそうになった。まあそんな邪念は一旦置いておくとして…その辺で適当に買った水着なのに松田さんが着るとこうもかっこよく見えるなんて…イケメン恐るべし。ああ…目のやり場に困る。

「あ〜!名前お姉さんと松田刑事、日焼け止め塗ってないでしょ〜?もうお顔が真っ赤になってるよぉ?歩美の貸してあげる〜!」

あ、歩美ちゃん…!君の純粋無垢な優しさはとっても嬉しいけど今はそのことに触れないで…!これは日焼けじゃなくて松田のナイスバディに赤面してるだけだから…!ああ…一緒にいたいけど少し離れたところからじっくり眺めていたい気もする…。ん…?松田さんも赤くなっているだと…?

チラリと松田さんのほうを見ると目が合い、動揺した私は咄嗟に「な、なに見てんのよ…えっち」とかどの口が言ってんだって自分で突っ込みたくなるような台詞を吐いてしまった。

「は、はあ?見てねーよデブ」
「デブ!?言ったなこの野郎ぉ…」

きぃっと睨みつけると「お、なんだ…やるか?」と悪戯っ子モードに突入した松田さんが私をひょいと抱きあげて波打ち際まで連行される。

「ぎゃー!!!ちょっとやめてやめて落としたらマジで殺すっ」
「そんな可愛くねぇこと言っていいのか?ん?」

弱いものいじめを楽しむ松田さんに怒りを覚えながらもぎゅううっと必死にしがみつき落としたら絶対道連れにしてやると心に誓う。

「意地悪!早く降ろしてよ!それに歩美ちゃん1人にしたら危ないから!」
「あー…そうだな。…おっと…!」
「きゃっ!」
「あ…」

海の中まで足をすすめていた松田さんは引き返して戻ろうとしたのだが、波に足を取られて私を落としやがった。完全に油断して力を緩めていた私だけが濡れる形となり殺意が湧いた瞬間である。

「ほんっとサイテー!!」
「手が滑っちまったんだよ」
「知るか!!」

プンスコしながら歩美ちゃんの元へ戻るも、歩美ちゃんはそんな私達を見て「ラブラブ〜」と手を叩いて楽しそうに笑っている。

「「どこが!?」」


・・・


再び合流するなり開口一番「おめーなんで1人だけ濡れてんだよ、気合い入りすぎだろ」と笑って地雷を踏む新一をギロリと睨んだ。

「まあ、ちょーっと事故っちまってな…」と新一に苦笑いをし、「名前ちゃん?ほら何食べたい?喉も渇いたよな?」とご機嫌を伺ってくる松田さんの横を未だプリプリしながら歩く。

ああ…私の計画がどんどん崩れていく。蘭やみんなと水着着てリア充写真撮ったり、松田さんとご飯シェアして食べたり、子供達と博士を砂に埋めて遊んだりしたかったのに…もう全然そんなテンションではなくなってしまった。

そんな私に珍しく気を遣っている松田さんの計らいで、テイクアウトしてシートの上で食べる予定が海の家でBBQをすることになった。もちろん松田のおごりだ。人数が多いため、博士と子供達は別の席で食べている。

「ほら、食え」

松田さんがお肉を焼いてくれて私のお皿に入れてくれる。普段ならこういうことしなさそうだけど、一応彼なりに反省しているのはなんとなく伝わる。

「…ありがと」

怒りで忘れていたがお腹が空いていたのでぱくりと口に運ぶと一気に幸せが広がっていった。

「美味いか?」
「美味い!!」

一瞬不貞腐れていたことを忘れてそう答え、我に返って「あ…」となると、松田さんは「はは、もっと食え」と笑ってお肉を取ってくれた。

「ほんと単純だよなー、ガキ」
「あんたのことは許してない!ジュースのおかわりとかき氷買ってこい推理オタク!」
「嫌なこった」
「蘭、こんなやつと別れてその辺にいるイケメンと付き合いなよ」
「あはは…」
「てめー、蘭に余計なこと言うんじゃねーよ!」
「てめーは私に余計なこと言いすぎなんだよ!」
「うるせえ!飯が不味くなんだろうが!」

新一にむかつきすぎて松田さんの前だというのについ口が悪くなってしまったことと松田さんに怒鳴られたことに反省しつつも怒りはおさまらずテーブルの下で新一の膝を思いっきり蹴る。

「痛ってえ…!お前いい加減にしろよ…表出ろ、ビーチバレーで決着つけてやる」
「望むところよ、負けたらかき氷全種類おごりなさいよ」
「自分で言って後悔すんなよ」

新一と火花を散らし席を立ち上がると松田さんが引きとめる。そしてなぜか私の頭をグーで殴ってきた。

「痛っ…!何すんのよ!」
「最後のはお前が悪いだろ…ったく、ちょっとこいつの頭冷やしてくるわ。そっちは頼んだぜ」
「あ、はい」

蘭に新一を任せると松田さんは私の手を引いて歩き出す。さっきは私がプリプリしていたのに今度は松田さんから説教されそうな勢いだ。

「お前ら、小学生よりガキだな」
「だって…」

ああ、もう今日を最初からやり直したい。せっかく松田さんと海に来れてるのに怒ってばっかりだし、こんなんじゃいい思い出なんて作れる気がしない。もう帰りたい…。

「んむっ」

しょんぼりして俯いていると急に松田さんに顔をむぎゅっと掴まれる。「もう、松田さんったら何するの!」なんて可愛らしいやりとりをするメンタルでもないのでブスにされたまま思いっきり睨むと松田さんは吹き出した。

「人の顔見て笑うな」
「いや…だってさすがにブスすぎてよ…ははっ」

こっちは1ミリも面白くないというのに松田さんは笑って「写真撮るからもっかい今のやって」とか言い出すもんだから後で海に沈めて天パ爆発させてやろうと密かに決意した。


「お、ここいいじゃん」
「ん?あ、確かにオシャレ」
「それもそうだけど…ほら、かき氷に凍った果肉入れてるらしいぜ」
「え、なにそれめっちゃ美味しそう…!」

またも食べ物に釣られ一瞬怒りを忘れる私。本当に頭が小学生レベルでつらい。

「どれにする?全部制覇するか?」
「全部制覇したいけど溶けちゃうから…とりあえずいちごにしよっかな。食べ終わったらパイナップルいくから予約で」
「なんだよ予約って。じゃあ俺がそれ頼むから少しやるよ」
「うん、足りなかったらおかわりする!」
「食い意地張りすぎだろ、デ…いや何でもねえ」
「今…またデブって言おうとした?」
「気のせいだろ、ほら並ぶぞ」

絶対言おうとしただろ今…!「せっかくかき氷で機嫌直ったのにまた地雷踏むとこだったわあぶねー」って顔に書いてますけど…!

まあせっかく立て直しつつあったところだし、松田の失言未遂には目を瞑ってかき氷制覇で手を打ってやるか…。

松田さんに買ってもらったかき氷を持ってテラス席に座る。新一への怒りとかき氷への興奮で忘れてたけど、今松田さんと2人っきりじゃん…!海デートっぽい…!

「どうした?早くしねーと溶けちまうぞ」
「松田さん、写真撮ろっ」
「あ?めんどくせー」
「いいじゃんなかなか海に来る機会なんてないんだし」
「ったく…ほら、早くしろ」
「やった…!いきまーす、はい…ちーず!」

スマホで撮った写真をすぐに確認して確実に保存されたかチェックする。はあぁ…松田さんと海をバックにオシャレな海の家でオシャレかき氷持って水着でツーショット撮れたぁあああ!!!!めっちゃ嬉しい…めっちゃかっこいい…もう今日の色々が全部吹き飛ぶくらい報われた…

「満足したか?」
「した!!」
「ふっ…そりゃあようござんしたねー」
「松田さんにも送るね」
「いらねー、いいから食えよ」
「えーなんでよー!」
「うるせぇ!食わねーなら俺が食っちまうからな」
「あーちょっとだめー!」

松田さんの意地悪が今は最高にキュンとする。自惚れでもいい、きっと今この瞬間だけはこの海でいちばんのバカップルだと思わせてくれ。

そんな自称痴話喧嘩を楽しんでいると、「陣平?」と松田さんを呼ぶ声がして、振り返ると超絶美人(しかもおっぱいでかい)が立っている。え、何者…!?!?

「千速…!?」

松田さんはお姉さんもとい千速さんとやらに気付くとそれまでかき氷の取り合いをしていた私の手をぱっと離し動揺している。あの佐藤刑事相手にも顔色ひとつ変えない松田さんがこんな風になるなんて…まさか元カノ?それとも現在進行形で実はいい感じの相手だったり…?気になる…気になりすぎる。

「何してんだよこんなところで」
「こんなところに来る理由なんて決まってるだろ、ここのかき氷を食べに来たんだ」
「はぁ…?」

千速さんは見かけによらず男勝りなサバサバとした話し方で思わずそのギャップに少し好感を持ってしまう。しかもなかなか食い意地が張ってそうなところにも親近感がわく。

「友達がトイレ行くって言うから先に来たんだが、席が空いてなくてな…少しここにいてもいいか?」
「俺はいいけど…いいか?」
「もちろん」

って嫌に決まってんだろ…!せっかくの松田さんとのいい雰囲気を…今日この瞬間に至るまでどんだけ苦労したと思っとんじゃ…!

「よかった…すまないな」

しかも当たり前のように松田さんの隣に座ってるし!松田さんの知り合いだから当たり前だけど、でも、でも…松田さん今絶対千速さんの胸とか太もも一瞬見たよね…!?なんかちょっと照れてるし。なにこの構図、もう泣きそう。

「彼女か?」

松田さんをにやりと見て腕をぐりぐりする千速さん。私と一緒のところを見ても何も感じてなさそうなところを見ると恋仲ではないのかな…そうであってくれと祈るばかりだけど。だってこんな素敵な人相手じゃ太刀打ちできないもん。

「あ…?別にそんなんじゃねーよ」

デ、デスヨネ。何も期待していないし事実そうなんだけれども実際目の前で言われると少し胸が痛む。

「なんだ、そうか。萩原千速だ、よろしくな」

そう言って笑顔で手を差し出してくれる千速さんは太陽の光もあってか本当に女神のように美しい。

「苗字名前です」

美人を前に突然のコミュ障を発揮しつつも千速さんと握手を交わしながら挨拶する。あれ、そういえば今萩原って…

「こいつ、萩の姉。まあ、だから幼馴染みみてーなもん」
「どうりで…!」
「はは、そんなに研二と似ているか?」
「いや、綺麗だなって…」
「嬉しいこと言ってくれるな、いい彼女じゃないか陣平」
「だから違うっての!」

それからなんだかんだ萩原さんの話や昔話を聞いているうちに千速さんのお友達が現れ、混んでいるのもあり2人は店を出て行った。

「千速さん、綺麗な人だね」
「性格は萩より男だけどな」
「松田さんのタイプだったりして…」
「は、はぁ?なんでそういう話になんだよ」
「だって私が知ってる松田さんの周りってそんな感じの人多いから」
「仕事柄必然的にそうなるだけだろ。ま、めんどくせーガキよりはマシか」
「………っ」

ははっといつものように揶揄って笑う松田さんの一言になんだか無性に腹が立ってテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。

「悪かったねガキで!そういう松田さんだって千速さんのおっぱい見て顔赤くしちゃって自分もガキじゃん!!!」
「ちょっ…!おいっ…!」

私の馬鹿でかい声に周りの人が「え、なに?けんか?」「おっぱい…?」とざわざわするなか松田さんを置いて走って店を飛び出した。

今頃きっとあんな混み合った店のなかで恥かかされて怒ってんだろうな松田さん…ざまーみろってんだ。…はぁ、何やってんだろう私。そりゃあこんなわけわからんことするガキより周りのしっかりした綺麗なお姉さん達がいいって思うに決まってる。

松田さん、ああは言ってるけど千速さんのこと女として見てた。きっと、本当にタイプなんだろうな…好きなんじゃないかな…って千速さんを見る目でなんとなくわかる。千速さんがもっと気取った嫌な女だったらこっちも負けず嫌い発揮できたかもしれないけど、私とは比べ物にならないほど素敵な人でただただ落ち込んでしまう。

走馬灯のように、蘭と園子と「松田さんをその水着で誘惑しちゃいなよ!」とかきゃっきゃしながら買い物したこととか志保さんに「諦めて同じ学生と健全な恋愛しなさい」と言われたことが浮かんで涙が出てくる。こんな陽気な人達で賑わってる場所で泣くとか最悪だ…と思い人気のないところを探していると、「オネーサン大丈夫?彼氏と喧嘩でもしちゃった?」「俺らが慰めてあげよっか?」とナンパされる。

最&悪なんだが…!!!

いらねーよ散れパリピ…と内心思いつつもびびって「目に砂入っただけなんで…」とか言ってみるも「やばいじゃーん」「俺、車に目薬あるよ?貸したげよっか?」となんだかんだ会話を続けてこようとしてくる男達に困惑する。

ここはもう、「お父さんと来てるんで!」とか言って博士を電話で召喚するしかあるまい…とスマホを取り出すも、博士がオヤジ狩りにあわないかそっちの心配もしてしまう。かと言って新一に頼るのも癪だし…そんなことを考えていると今度は「ライン交換しようよ〜」が始まる。こいつらなんで他のパリピ女じゃなくてよりによって私に話しかけるんだよ…泣いて弱ってるからって簡単にヤれるとでも思ってんの…?

「とりあえずどっか行こうよ」

そう言って強引に腕を掴まれ、大声を上げたいけど怖くて出せない…と目を瞑ると、

「あー…やっと見つけたわ。そいつ、俺のツレ」

と聞き馴染みのある声がして、顔を上げると汗だくになった松田さんが私を掴む男の手に自分のを重ねて「触んな」と睨みつけている。

そんな松田さんにびびった男達は「チッ、時間無駄にしたわ…」とかぶつくさ言ってまた海のほうへと戻っていった。

「大丈夫か」
「うん…ありがと」
「そうか、なら説教だな」
「え」
「テメェ、マジでいい加減にしろよ…!人に恥かかせて急にいなくなるわ心配させるわ…こんなクソ暑い中走らせやがって…」

走って探してくれたんだ…私のこと。彼女でも何でもないし、今日なんて特に不貞腐れたり迷惑ばっかかけてるのに。こんな優しい松田さんのこと、千速さん本当に何とも思ってなかったのかな…。私は、大好きだよ…。

「あっ…おい…っ」

ぎゅっと思わず松田さんに抱きついて松田さんの胸に顔を埋める。

「ごめんなさい…」

本当は言いたいこといっぱいある。千速さんに嫉妬してること、好きって気持ち、わがままでガキな私にも優しくしてくれてありがとうって気持ちとか、助けにきてくれて嬉しかったってこととか…でもなかなか素直になれなくて、今の私にはこれを絞り出すのが精一杯だった。

松田さんは私の頭をポン、と撫でると「…わかったから。ほら、あいつらんとこ戻るぞ」と手を引いて少し前を歩く。このもどかしい距離感が、吐き出せない好きって気持ちを大きくさせて苦しい。別にそれが嫌なんじゃなくて、ただ彼の近くにもっといたくなってしまう…それだけ。


・・・


翌日、松田と萩原行きつけの居酒屋

「はぁ…」
「陣平ちゃん!」
「うわっ!なんだよ萩、後ろからいきなり声掛けやがって…!」
「わりーわりー。名前ちゃんとの水着の写真見てえっちな妄想でもしてた?」
「ばっ、見てんじゃねーよ!!」
「姉ちゃんから聞いたぜ、海で陣平ちゃんが可愛い女の子連れてたって」
「そうかよ…」
「久しぶりに会ってどうだった?陣平ちゃん、昔姉ちゃんにゾッコンだったろ」
「うっせ…関係ねーだろ」
「冷てえなあ。姉ちゃんは身内だし、名前ちゃんは俺のお気に入りだから関係大アリなんですけど」
「やめとけあんなめんどくせーガキ。肝心なところで男心わかってねーし、急に怒ったり抱きついてきたり…萩の周りのがよっぽどいい女だぜ」
「抱きつかれた?水着姿の名前ちゃんに?なにそれ陣平ちゃんどういうこと?ずるすぎんだろ!!その辺詳しく!!」
「お前も大概めんどくせーな…」

…にしてもあいつ、せっかく人が休日に海連れてったのに探偵坊主とばっか喋るわせっかくかき氷食わせても怒ってどっか行くわ終いには案の定ナンパされてやがるし…かと思えば急に抱きついてきたりで意味わかんねぇ。付き合ってもねぇ男に水着姿で抱きつくとか危機感無さすぎんだろ、こっちの気も知らねぇで…。


知らず知らずのうちに振り回され、順調に名前のことが頭から離れなくなっている松田なのであった。