05.推しが学校にやってきた


ある日の警視庁捜査一課

「来週帝丹高校で避難訓練があり、今年もうちが担当することになった。佐藤くんと高木くんは先週杯戸高校のほうへ行ってもらったからそれ以外で経験のない者に頼みたいんだが…」
「はいはーい!目暮警部、それならこの萩原研二にお任せあれ!同期の松田も未経験なんで、是非2人で行かせてください!」
「なんだ、やけに張り切っておるな…。萩原くんと松田くんか。いいだろう、では細かいことは後ほど確認するとしよう」
「承知いたしましたー!」
「おい萩、何勝手に決めてんだよ。俺まで巻き込みやがって…」
「まぁまぁ。仕事と銘打って名前ちゃんの顔見れんだしいいだろ?ここはいっちょ、かっこいいとこ見せて惚れ直させちまえよ」
「は?俺は別に…。つーかむしろ恥ずいんだよ、普段喧嘩ばっかしてるやつの前でいきなり真面目なとこ見せるとか…揶揄ってくるあいつの顔想像しただけで腹立ってきた」
「またまた〜素直になれってお兄さんいつも教えてるでしょ〜?」
「いつからてめーが兄になったんだよ。女子高生見たいだけのスケベじじいが」
「あ、バレた?だって陣平ちゃん達見てたらなんか楽しそうで羨ましくなっちまってさぁ。かっこいいとこ見せたらJKにキャーキャーされっかな?」
「そんなに騒がれたきゃ零と一緒にバイトでもしてな」
「あー…それもアリだな」
「アリなのかよ」

・・・

避難訓練当日、帝丹高校

「新一、佐藤刑事について詳しく教えなさい」
「あ?なんだよ急に…」
「つべこべ言わずに!」
「んー…デキる女刑事って感じかなぁ。勘もいいし腕っ節強えーしその上優しくて人当たりいいもんだから子供からお年寄りまで人気があっておまけに美人で警視庁のマドンナ…」

おいおいおいおい、無限に褒め言葉出てくるやんけ。この間の初見で見たビジュアルだけでも大ダメージくらったってのに…これ以上聞きたくない!

「あー、あと松田さんの指導係もやってたらしいって…ははーん、なるほどそういうことか」
「なにそのキモい顔うざいからやめろ」
「そういうとこだよそういうとこ。佐藤刑事みたいな大人の女とお前みたいなガキの違い」
「……らーん!!!新一が佐藤刑事のことめっちゃタイプって言ってるー!!!付き合いたいってー!!!」
「はあ!?新一ー!!!!!」
「ちょっ…いや、違っ…!」
「問答無用!!!」
「ぎゃー!!!」

ふん、推理オタクめ。私の地雷を踏むと痛い目見るってこと覚えとけってんだ。

あーそんなんしてたら休み時間終わっちゃうじゃん。トイレ行っとこっと…。

ああ、それにしても佐藤刑事厄介…いくら彼氏持ちといえど松田さんみたいなイケメンと仕事してて何も思わないわけなくない?そして逆も然り…。佐藤刑事を松田さんの指導係に任命したやつ一生恨む。てかなんであんな美人が警官やってんのよ…もっとゴリラみたいな女とかガリ勉芋女とかと働いててほしかった。私が佐藤刑事に勝てる要素と言ったら若さ、現役JK……あと…あと他には……ない…若さしか武器がないとかつらすぎる…。なんならこの年の差、今はマイナス要素でもある。だって29歳と17歳って犯罪じゃん…破天荒そうな松田さんといえど刑事のはしくれ…それ以前にまず告られてもないのに何無駄な心配してんだって話だけど…。でもでも、この間「お前は俺だけ見てればいいんだ…」って…へへ…へへへ…。

「何してんだおめー…気持ちわる」
「新一…!え、何私のストーキング?トイレまで来るとか引くわ…悪いけどあんたはなし」
「は?俺だって大なしだわ。蘭の怒りがおさまるまで身潜めてたんだよ、誰かさんのせいでな」
「は?あんたがいけないんでしょうが」
「俺のせいにしてんじゃねー!」

トイレの前で新一と喧嘩していると突然非常ベルが鳴り、何も知らない私達は思わず顔を見合わせた。

「調理室から火災が発生しました。みなさんただちに駐車場へ避難してください」

え、今日避難訓練するとか言ってたっけ?抜き打ち?それともガチ?え、え、パニックパニック…!

「これって避難訓練かな?」
「さぁな。こっからじゃ避難場所まで遠いし、俺らも急ぐぞ」
「ちょっと待って…!」
「あ?」
「ガチで火事だったら燃えてほしくないものが教室にあるから、新一は先行ってて」
「バーロー!ガチだった時こそ命優先だろ!」
「だからあんたは先行っていいってば!」
「お前見殺しにしたら後味悪いだろーが!」

新一の見たことない剣幕に一瞬押されると手を掴まれ引っ張られる。こいつもやっぱ男なんだなと改めて思うほど、掴まれた手をぶんぶん振っても振り解けない。松田さんに買ってもらったちびかわぬいと松田さんとのやりとりが入ったスマホだけは何が何でも死守したいのにぃい…!

「もう!放してってば!」
「まだ言ってんのかおめーは…!」

抵抗しながらもなんだかんだ新一に連れられて避難場所にやってくるとすでに全校生徒が集まっている中騒がしい私達に視線が集中する。

「へぇ、やっぱあの2人仲良いんだなぁ。手なんか繋いじゃって」
「ガキかよ…まあガキか」
「陣平ちゃんジェラってたりして?」
「あ?誰があんなガキに…興味ねーよ」
「ふーん…じゃあ俺が狙っちゃおうかな。俺ライバルいるほうが燃えるタチだし」
「…好きにしろ」

そんな会話がされていることなどもちろん知るよしもない私達は未だ言い争いを続けていた。

「こら、工藤と苗字。遅れた上にベラベラ喋るんじゃない。警察の方が今災害時の注意を説明しているところだ、大人しく聞いていろ」
「「…はーい」」

先生にお叱りを受けながら警察の方とやらの方に目を向けるとそこには見慣れたイケメン2人組がいた。

「つーわけで、ああいう楽しくお喋りしてる危機感ねー奴らは逃げ遅れて死ぬ可能性が高いから真似しないように」

ま、松田さん…!なんで!?来るなら来るって前もって教えてよ…!私今メイクとか髪大丈夫かな…

「おめーの大好きな松田刑事がこっち見てんぞ。よかったな」

隣でにやりとしながら小突いてくる新一に「うっさい!」と返すも、「つーか危機感ねーのはこいつだけなんだけど…」と未だにひとりでぶつくさほざいている。雑音うるさい、イケメン刑事2人の有難いお話が聞こえないじゃないの。

アイドルのコンサートばりにこっちにファンサをもらえるよう推しをガン見する。今日来るってわかってたら家のどこかに埋もれている3秒見つめてうちわ持ってきたのに…!

そんな中「それでは、今から消化器の使い方を実践しながら学んでもらいまーす。やりたい人ー?」とJKを前に随分楽しそうな萩原さんが接触イベを提案してくる。これは…負けられない戦い…!松田さんとやる人と萩原さんとやる人の計2名のみが選ばれるという高倍率…しかも私遅れてきちゃったもんだから後方にいるし不利…普段はこういうイベントに乗り気じゃない思春期高校生達もイケメン刑事を前にまあ手を挙げる手を挙げる…仮に松田さんが私を選ばなかったとしてもせめて男子生徒を選んでくれ…って案の定女しか挙げてない!!!

「新一、あんたも手挙げなさいよ」
「は?なんで俺が…嫌だっつの」
「いいから挙げろ!ほら!」

片手はずっと手を高く挙げつつもう片方の手で新一の手を無理矢理挙げる。新一って事件に巻き込まれがちだからこの辺の警察関係の人と仲良いしワンチャンイケるかも…!

「じゃあ、お前」

…そんな頑張りも虚しく松田さんは目の前にいる女子生徒を選ぶ。松田ああああ…!憎い…あの選ばれて浮かれてる女も推しも憎い…

「陣平ちゃーん…生徒さんに向かってお前呼びはだーめだって」
「うるせー。いいからてめーもさっさと選んじまえよ」
「えー、みんな可愛いから迷っちゃうなー」

そんな萩原さんに女子達はキャーキャーしている。萩原さん…私を選んで選んで選んで選んで…

「じゃあ、さっきから俺に熱〜い視線を送ってくれてる遅れてきた君」

は、萩原しゃん…!ちょろい私は危うくまた推し変しそうになったよ。ありがとう…ありがとう…

「萩…余計なことしてんじゃねぇ」
「え〜?なんのこと〜?」

るんるんで萩原さんの隣に並ぶとキッと一瞬松田さんを睨む。裏切り者め…。

「…ありがと、萩原さん」
「どういたしまして」

やっぱ萩原さんもイケメンだなぁ、近くで見るとよりその顔面偏差値というかモテ男オーラというかに圧倒される。おまけにスーパー優しい。ここが松田さんとは違うところだ。まあ、誰にでも優しいわけじゃないところも私が松田さんを好きな理由のひとつだから複雑なところではあるんだけれども。

「あの、これどうやったらいいかわかんないんで教えてもらえますか?」
「さっき説明しただろ。何がわかんねーの?」

チッ、いちばん前にいたくせに話聞いてないのかよ。やる気ないくせに立候補すんなっての。

「じゃ、俺らもやろっか」
「は、は〜い」

せっかく萩原さんと共同作業できるんだしあっちの奴らのことは気にしないでおこう。松田さんと他の女子が話してるのは嫌だけど今だけのことだし、私は連絡先も知ってる上にデートもしてるもんねー。ふーんだ。

「えっと…どうやるんだっけ。この黄色いの抜くんだよね…?」
「そうそう、大正解。遅れてきたのにちゃんと話聞いててえらいね」
「あ、やっぱり遅れてきたのバレてた…?」
「目立つからね、かわいいし」
「………!」

萩原さんにかわいいって言われた…!他の生徒達とは距離をとって体験しているためこの会話は聞こえていないだろうけど、全生徒に自慢したい…!そして今の私の顔は消化器で鎮火してほしいほどきっと真っ赤になっていることだろう。萩原さんの「かわいい」なんて私達の「おはよう」みたいなもんなのに…いちいち間に受けてどうする。それでもかっこいい人から言われるかわいい発言はやっぱり嬉しいんだけれども。

「おい、手止まってんぞ。ぼさっとしてねーでさっさとやれ」

完全に乙女と化して人のこと言えないほど浮かれていた私を現実に引き戻す松田さん。一応学校から頼まれて仕事できているというのにいつもと変わらない態度なのはいかがなものか。というかそっちも終わってないんだからこっちに文句言ってないで自分らの方やればいいじゃん。

「…はいはい」
「こら、なんだ苗字その態度は!しっかりやりなさい!」

なんで私ばっかり先生にまで怒られなきゃいけないんだ…。

「すみませーん、これ固くてなかなか握れないんですけどぉ」
「んなこと言ってたらお前も即焼死体になっちまうぞ。こうやるんだよ」
「あ、ありがとうございます…!」

ちょ…!今あの子の手の上から握ったよね!?セクハラだよね!?当の女の子は喜んでるから訴えられたりはしないだろうけど、そういう問題じゃないよね!?先生、こういうとこちゃんと見て注意してよ!!

「萩原さん、貸して!」
「え、あ、大丈夫…?」
「大丈夫!余裕!」
「ちょ…うおっ…!」

嫉妬という名の炎をメラメラ燃やし勢いのままレバーを思いっきり握ると火元に向けるのを忘れていたノズルがブシャーッ!っと勢いよく暴れ消化剤が四方八方に飛び散った。

咄嗟に女子生徒を庇った松田さんと私と萩原さんは当然のごとく真っ白になるはめに。恐る恐る松田さんの顔を見ると血管がブチ切れそうになっていて、ひいいっ!と萩原さんの後ろに隠れた。 案の定、訓練が終わった後先生にも怒られ散々な日となってしまった。



「萩原さんごめんなさい…」
「おい、俺は」
「はは、俺は楽しかったからいいよ。名前ちゃんの貴重なジャージ姿も拝めたし」
「こんなんでよければいつでも拝ませますよ…」

どこまで優しいんだ萩原さん。避難訓練の後、私はジャージに着替え2人は先生からタオルを受け取り水道で髪を洗った。水も滴るいい男…と内心ドキドキしていることは口が裂けても言えない。

「ふん、真に受けてんじゃねーよ。萩は女に困ってねーんだから、社交辞令ってやつだ。ガキにはわかんねーか」
「セクハラじじいに言われたくない。どさくさに紛れてJKの手握ってた。職権乱用じゃん引く」
「はぁ?あれはそんなんじゃねーよ。あのガキが出来ねー出来ねーってうるせーから…」
「言い訳は男らしくねーぜ?陣平ちゃん」
「だよねー」
「ねー」
「お前らなぁ…!」

松田のセクハラの件はともかく、萩原さんと楽しく過ごせたから良しとしよう。「名前ちゃんばいばーい!また会おうねー!」と無邪気に手を振ってくれる萩原さんの笑顔を見ていたらなんだかそんな気持ちになった。消化器と同じくらい、一家に一台萩原研二は必要だと思う。