番外編:元カノは小悪魔(三井寿)

三井side

バスケ部に戻ってすぐに可愛い彼女ができた。宮城と同じクラスらしく彩子とも仲の良い彼女は以前から度々バスケ部に来ていたらしい。彼女の可愛さや放つオーラは群を抜いていて、俺の目にもすぐにとまった。

「あ、三井せんぱーい!」
「なんだ、また見学に来たのか?」
「はい、来ちゃいました」

彩子の友達とあって、ただの見学ではなくマネージャー業務も手伝う彼女と仲良くなるのに時間はかからなかった。学校でも特に問題児とされる俺に臆することなく接してくる後輩は新鮮で可愛く思えたし、むしろこんな可愛い子に懐かれて嫌な気持ちになるはずがなかった。

ある日の部活帰り、桜木、宮城、彩子、赤木の妹、俺らで飯を食いに行ってそれぞれが女子を送って帰ることになった。正直その時にはもう名前を好きだと自覚していて、どのタイミングで告ろうかと常に考えていたもんだから突然巡ってきたチャンスに柄にもなく緊張した。

「あそこのお店美味しかったですね。また行きましょう」
「……ん?ああ、そうだな」
「先輩、どうかしました?ぼーっとしちゃって」

告白するタイミングばかり気にして彼女の話に集中していなかった俺を彼女が下から覗き込んでくる。

うっ…やべえかわいい…

「いや、別に…」

ただでさえ可愛い彼女の上目遣いに一気に熱くなる顔を手で覆いごまかす。

「そうですか?ならいいんですけど…私、今度は先輩と2人でどっか行きたいなぁ」
「えっ…」
「えへへ、なーんちゃって」

なんだよそれ…本気なのか冗談なのか、彼女は楽しそうに笑っている。こっちの気も知らねえで簡単にその気にさせるようなこと言ってきやがって…。

「ったく、先輩を揶揄ってんじゃねえ。つーか…そういう思わせぶりなことあんま言わねえほうがいいぞ」
「え〜?でも私、そう思われてもいいって人にしか言ってないもん」
「だからっ…!好きな女にそうやって嬉しいこと言われると俺みてえな馬鹿はすぐ勘違いすんだよ!いつか危ない目に遭ったって文句は…」
「三井先輩、嬉しいって思ってくれたんですか?」
「え、あっ…いや…」
「ふふ、照れてる」
「あー…クソッ…」

惚れた弱みとはいえ年下の名前にすっかり翻弄されちまってかっこ悪りぃ…やっぱ日を改めてちゃんと告白するか…勢い余って好きな女とか言っちまったけど…。

「三井先輩」
「あ?なんだよ…」
「さっきの好きな女って、私のことですか?」
「………!」

やっぱばっちり聞こえてたよなー…!もうほぼ好きバレしてるし今告白するしかねぇか?でもこんなダセェ告白で上手くいく気がしねぇ…!どうする…どうする…

「へへ…ちょっと調子に乗りすぎました。先輩は私のこと心配して言ってくれただけですよね」

そう言って少し寂しそうに笑いまた歩き出す彼女の手を俺は咄嗟に掴んでいた。

「好きだ…」
「え…?」
「オレと付き合わねぇか」

頭のなかで想像していたのはもっとかっこいい告白だった。場所とかタイミングちゃんと考えて自分のタイミングで…。けど、俺が名前のことを何とも思ってないって思われるのがなんか嫌で、上手くいかなかったとしても好きだって気持ちを知っていてほしかった。

心臓がバクバク鳴って、全中の試合でさえ経験したことのない緊張に襲われながらも真っ直ぐ目の前の彼女を見つめて答えを待つ。

「私も…三井先輩が好きです」

彼女からのイエスの答えに一瞬これは本当に現実なのか、聞き間違いじゃないかと固まってしまう。でも…目の前には夕日に照らされながら俺を笑顔で見つめる世界一可愛い彼女が立っている。

「…え、俺のこと好きって…マジ?」
「ふふ、マジです」
「やべえ…なんか嬉しすぎて実感わかねぇわ」
「え〜?じゃあ…」
「おっ…と」

いきなりぎゅっと俺に抱きついてきた彼女を反射的に受け止めると、「実感、わきました…?」とスーパー可愛い顔で見上げてくる。ああ、大事にしてやりてぇけど理性を保てる気がしねえ…!

「んー…まだわかねぇな」
「え〜…じゃあ〜…んっ!」

俺に抱きついたまま目を閉じてキスを催促する名前。可愛い…可愛すぎんだろ…!!

キス待ちしてる顔もめちゃくちゃ綺麗で可愛くて一生見てられるなって思ったけど、それ以上に彼女が好きだという気持ちが圧倒的に大きくて素直に唇を重ねた。

「実感、わいた…?」
「ああ、やっとわいた」

笑顔で見つめ合ってそのまま腕の力を強めてぎゅうっと抱きしめた。あー、やばいな。俺こいつのことめちゃくちゃ好きだ…。


・・・


「先輩、私バイトしようかなって思ってるんですけど…」
「バイト?」

付き合い始めて毎日が幸せで、少し前うちに泊まりに来た時遂に念願の初えっちもして、それから週末は泊まりにくるのが当たり前になっていた。今日もえっちをした後ベッドで横になっていると、彼女が突然そんなことを言い出した。

「金に困ってんのか」
「そういうわけでもないんだけど…」
「じゃあなんで…」

正直、学年も違うし会えるのが放課後と週末だけで俺としては足りないくらいなのにバイトなんか…ってのが最初に思った気持ちだった。むしろ俺はマネージャーになってほしいくらいなんだけど。

裸のままオレの腕に頭を預けている名前は、少し照れくさそうに一度俯いた後俺を見つめてくる。

「先輩とデートする時もっとオシャレしたいし、飲食店で働いて先輩にもっと美味しい料理作りたいなって…だめ?」

え…俺の為に…?何だよそれすげえ可愛いじゃねーか…!めちゃくちゃ嬉しい、嬉しいけど…でも俺としては今のままで十分可愛いし一緒にいてくれたほうが嬉しいんだけどな。

そんな葛藤をする俺に名前はベッドの中で脚を絡めてきて「先輩…お願い」と甘え出す。だあーっ…クソッ…

「…働きたい店とかもう決めてんの?」
「うん」
「そっか…まあ、お前がやりたいならいいんじゃねーか」
「本当!?」
「ああ…でも、浮気禁止な?」
「もう、するわけないでしょ?それに同年代の従業員もいなさそうだし、客層もサラリーマンとかが多めだから安心して」
「へぇ…」
「安心した?」
「まあ…。じゃあ、これからは会える時間もっと大事にしねぇとな」
「うん…先輩、大好き」
「俺も…」
「あっ…先輩…」
「もっかいシよ…」
「ん…」




しかし、その後俺はこの日の決断を激しく後悔することになる。


・・・


ある日の部活終わり、桜木宮城と名前のバイトの話になってノリでそのまま寄ることにした。

「いらっしゃいま…え、みんなどうしたの!?」
「ちょっとびっくりさせてやろうと思ってな」
「本当にびっくりしたぁ〜!」
「はっはっは!この天才もいますよ名前さん!」
「嫌でも目につくだろテメェはよ」
「むっ…確かにりょーちんよりは目につきやすいだろうなーガッハッハ!」
「おい誰がチビだコラ」
「ふふ、あっちのテーブル席にご案内しますね〜」

早くもすっかり慣れた様子の名前は俺達を空いている席に通す。確かに若者が集まるっていうよりわりと落ち着いた雰囲気の喫茶店だな。なんか店のエプロンしてるだけなのに新鮮だし…やっぱ俺の彼女カワイイ。

「頼みたいもの決まったら呼んでね」

水とメニューを置いてカウンターの中へ戻る名前を3人で見送る。

「いやー…俺未だに納得いかないんすけど。なんで三井サン名前ちゃんと付き合えたんすか」
「あ?なんだその言い方」
「いいぞりょーちん!よく言った!」
「少なくともテメェらよりかっこいいからだろーな!」
「なんだとミッチー!調子に乗るな!グレてたくせに!」
「調子に乗ってんのはテメェだろ!一年のくせに!」

注文もせずにしばらくあーだこーだといつものくだらない言い合いをしているとカランカラン…と入り口が開き見覚えのある顔が入ってくる。

「いらっしゃい」
「よ、名前ちゃん。俺いつものね」

あれは…陵南の仙道…!しかも「いつもの」だと…?そんなに頻繁に来てんのか…?

「はーい。仙道くんほんと飽きないね」
「最初は名前ちゃんに俺のこと覚えてもらうためだったんだけど、気付いたら好きになってた」
「ふふ、だとしたら作戦成功ね。もうすっかり覚えちゃったし」
「じゃあ、次はどうしたらデートしてくれるか考えなきゃな」
「もう…彼氏いるって言ったでしょ」
「俺はそれでも構わないけど?」

おいおいおい…しかもフツーに口説かれてんじゃねぇか。彼氏いるっつってんのに構わないってなんだよ。さすがスーパースター仙道様はちげえなぁおい。つーかなんでよりによって仙道なんだよ…魚住とか福田ならまだよかったのに…まああいつら1人でサテンなんか来ねぇか。

んなことはどうでもいいとして、とにかく今は…

「「「センドー…!!!」」」
「うわっ…!桜木来てたのか…宮城さんと三井さんも」
「テメェなにどさくさに紛れて名前さんのこと口説いてんだ!」
「いやぁ…まさか知り合いに聞かれてたとは…困ったな」
「仙道、お前殺されんぞ…」
「え…?」
「おい…テメェ次こいつに言い寄ったらタダじゃ済まねぇぞ」
「もしかして、名前ちゃんの彼氏って…三井さん?」
「あはは…」
「テメェこっちで俺らと座れ!油断も隙もねえ!」
「参ったな…」

小さな店のテーブル席に身長180超えが3人も座り、なんだか異様な光景になっている。つーか案の定ナンパされてるし、それを知らなかったのが情けねぇ…!あいつもあいつで満更でもなさそうに仲良く喋ってたし… 他にも仙道みてえな輩がいるんじゃねーだろうな…?



気にし出したから余計に耳に入るのか、それ以降名前のバイト先での評判がどんどん広まっていき、学校でも「今日ポアロ行ったら苗字さんいるかなぁ」なんて野郎共が話している場に居合わせることが増えた。

シメるか…と睨む俺の殺気に気付いたそいつの連れが「おいバカ!後ろに三井さんいるって!殺されるぞ…!」とか言ってそそくさと逃げていく。喧嘩する度胸もねえのに人の女にデレてんじゃねーよ。あー、むしゃくしゃする…。


嫉妬でイラついてるなんて女々しい話を誰かにできるはずもなく、しだいに俺はその怒りを名前本人にぶつけるようになっていった。


「なあ、バイトいつまで続けんの?」
「ん〜…特に決めてないけど」
「バイトなんか辞めてマネージャーやれよ。彩子も大変そうだし、試合も近いし」
「ポアロのほうも人手が足りてないからすぐには辞められないの」
「お前が辞めたところでまた募集出すだけだろ」
「そうかもしれないけど…結構楽しいし」
「…モテモテだもんな、そりゃあ楽しいわ」
「なにその言い方…嫌な感じ。先輩、最近怒ってばっかりだね」
「誰のせいだよ」
「え、私のせい?浮気してるわけでもないのに…もういい、帰る」
「おい、まだ話終わってねぇだろ!」
「痛っ…」
「あっ…悪い…」
「今の先輩…嫌い…っ」
「おい…っ」

引き止めようと腕を掴んだ手につい力が入っていたことに気付き我に帰る。せっかく一緒にいられる貴重な時間だってのにまた同じことで喧嘩してしまった。嫌い、か…。年上なのにこんな余裕ねえ奴とかそりゃ嫌いにもなるよな。頭ではわかってんのにあいつの男関係となるとついカッとなっちまう。どうすりゃいいんだ…。


・・・


数日後、少し頭の冷えた俺は名前に「言い過ぎた…悪い」と謝り仲直りした。あいつも「嫌いとか言ってごめんね」と謝ってくれて、素直になった俺らは互いに求め合ってまた仲の良い恋人の時間を過ごしていた。

が、それも長くは続かなかった。

「あ、先輩!」

部活の後、名前の店に寄るとこの間はいなかった金髪の超絶イケメンが名前と色違いのエプロンをして一緒に働いていた。

「安室さん」名前がバイト先の話をする時に一番よく出てくる名前だ。29歳とだけ聞いて勝手にアラサーか…なら安心だな。とか思って眼中になかったのにすげえイケメンじゃねーか…!俺より大人で料理も仕事もできておまけに面倒見もいいとか…ちょっとやべえかもしれねぇ…

「名前」
「ん?」
「今日送ってくわ、一緒に帰ろうぜ」
「ほんと?嬉しい!」

安室さんとやらにわざと聞こえるようにそう約束して軽く牽制した。そこまではまだよかったが、ポアロの外から2人が楽しそうに仕事する姿を見て不安になった俺は帰り道でまた同じ過ちを繰り返してしまう。

「あの安室って人、彼女いんの?」
「いないって言ってたよ。どうして?」
「いや、イケメンだしいそうだなと思ってよ」
「ほんと意外だよね、あんなに完璧なのに…理想が高いのかな?」
「お前のこと狙ってたりして」
「あはは、ないない。だって私高校生だよ?」
「好きだったらそんなの関係者ねぇだろ…高校なんてあっという間に卒業するんだし」
「もう…またそういうこと言う。私が好きなのは先輩だって…わかってるでしょ?」

彼女の誰にでも優しいところや愛嬌があるところも好きで惚れたのに、それが今では不安要素になるなんてな。

「どうだろうな、たまにわかんなくなるわ」
「なんで信じてくれないの…?」
「お前が誰にでも気持たすような態度取るからだろ」
「取ってないもん」
「チヤホヤされて浮かれてんだろうが」
「浮かれてないし、ちゃんと彼氏いるって言ってるから…!」
「…そんなの、いつ気が変わって乗り替えたくなるかわかんねーだろ」
「それはお互い様でしょ?先輩だって人気あるし…」
「俺は他の女とあんな風に絡んでねーよ」
「そんなに嫌ならバイト応援するフリなんかしなきゃよかったじゃん!」
「まさか俺の知らないところで他の野郎とイチャつかれてると思わなかったからな!」
「本当に、何もないのに…」

やべぇ…泣かせちまった。泣きてぇのはこっちだよ…と思い未だ苛立ちがおさまらないものの、こいつが泣いてんの見るとすげー胸が痛む。今すぐ謝って抱きしめてぇけど、俺にもプライドってもんがあるし…

結局繋いだ手は離れ、無言のまま家まで送って別れた。

好きって、幸せなだけじゃなくてこんなに苦しくなるもんなんだな。こんな風になるなら、付き合う前のほうが気楽で楽しかったかもしれねぇ…。


・・・


「名前ちゃん今日もバイトっすか?」
「あ?なんでだよ」
「うわ機嫌悪っ…!だって最近全然バスケ部来ないじゃないっすか」
「同じクラスなんだからテメェで聞けよ」
「もしかして喧嘩中とか…?」
「うるせぇ…」
「大事にしないと、すぐ誰かに取られちゃいますよ」
「一丁前な口は彩子と付き合えてから言いやがれ」
「なっ…!そういうとこっすよほんと!」
「うっせ」

宮城の野郎…言われなくてもわかってるっつんだよ。理屈じゃどうにもなんねーことだってあんだろ…。

練習が終わりスマホを見るも名前からの連絡はない。こんなに話さねえの、初めてかもな。

家に帰ってみたものの、頭の中は名前のことでいっぱいだった。

そろそろバイトが終わる時間か…。

会ったところで気まずいし特に話すことなんてねーけど、それでもただ会いてぇ…。いつまでもこのままじゃ良くねえし…

そう思った俺は名前に電話をかけた。

「……はい」
「あ…俺だけど」
「うん」
「バイト終わった?」
「うん」
「会って話してぇんだけど…今からそっち行ってもいいか」
「今から?んー……いいよ。わかった」
「んじゃバイクで向かうわ」
「うん、気を付けてきてね」
「ああ、着いたら連絡する」

あー…電話するだけなのにすげえ緊張した。未だに心臓バクバクいってるし…こんなんで大丈夫か俺…。




ポアロに着き名前に連絡すると、奥から名前が出てくるのが見えた。が、安室も一緒に出てきたのを見て思わずまたイラッとしてしまう。2人で何やってたんだよ…。いや、変に詮索するのはやめよう。いい加減あいつを信じてやらねぇと。

「お疲れ」
「うん、先輩も練習お疲れ様」
「………」
「ん……」

店から1人で出てきた名前に声をかけると、少し気まずそうにしながらも笑顔を見せて労ってくれる姿にどうしようもない気持ちが溢れて、仲直りもまだだというのに思わずキスをした。

「この間、泣かせちまってごめん」
「ううん、私も感情的になっちゃったし…」
「はぁ…すげー会いたかった…」
「ん、私も…」

別に謝ろうとか何も考えてなかったけど、彼女の顔を見た瞬間好きな気持ちが溢れてきて気付けば素直になれていた。抱きしめると安心して、言うつもりもなかったことまで口からこぼれ出た。

もう一度キスをして、名前にメットを渡し後ろに乗せるとバイクを走らせた。向かう先は、名前の家ではなく俺の家。会えなかった分の隙間を埋めたくて夢中で抱いた…ー


そのまま一緒に寝ているとスマホの音がして目が覚めた。隣の名前は可愛い寝顔で眠っていて、起こさないようにスマホを見るもどうやら俺のではないらしい。何となく気になって、何度か葛藤した末に名前のスマホに手を伸ばした。

「安室透…」

あいつか。イラッとして着信を切るとその後ラインのメッセージが届き通知欄に表示される。

『心配なので家に着いたら連絡ください』

彼氏と会うのに心配も何もねえだろ…いい人ぶりやがって。名前のやつ、もしかしてあいつに俺とのこと話したのか…?相談に乗ってる間に好きになるとか聞いたことあるし、やっぱり何かあるんじゃ…。

信じると決めたはずなのに、一度見てしまうと安心したいが故に何もないという証拠が欲しくてラインのトーク履歴を見たくなる。でも、開くと既読ついちまうし…安室以外の男のなら見てもバレないんじゃ…?いやいや、やっぱ人のスマホ勝手に見るのは良くねぇよな…。そう思い直し元あった場所に戻そうとすると、いつのまに起きていたのか名前と目が合った。

「………!」
「何してるの?」
「え…あー…いや…お前のスマホが鳴ってたから…起こすと悪いと思って…」
「…やっぱり、私のこと信じられない?」

あー…やばい。せっかく仲直りしたのにまた険悪な雰囲気だ…。

「悪い…つい気になって…」
「……もう、疲れちゃった」
「え…」
「別れよう」

俺の顔を見て一言そう言うと名前は床に散らばった下着や服を着て帰る支度をする。

いや…確かに今のは俺が悪かったと思うけどそんな簡単に別れられるもんなのか?名前にとって俺はその程度の存在だったってことかよ…?

「おい…ちょっと待てって。一方的に決めんなよ」
「気持ちが冷めた私と付き合っても虚しいだけでしょ」
「冷めたって…本当にそう思ってんのか」
「…うん」

名前が俺に冷めた…。今まで喧嘩してもなんだかんだ俺を笑顔で受け入れてくれていた名前のこんな顔もハッキリと口にした冷たい言葉も初めてで言葉に詰まる。

俺は別れたくねぇ…

「そうかよ…。つーか、やっぱ安室に乗り替える気なんだろ。俺のせいみたいにして結局…っ」

ただ好きだから別れたくないと伝えればいいものを、引き止めたいあまりつい皮肉めいたガキっぽいことを言ってしまいバシンッと頬に平手打ちをされた。

「痛って…お前なあ…!」

叩かれたことにイラッとしてキレそうになるも、大粒の涙を流して俺を睨む名前にハッとした。

「最低…もう…顔も見たくない」

別れを告げられた時点で相当なダメージ食らったってのに、ビンタされるわ最低とか顔も見たくねえとか言われるわ…今はどうやっても引き止めることはできないと悟った俺はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


・・・


あれから数日経ち、周りも俺達が別れたことを噂しだしていた。

「三井さん、名前ちゃんと別れたってマジっすか?」

こいつは…デリカシーってもんがねえのか。もうちょっとオブラートに包んだ言い方とかそっとしておくとかあんだろ色々…!ただでさえ認めたくねえのに噂まで広まって嫌気がさしてるっつーのによ…

「誰から聞いた」
「ふつーに名前ちゃんから聞きましたけど」
「………」

振った側とはいえあいつこれっぽっちも未練とかねーのかよ…!

「あーあ、これで名前ちゃん余計バスケ部来なくなっちゃうじゃないっすか。早く引退してくださいよ」
「テメェ…また病院送りにすんぞ」
「安西先生に今度こそ見限られても知らないっすよ」
「ぐっ…ほんといちいちむかつくな」

宮城とそんなやりとりをしていると体育館の扉が開き、彩子と名前が現れる。

「名前さん…!」

瞬時に駆け寄る桜木に呆れつつも久しぶりに見る彼女に色んな意味で心臓がバクバクした。てっきりもうしばらく見ることもねえと思ってたのに…気まずい…けどちょっと嬉しい…。

「どうしたの名前ちゃん、今日バイト休み?」

桜木に続くように俺を放って2人の元へ走っていった宮城がそう聞いている…のをシュート練してるフリして聞き耳を立てる。

「うん。帰ろうと思ったんだけど彩子に捕まっちゃって」
「ナイスアヤちゃん…!」
「いいじゃない。ほら、みんな喜んでるし」
「アヤコさん!そろそろこの天才桜木、基礎は卒業してスラムダンクの練習を…!」
「ダメに決まってんでしょ。名前が来たからって見栄を張るな」
「ぐぬぬ…」
「あはは…あ、黒子くんだ!黒子くーん」
「アンタ…あんな純粋無垢な子にまで手を出そうってんじゃないでしょうね」
「もう、人聞き悪いなぁ。可愛いから構いたくなるだけだもん…あ、手振り返してくれた!」
「んなっ…!あんなおチビくんのどこがいいんですか名前さん!同じ初心者でもダンクのできる俺のほうが…!」
「あら、あの子シュートは確かにからっきしだけどパスは上手いわよ。安西先生も試合の切り札としていいタイミングで出したいって言ってたし」
「オヤジの野郎…!贔屓しやがって!」
「贔屓じゃなくて実力」
「あ、流川くんお疲れ様」
「うす」
「ルカワテメェ…!」

……なんだよ随分楽しそうじゃねえか。面白くねぇ。

「三井さん…!」
「あ?」
「あ、えっと…シュート練俺も一緒にやっていいっすか」

虹村か。俺に憧れてるとかでよく話しかけてくる後輩。いい奴だし宮城と違って可愛いけど…俺の見立てじゃこいつも名前に気がありそうなんだよな。

「別にいいけど、あいつらんとこ行かなくていいのか。仲良いだろ」
「あー…まあ、俺は同じクラスだし教室いる時とか話してるんで。今は三井さんとのバスケのが大事っす」

おい聞いたか宮城桜木…虹村の爪の垢でも煎じて飲めやクソ野郎共。俺は次期キャプテンに宮城ではなくこいつを推す、絶対に。



練習が終わり部室に入ると先に着替え終わった桜木と宮城が何やらソワソワしている。

「久しぶりに名前さんが来たことだし、アヤコさんに飯行けるか聞いてみろよりょーちん」
「は?なんで俺が…そういうのは後輩のお前が聞いてこいよ」
「ははーん…さては断られるのが怖いんだな…?」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すわ」
「あ、ミッチーも行くだろ?じゃあここは最年長に…」
「バッ…カお前…!」
「ん?」
「…三井さんと名前ちゃん別れたの知らねーのかよ…!」
「な、なに!?いつのまに…!だから名前さんルカワなんかと昼飯を…それならこの天才を誘ってくれればいいのに…」

流川と昼飯、だと…!?は…?いつのまにそうなってんだよ。安室のことばかりに気を取られていてそこは盲点だった…確かに流川はイケメンだし人気だが女に興味なさそうなのに…マジかよ…!つーかあいつ切り替え早すぎねーか…!?

「おい…その話詳しく聞かせろよ」
「げ…言わんこっちゃない。花道!テメェ余計なこと言いやがって!」
「叩くことねーだろりょーちん!恨むならオレじゃなくてルカワのやつを…!」
「宮城、お前も知ってたのかよ。あいつと流川のこと」
「や…だって言ったらこうなるじゃないっすか!花道…逃げるぞ!」
「あ、おいこら…!」

逃げたって明日また会うっつーのに…バカかあいつら。まあ、バカか。……はぁ〜…マジか…じゃあ今日もずっと流川の応援してたってことかよ。ほんのちょっとだけ期待してた俺が誰よりもバカじゃねーか…。どうりで1回も目が合わねえはずだ。

そうだよな…最悪の別れ方だったし。勢いもあっただろうけど、前から俺に愛想尽かしてたんだろうなきっと。俺にとってはかけがえのない女でも、あいつにとっては俺の代わりなんていくらでもいるんだろうし…

「あっ…」
「ん?うわっ…!」

病みモードに突入しているといつのまにか俺1人になっていた部室に名前が現れて思わず声が出た。

「ご、ごめん…!もうみんな帰ったかと思って掃除にきたんだけど…また後にするね!」
「名前…!」

そう言って逃げるように背を向ける名前の腕を咄嗟に掴んだ。そういや前もこんなことあったな…。あの時も、今逃したらもうチャンスはねえって本能的に思ったんだっけ。

「なに…?」
「あー…いや…流川と付き合ってんのか?」

何言ってんだ俺は…これじゃ未練あんのがバレバレじゃねーか…!

「えっ…?あー…ううん、付き合ってないよ」
「そうか…なんか噂になってたからよ」
「どっちにしろ、もう別れたんだから先輩には関係ないでしょ」

うっ…改めて言われるとすげえ傷付く。まあ…名前の言う通りでしかねえんだけど。でも、別に流川ともまだ付き合ってはねぇのか…。

「そうかもしんねぇけど…俺はまだお前のこと好きだから」

俺の言葉に一瞬目が合うも、名前は視線をそらして俯いた。

「そんなこと言われても…困る…」
「もしまだ誰とも付き合ってねぇなら、俺とのことももう一回考えてほしい。この間は…本当に悪かった」
「先輩…」

ん…?もしかしてまだチャンスはゼロじゃねぇのか…?名前の中にも俺のことが少しでも残ってたとしたら、すげえ嬉しいけど…

「名前」

掴んでいた腕を引き寄せて抱きしめると、「だめ…」と弱々しく抵抗を見せる名前。

「好きだ…」
「あっ……ん…」

唇を重ね、舌を中に入れて絡める。あー…やばい…戸惑いつつもちょっと受け入れてんのエロ…止まんなくなっちまいそ…

「…んっ…せんぱ…だめ…ん…」

そういう中途半端な抵抗、余計煽るだけだってわかってやってんのか…?

「ん……好きだ…名前…」
「んん…私は…もう…」
「…ん…はぁ…俺が諦め悪いの…知ってんだろ…?」

唇を離して近い距離でまっすぐ見つめてそう言うと、上気した頬に涙目の名前が見つめ返してくる。

「これ以上…困らせないで…?」

…こんなこと思ってるって知られたらまた怒られそうだけどその顔でんなこと言われたらもっと困らせたくなっちまうだろ…可愛すぎて、ドキドキして、すげー心臓と下半身にクる…。ああ…今すぐめちゃくちゃに抱いてヨリ戻してぇ…!

そんな葛藤をしていると足音が聞こえてきて名前はオレから離れ急いで部室を出ようとする。

「あ、名前…っ」

ドアを開けるとそこには流川が立っていて一瞬気まずい空気が流れるも名前は「流川くんお疲れ様…っ」と一言だけ言い目も合わさず出て行った。

クソ…流川の野郎なんつータイミングだよ…。

「…先輩と、なんかあったんすか」
「あ…?お前には関係ねーだろ…」

普段ほとんど話しかけてこねーくせに…やっぱあいつのこと気になってんのか?

「しつこい男は嫌われる…」
「あ!?」
「………」

言うだけ言って着替え始める流川に舌打ちをして部室を出た。あいつといつまでも2人でいたってしょうがねーし。

名前、まだその辺にいっかな…

スマホを取り出して電話をかけようとすると

「しつこい男は嫌われる…」

とさっきの流川の言葉が浮かんで何となく怖気付いた。

どうにか頑張ればまだ見込みありそうなのにあと少しのところで逃げられる…けど、やっぱり俺は他の誰でもなくあいつがいい。

もどかしい距離感にやきもきしながら、そのせいで気持ちがどんどん強くなっていることに気付かない俺は元カノへの執着心を強めていくのであった。