花は咲く


「いってきます」




久しぶりに自転車を走らせて、懐かしい通学路を通ってみた。

今はすっかり部外者になってしまった中学校の前で、ひとり体育館を見上げる。

一昨日までの春の陽気がすっかり嘘みたいに冷え込んだ、金曜日。

今年もまた、その日が巡ってきた。





「……さむっ」





冷たく吹き付ける北風に、並木の桜の枝が激しく揺れている。

車の行き交う音も、川を流れる水の音も、あたしの記憶の中には一切ない。

覚えているのは自分も含めた女子の悲鳴と、建物の大きく軋む音。

恐がって両手で顔を覆うたび、宥めるように手塚があたしの背を撫でた。

あれから、5年。





「……」





ひとり、校門の前で目を閉じた。

いろんな人がいろんな場所であの瞬間を迎えただろう。

同じように怖くて泣き叫んだ人、呆然とテレビを見てた人、知らずにそのまま仕事してた人。

あたしはもう一度ここであの日のことを思い出そうと思った。

思い出して、忘れないでいようと思った。

記憶はきっと未来へつながる。





「……やっぱりここだったか、世田谷。」

「……手塚!?なんで!?いつ帰ってきたの!!」

「スケジュールがギリギリだったんだが……11日は帰国したいと言ったら、調整してくれた。」

「そうなんだ……」

「皆が解ってくれていると思うとなんだか嬉しかったよ。悲しい日ではあるけれども。」





手塚の手が風で乱れた髪を撫でつけた。

あたしに触れる手塚の手は、変わらずにやさしい。





「あたしであんだけ怖かったんだから、もっと怖かった人は大変だろうね……」

「……そうだな。」

「手塚も、今頃だけど、ありがとうね」

「どういたしまして。」

「……」

「……そういえばさっき、もう咲いている桜を見かけたんだ。」

「え!?ウソっ、もう!?」

「ここ何日か暖かかったんだってな。日本は。」

「ああそっかぁ……咲いちゃったんだ……」





いくらあったかかったとはいえ流石に早すぎる。

まだこれから寒かったりあったかかったりを何度も繰り返す季節なのに、気の早い木もいたもんだ。





「でも、なんか力強かったぞ。物凄い風に吹かれてたけどな。」

「ほんと?散っちゃわない?月曜日雨だよ?」

「根性あるんじゃないか。ほら、日本の花だし。」

「……」

「雨にも風にも耐えて、春が来るのを待ち続けるんじゃないか?」





願いや、祈りは希望になる。

希望は、未来を照らす光になる。

元の通りになるにはまだ遠い、元には戻らないかもしれないけれど。

それでもいつか、必ず。

必ず。





「少し先の話なんだが……5月の連休あたり、東北で復興支援の試合予定が出てるんだ。」

「そうなの?」

「もしよかったら世田谷も行かないか?」

「……いいの?」

「東北へは行ってないんだろう?いい機会だし、……世田谷と一緒に、見に行きたいんだ。」

「うん、行く」





春になったらあなたに会いに行こう。

あなたの街にも花を咲かせに行こう。



ツナグミライ(Can’t forget 20110311)
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
160313


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