日が沈んだ任務後、用事があるからと補助監督を先に帰らせて辺りに明かりが灯り始めたネオンの街を傑と一緒に歩く。例の一件があった日から自分でも自覚する程、俺の様子はおかしかった。あいつに言われた一言が頭にこびりついて、頬に触れられた感触は忘れられず、妖艶に笑って見せたその顔が目を閉じても瞼に焼き付いて離れない。くせに、すれ違った時には逃げ出したい衝動に駆られる。本当にどうしちまったんだ俺は。何か病気かもしれねぇ、治してくれ。梢子にそう言うも、病気とは程遠い健康体だよバカが。と軽くあしらわれ、何がどうなってんだよとひどく落ち込んだ。当のあいつは俺の事情など露知らず、懸念の声をかけてくる。それにびくっと肩を震わせた自分が情けない。つうかその目隠しのせいで呪力を認識できねぇんだから急に現れるなよ!!俺がこんなことになってんのはお前のせいだろうが!!と、涼しい顔をするあいつに腹が立った。どうしようもなくむしゃくしゃする。そういえば最後にヤったのはいつだっけと、数週間前まで記憶を遡った。思い返したら数日以上していないことに気づき、この行き場のない苛立ちは欲求不満によるものだと結論付けて、発散させるべく今に至る。今日の任務、梢子が一緒じゃなくて良かった。
「あれ満瑠じゃないかい?」
ふと呟いた傑の視線の先を追う。スーツに身を纏った黒髪の目隠しをした女はあいつ以外あり得ない。目の前にいる女は間違いなく満瑠だった。しかしそこにいたのは彼女一人ではなく、同じく黒いスーツを身にまとった長身の男に肩を抱かれていた。それを視界に捉えるなり、五条はすごい形相で眉間に皺を寄せる。
「ナンパか?」
「そもそも何でこんなところにあいつがいんだよ!!」
「任務の帰りなんだろう。満瑠は美人だし、色気もある。ナンパの一つや二つ……って悟、何て顔をしているんだ。」
確かに満瑠は美人だ。目隠しをしてもそれを仄めかす唇と鼻、目隠しを取った素顔がどれほどのものかっていうのも実際に目をした身だ良く分かっている。でも俺が腹を立てているのはそんなことじゃなかった。
「今日はやけに上機嫌だな。」
「当たり前だろ?久しぶりにお嬢と殺れるんだ、気分も良くなるだろうよ。それに俺たち相性バッチリだし。」
「遠夜とは長い付き合いだからな。お前の動きは手に取るように分かる。」
「それは光栄だ。今夜はしっかり楽しもうぜ」
「そうだな。でもまだ数揃ってないだろ。一体いつになったら来るんだ、あいつらは。」
「今回は特に大掛かりだからなーってか約束の時間はまだ先だよ、お嬢」
ヤる?相性バッチリ?今夜を楽しむ?
「は!?」
飛び交う単語に五条はさらに眉間に皺を寄せる。第三者が聞くと不健全さを仄めかすそれに、額の血管が今にもはち切れんとばかりに浮き出ていた。あり得ねぇ、あいつとんでもないビッチだったのかよ!!何すんなり今夜を楽しもうとしてんの!?しかも数ってなんだ。大掛かりってまさか今からそういう撮影でもするんじゃないだろうな!?つうかいつまでも肩組まれてんじゃねぇよ。誰なんだよその男は。
はーっはーっと怒りを抑えきれないように息を吐く五条に、横にいた夏油はどうしたものかとため息を吐く。夏油には満瑠がそういうことをする女だと到底思えなかった。普段の彼女のことを思えばそれは歴然なのだが、彼女に無自覚ながらも特別な思いを寄せていた五条は目の前の光景と会話の内容で完全に冷静さを欠いていたため、どう落ち着かせようかと頭を悩ませる。
「しかし数ヶ月会わないうちにまた綺麗になったな、満瑠」
「そうか?ありがとうな」
「そういえば中学時代は学校中の不良共纏め上げてブイブイ言わせてたなーいやーそん時はさすが俺(たち)の満瑠だと思ったぜ。さらに惚れたよ」
「何なんださっきから。今する話じゃないだろ。それより…」
「あぁ、分かってるよ」
「クソがっ!!」
ヤバいな、悟がそろそろ限界だ。黙って成り行きを苛立ちながら見ていた五条がついに声を上げる。遠夜と呼ばれた男が満瑠の名前を呼び始めた頃から五条の不機嫌ゲージがマックスに到達して、ついに爆発した。その男は満瑠の肩を今も尚抱きながら、私たちに一瞬視線をやった。しかも不敵な笑みを浮かべて。特に重要でもない、だが親密そうな会話をしていたのも、満瑠の名前を呼んだのも、綺麗だの惚れただの、意味深なことを言ったのも全部──悟を苛立たせるために敢えて言っていたんだと気づく。もう頼むからこれ以上悟を煽らないでくれ。男が私たちの気配に気づいているということは満瑠も気づいているんだろう、この状況をどうにかしてくれないか、と未だ背を向けている彼女にSOSの視線を送った。
「遠夜、そういうところどうにかしろとあれほど言っただろ。」
「すまねぇな、お嬢」
はぁとため息をついて、お嬢が白髪頭に向き合う。頭に血が昇りすぎて今にも殴りかかってきそうなそいつが面白くて仕方なかった。
「おい、満瑠。お前、今から何しようとしてんだよ!?それに何だよあの男は!!」
「何って、家業ですよ。それに彼は…」
「どうもー!!お嬢の右腕やらせてもらってます遠夜でーす♡」
再度お嬢の肩を組み、白髪頭に自己紹介する。そのふざけた紹介にお嬢が引いた視線を送った気がしたが気にすることなく、白髪頭と向き合う。家業って何?お前ん家ってAVの撮影とかしてんの?はい?する訳ないでしょう、何言っているんですかあなたは。いやだって、さっきヤるって言ってたじゃん。戦いのことですよ、た・た・か・い。は?じゃあ相性バッチリって?一緒に戦うのに相性は大事でしょう。はー何だよそれ!!
俺の思っていた通りに勘違いしていた白髪頭に笑いがこみ上げる。本当に面白ぇなこいつ。
「お前、とんでもない勘違いしているよ?───あ、てかこのガキたち何なの?お嬢の知り合い?」
「学校の先輩だ。そんなことも知らないで煽っていたのか?」
「そうだよ?ってか俺が煽っていたのよく分かったね。あいつが何であんなにキレていたのか、お嬢はちゃんと分かってる?」
「いや?知らない。」
だよなー何で?と頭に疑問符を浮かべ、腕を組みながら首を傾げるお嬢に苦笑する。魔性かよ。この白髪頭も苦労するなと同情した。
「ていうかお嬢、ちゃんと後輩やれてんの?」
「どういう意味だそれは。」
「だって、お嬢が後輩とか全然想像できねーもん」
「はぁ?」
「いつまで満瑠の肩組んでんだよお前。いい加減離れろ!!」
お嬢の肩に回した手とは逆の手を白髪頭に掴まれ、勢いよく離された。見た目の割に意外と力強いなこいつ。サングラスから覗くその青い目にお嬢が先程呼んだ名前を思い出す。───五条さん。あぁ、そうだ。こいつが例の家の当主だ。それと同時に違和感を覚える。何でこいつはのうのうとお嬢に絡んでんだよ。お嬢の身に起きたこと知らないのか?
「遠夜、そろそろだ。これ以上は…」
「…あぁ、分かってる。」
約束の時間が近づいてきた。この場から早くこいつらを離れさせたいであろうお嬢が、珍しく不安げな雰囲気を纏って俺を見つめる。俺がそれに弱いって知っててやってんのか?そう疑いたくなるが、多分知らねぇでやってんだろうなーと思いながら、離されたお嬢に近づき耳打ちする。
「あいつらは俺がどうにかするから、満瑠は集まったやつらを頼む。」
「任せていいんだな?先輩だ、無下に扱うなよ。」
「もちろんだ。お嬢の命令なら俺はどんなことでも従うよ。」
そう言ってお嬢の手を取りその甲にキスを落とす。これは俺の忠誠の証だった。どんな事があってもお嬢についていくと、あの日から俺の決めたことは揺るいでないと分かっていてほしかった。
「頼りにしているぞ」
微笑みながら、お嬢が俺の頭をわしゃわしゃとなでた。それに年甲斐もなく喜んでしまう。可愛いやつだ、お前は。そう言うお嬢に、一生飼われ続けたいとそう思った。一連の成り行きを見ていたであろう例の白髪頭がまた、不機嫌さを露わにする。さぁーて、ちゃんと仕事するか、と両腕を挙げて伸びをした。
「よぉ、白髪頭。お前、満瑠に惚れてんの?」
「し…しら…俺は白髪じゃねぇ!!」
遠夜が五条の肩を抱く。重ぇんだよ!!離れろ!!そう言って遠夜の腕を振りほどこうと五条は試みるが、まぁまぁいいだろう?と遠夜はそれにびくともせず、肩に腕を回し続けた。
「で?どうなんだよ、お前。満瑠に惚れてるんだろ?」
「は?惚れる?何で俺があいつに…」
はぁ!?こいつ無自覚か!?あんなに分かりやすく嫉妬していたのに!?後ろにいたお団子頭の兄ちゃんに目を向ける。が、苦笑を浮かべて頬を掻いた。マジかよこいつ。
「……まぁ、いいけどよー。お前、相当遊んでるだろ?」
「は?何だよ。悪ぃかよ」
やっぱりな。
「お前、あの五条家の長男坊だろ。家柄も良ければ、金もある。それにその顔だ。寄ってくる女は数知れず、より取り見取りなんだろうよ。」
「ハッ。何だよ。羨ましいのか?」
「まさか。」
「それにお前だって遊んでんだろ。そういう匂いがムンムンしてくるぜ。」
「昔はそうだったが、今は違う。俺は満瑠に拾われたんだ。いい女が近くにいるのに、他の知りもしねぇ女に割く時間なんてねぇ。満瑠に仕えたほうが百倍幸せだ。」
「ハッ!!ロリコンかよ。」
「はぁ!?俺はまだ23だぞ!?」
「は!?どう見ても30代のおっさんだろ!!年齢サバ呼んでんじゃねぇよ!!」
「サバ呼んでねぇよ!!それに何お前、お前には満瑠が幼女に見えるのか?六眼稼働してねぇんじゃねぇの?眼科行けよ。」
「俺の六眼は正常だっつうの!!見た目じゃなくて年齢の話してんだよ!!お前が23でも結構年の差あんだろうが!!犯罪だろ!!」
何だよこいつ。犯罪なんて倫理観ちゃんとあんのかよ。うけるな。
「満瑠が見合い行ってんの知ってる?」
「え?あぁ、まあ。」
「ここの連中は俺も含めて満瑠に拾われた身だ。それだけに心酔しきっているやつもいる。そんな俺たちから満瑠を奪うな、なんて子供じみたことは言わねぇ。満瑠が決めた結婚相手なら喜んで受け入れる。」
「だけどだ。お前のちょっとした遊びに選んでいい相手じゃない。俺たちは満瑠のためなら自分の命を投げ打っても構わないって連中の集まりだ。満瑠を泣かせたら皇家全員を敵に回すと思え。その意味分かっているよな?そんな覚悟もねぇくせに一丁前に嫉妬してんじゃねぇぞ。」
「そこのお団子の兄ちゃん。こいつ連れ帰ってくれるか。」
あぁ、それから、あいつが満瑠のことを好きにならないよう見張ってくれると助かるよ。それは本人の気持ち次第でしょう。私ではどうすることもできないですよ。何言ってんだ。あいつ無自覚だろ?なら、自覚を持たれる前に引き離したほうがいい。あいつ自覚持ったら面倒そうじゃん。
「遠夜、戻ったか。悪かったな。」
「お嬢のせいじゃないでしょ。みんな揃った?」
「あぁ。それじゃあ行くぞ、お前たち。───死んだら殺す。」
やっぱりお嬢のこの言葉がないとなー。俺めちゃくちゃやる気出てきた!!
「悟、この後どうする?」
「悪ぃな、傑。気が変わった。高専へ戻ろう。」
「だろうな。私は構わないよ。」