誰にも言えない 01
生まれて初めて出来た恋人は、オレと同じ男だった。
大嫌いだったルカワに好きだと告白したのは二週間前。
たまたま二人きりになった部室で始まった諍いがヒートアップして、ついうっかり口を滑らせてしまったのだ。
恐怖に近い後悔が身体中を駆け巡り、血の気が引いて固まったオレに対して、ルカワはキョトンとした表情を浮かべたあと黙って小さく頷いた。
それは単に『わかった』あるいは『とっくに知っていた』というだけの事で、『オレも好き』という意は含まれていないのでは……などという後ろ向きの可能性は真っ先に殺してやる。
拒まれなかったことへの安堵とルカワも同じキモチなんだという歓喜にオレはのぼせ上がり、我を忘れてルカワを抱き締めてキスをした。
やはり頭で考えてやった事じゃなかったが、今度は後悔などしなかった。
ルカワの、そっと抱き締め返してくれた腕や、唇を離したあとの視線を落とす照れたような仕草にオレはすっかり骨を抜かれてしまい、コイツとのこれから始まる関係を大切にしようと固く誓ったのだから。
しかし、その時は有頂天となっていたオレだが、ここのところは焦りを感じている。
ルカワがマイペースな野郎だってことは承知していたつもりだった。
しかし、まさかここまで他人の視線を意に介さないとは……。
意外なことに、アイツは付き合い始めてからすぐに人目を憚らずオレとのスキンシップを求めてくるようになり、最初は腕や足を時々ピタリとくっつけたりする程度だったものが次第にエスカレートしてきて、昨日はついに庶民どもが何人も屯する廊下でキスをねだってきたのだ。
これにはさすがのオレも大いに慌て、バカモノ! と叫んでルカワを突き飛ばすと全速力で走って逃げた。
それでもルカワは額に青筋を立ててギラギラと眼を光らせながら追い掛けてきやがる。
オレはひたすら逃げ続けたが、そのうち砂煙を巻き上げそうな勢いの追い掛けっこや奴の必死な様子が段々と可笑しくなってきて、思わず吹き出してしまった。
そのせいで足の力が抜け、追い付いたルカワに尻を蹴り上げられ壁に激突。自慢の石頭から流血する始末。
イヤイヤ、笑ってる場合じゃねぇ。
ルカワは怒るが、ハッキリ言って人前での接触を避けるのは当然のことだと思う。
この桜木はもちろん、ルカワもそこそこの有名人であるからして、オレ達はその一挙手一投足が庶民に注目される宿命にある。
確かにオレは、好きなコと腕を組んで登下校したり大衆の前でも愛を囁き合うような関係を理想としていたが、それは野郎相手に叶う夢じゃねぇーんだ。
一度認めてしまえば自分の中ではすんなりと馴染んでしまうが、オレとルカワは男同士でありながら恋愛関係にあるわけで。
決して周りは祝福しちゃくれねぇだろう。
逆の立場で考えれば容易に想像がつく。
以前の自分だったら絶対に差別していた筈だ。そんな気持ちの悪ィ奴らには近寄りたくない、と。
だからこそ、バレたくはねェ。
軽蔑だの中傷だのが届かない場所で、ルカワとの関係を大切に守っていきたい。
それが、アイツには伝わらなかった。
* * * * *
「おい」
声を掛けても返事がなくて、背中に感じる重みに予感的中を確信した。
「寝てんじゃねぇよ、キツネ」
オレたちが今いる体育館裏は突き出た壁だか柱だかで死角になっている部分が多く、あまり人も来ない。
例え誰かにオレの姿が見えたとしても背後にいるルカワの姿まではすぐに見えない筈。
だから背中を合わせて座り込み、ちょっと手を繋いでみたりなんかしても大丈夫。
不機嫌だったルカワだがオレが手を握ってやると、すぐに眠ってしまったようだ。
せっかく一緒にいるんだから、もっと喋りてーのに。
でもルカワは起きていても口数が少なくて、特に不満なのがオレはこの二週間で多分50回くらいは好きだと告げたのに、コイツからは一度も同じ言葉を聞かされていないことだ。
そのかわり、よく触れてくる。二人きりの時でも人前でも関係なしに。
全く緩まない掌はオレと殆んど変わらない大きさだが、体温には差があるのか少し冷たいと感じることが多い。
でも今は、眠っているせいなのかオレの体温が移っているのか分からないが結構あたたかい。
昼休みの終わりを告げるチャイムが聴こえてきたとき、ルカワがわずかに身じろいだことが背中越しに伝わってきた。
「ん……」
「起きたか?」
「ふわぁ……今、何時だ……?」
寝起きの声は少し幼く柔らかい感じで、聞いてる方は何だかくすぐったくなる。
「昼休みが終わったところだ」
「じゃあ、教室に戻る」
「そうか」
手をほどいて立ち上がる。尻を叩いて汚れを落としながら先に歩き出したオレは、体育館裏を抜ける寸前で足を止めた。
「コラ。もうイイだろ。手ェ離せ!」
「イヤダ」
背後から伸びたルカワの手がオレの手を握ってきた。
オレが繋がった手をブンブン振り回しても、ルカワの手首を反対の手で掴んで引き剥がそうとしても全然離さない。
「だから! 他の奴らに見られたらどうすんだってんだ! さっさと離さねーか!」
「うるせー。この臆病モン」
「誰が臆病だと!?」
「おめーだ、どあほう」
暫く互いの腕に血管が浮くほどのマヌケな格闘を続けていたが、遠くから名前を呼ばれたオレはギクリとして凍りついた。
「桜木くーん!」
恐る恐る首を横に伸ばして視線を巡らせると、渡り廊下で立ち止まっているハルコさんの姿が見えた。
この位置からは壁に遮られてオレの姿しか見えてないだろうけど、心臓が飛び出しそうになる。
「もうすぐ次の授業が始まっちゃうよー!」
「は、はいッ!」
ハルコさんはオレの傍にいるルカワに気付くこともなくニッコリと笑って、じゃあね、と手を振った。
オレも握られていない方の手を何とか振り返す。
ハルコさんが、もしここでオレとコイツが手を繋いでいることを知ったらどうなるだろう。
オレとルカワが、そういう仲になったことを知ったら──。
そんな思いが過った瞬間、ハルコさんは急につまづき小さく悲鳴を上げながら派手に転んだ。
「あっ!? ハルコさん!」
オレはとっさにルカワの手を振り払い、ハルコさんの元へ駆け出していた。
「だ、大丈夫っスか!?」
「痛〜い」
ちょっぴり膝を擦り剥いたらしいハルコさんは、オレが手を貸す前にいつもの笑顔に戻ると平気平気と言いながら一人で立ち上がった。ほっと安堵したとき
「あれっ?」
ハルコさんがオレの背後に視線を向け、オレもハッとして慌てて振り返る。
しかし、そこには誰の姿も見えなかった。
「今、向こうに流川君がいたような……やだ、転んだところ見られちゃったかな」
恥ずかしそうに頬を染めていたハルコさんを一瞥して、そっと右手を制服のポケットに突っ込んだ。
オレの掌には、まだルカワに強く握られた感触が痺れるように残っていたから。
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