命懸けの逢瀬













01

その夜、次元はソファの肘掛を枕にし、足を組みながら煙草を燻らせていた。相棒は出かけると言ったきりかれこれ五日経つ。あくまでも彼らはビジネスパートナーなわけで次元はルパンの行先も尋ねることもせずただ見送っただけだった。
そろそろ眠ろうかと考えていたころである。
微かな血の匂いと足音に飛び上がるように立ち上がった。
もちろん腰元のマグナムに手をかけて。

「……、じげ、、、」

腹からドボドボと血を流しながらルパンはその場に倒れ込んだ。床にぶつかる前に辛うじて受け止めた。
受け止めた両手は分かるくらいにべっとりと血がついていた。
チッと捨てる暇さえ許してくれず咥えたままの煙草を落とさないよう器用に舌打ちをした。
そうしてようやく煙草を吐き出し、ルパンを抱き上げる。そうしてそのまま奥のベットへ寝かせた。
このアジトにたどり着くと同時にどうやら気を失ってしまったらしい。
ルパンがここまで血を流すことは滅多にない。
最近裏でコソコソとしているなとは思っていたがまさかここまでとは。
こんなことなら俺も行きゃあよかったと独り言ながら服を脱がせ、傷を確認していく。
腹に弾丸は残ったままだし、貫通痕もある。一体何発食らったんだか。手際よく止血をしていくがどう考えても血が足りない。

「くそったれ!」

輸血が必要だ。ルパンを死なせるわけにはいかない。腕のいい医者にでも、と逡巡する。
不意にルパンが言っていたことを思い出す。
確かコイツの携帯に連絡先が入ってるはずだ。
ルパンの指を拝借してロックを解除し、連絡帳を漁る。
あった。
頼む、近くにいてくれよと願いながらかければ数コールで繋がった。

「もしもし」
「名前で間違いないな?」
「……ルパン?」
「いいや、次元大介だ。そのルパンが瀕死だ。今どこにいる?」

幸い、ここから数十キロと離れていない場所だった。

「今すぐ向かう。容態は?」
「腹から二発と、肩に一発。そのうち一発は体内にまだ残ってやがる。なんせ出血量が多い。合併症を引き起こしてなきゃいいが────」

電話の奥でエンジン音がかかるのを聞いた。
もう向かってくれているらしい。
電話は繋げたまま、止血をしながらルパンの容態について詳しく説明していく。
ルパンに聞くまでその名を聞いたこともなかったから、名前という闇医者が信用に足る人間かどうかは決めかねていた。
「もし俺が死にかけたらコイツに連絡してくれ。心臓が止まってしまっても助けてくれるってよ。ん?ああ、闇医者だよ。昔馴染みでな。ま、腕は確かさ。それにいい女ときた」
確かルパンは以前このようなことを言っていた。
ルパンが人を頼ろうとするなんざ滅多なことではないので印象深くその名前を覚えていたのだ。
第一この怪我次元の手に余るのだ。それなりに戦場で場数を踏んでいるから縫合くらいはできる。だが血が足りないし、何より酷い熱だ。任せられるなら専門家に任せたい。最もルパンたちのような怪盗が頼れるのは同じ闇に住まうものだけなのだが。

ブルルルと近くでエンジン音を聞き、外へ飛び出した。

「こっちだ!」

電話口で聞いたエンジン音からバイクだろうとは思っていたが、女性が乗るには大きすぎるバイクだった。降り立った女性は白衣を着ていたから直ぐに間違いないと確信する。
大きなカバンを引っさげている彼女をアジトへ招き入れる。
そこから彼女は手早かった。
手伝えることはすると申し出たものの、何をしたらいいのかわからず、かと言って名前から指示が飛んでくることもなかった。
ルパンを確認するや否や彼女は傍らに膝を降り、症状を確認していく。大きなカバンからは輸血パック。なにも確認することなく輸血をしていくものだから、ルパンの血液型を知っていたことになり、やはり過去にルパンは彼女に治療を受けたことがあるのだろう。
思えば名前のところへルパンを持ち込めば機器だって揃っていただろうに、ここじゃそうはいかない。
俺にできることはただ懐中電灯でその傷口を照らし輸血パックを持っていることだけだった。
名前のもとへルパンを連れて行くと言ったのだが、ルパンの容態を聞きこのアジトでも治療は可能だと一刀両断したのだ。それよりも一刻を争うからはやくルパンの元へバイクを飛ばして行く、と。
医者の手術なんてものを見た事なんぞなかったが、こうも華麗なものなのかと関心した。神様なんぞ信じていなかったが、これが神の手かと惚れ惚れしたくらいだ。
素人目には詳しいことは分からないが弾丸が臓器を抉っており、それらを綺麗に縫合してやる必要があったらしい。
スコープを覗きながら綺麗に縫合していく。
こんな手術一人でするもんじゃない。一体どんな集中力をしているのだろうか。言葉を発することもできずただただ彼女の手さばきに見とれた。

全ての傷が閉じられたのは日が高く昇った頃だった。
ようやく息を吐いて、思わずその場にへたりこんだ。

「一命は取り留めた。ただ熱が酷いから余談は許せないけど」

ふうと手袋を外して汗を拭った名前の顔を初めて見た。
それどころじゃなかった。
手術中も見たのは彼女の頭頂部だけ。
なるほど、と名前を盗み見ながら煙草に火をつけた。さすがルパンがいい女だと言うわけだ。街を歩いていればハッと目が覚めるくらいの美しさだ。東洋系の顔立ちだろう。そのオリエンタルな雰囲気はこの田舎町じゃ目立つ。そして上背もあるから殊更目を引く。100人に聞いても100人に美しいと言わせる美貌だ。不二子とはまた別の美しさ。

「とりあえず、飯にするか」

名前とルパンの関係性が気になったが、それよりも腹ごしらえだ。難を脱したと言ったから飯を食う時間くらいはあるだろうとキッチンに立つ。
あいにく闇医者とは無縁の人生だったが、モグリで医者をやってるなんて何らかの目的があるに違いない。頼ってくるのは日の下を歩けないようなヤツらばかり。慈善でそんな命を救おうてなんてヤツはまずいないだろう。法外な報酬があって引き受けるのだ。
だが名前は報酬なんて口にもしなかった。ただルパンの名前だけを聞いて飛んでやってきたのだ。ただならぬ関係なのは簡単に察した。
ちらりと後ろを振り返れば名前がルパンを甲斐甲斐しく世話をしている。夜通しナイフの先を歩いて渡るような集中力でいたというのに気を張り詰めたままルパンの額の汗を拭ってやっていた。その見つめる瞳はまるで愛する人に向けるそれだ。

「大したもんじゃなくて悪ぃな」

差し出したのは炒飯だった。昨晩炊いた冷や飯が残っていたのでじかんをかけず簡単に作れるのはそれくらいだった。
健気にルパンを見つめていた名前の瞳が驚いたと俺を見上げる。
「ん」と強く次元が差し出せばようやく名前は「ありがとう」とそれを受け取った。続けざまにいただきますと聞こえてほっとしてその傍らに座り込んだ。

「美味しい」
「そりゃあよかった」

ルパンは不特定多数の女と遊ぶが、その口から聞いた事の女の名前は峰不二子ただ一人だった。実際のところ次元にもルパンと不二子の関係性は知らぬが、唯一ルパンが執着を見せる存在だった。
昔の女、なのだろうか?
無粋にそれを尋ねるのは気が引けた。
ちびちびと炒飯を口に運びながらも名前はルパンから目を離さず、俺のことなんぞ気にもかけない。気にかけてほしいってわけじゃないが、ただこの空気に耐えかねていた。

「急に呼び出して悪かったな」

いよいよ耐えきれなくなり当たり障りなく話しかけるが、名前はただ首を横に振るに留まった。

「いつまでここにいてくれるんだ?」
「……ルパンの目が覚めるまで」
「そりゃ助かる」

何とも愛想のない女だ。ベラベラと聞いてもないのに喋り出す女よりマシだが、全くやりづらくて仕方ねェ。なんだって俺が気を遣わなきゃなんねェんだと心中で悪態をついた。
とはいえ仮にも相棒の命の恩人に滅多なことを言えるはずもなく、炒飯を口に書き込み早々に煙草を咥える。
信頼したわけじゃない。気を緩めはしない。

「貴方が次元大介?」
「ん?、あぁ」

まさか名前の方から話しかけられるとは思ってなかったので反応が遅れる。

「ルパンから聞いたとおりね。帽子を目深に被った髭面のヘビースモーカー」

クスクスと耳障りの良いトーンで名前は笑った。
別に自分が笑われたわけではないとわかってはいるか恥ずかしさを覚えフンとそっぽを向いた。そこで待てよ、と考える。
ルパンとは付き合いが長い。だが昔馴染みの医者だとルパンの口からたった一度名前の名前を聞いただけであった。その口ぶりから出逢う前の付き合いなんだろうとばかり思っていたのだが、どうやら定期的に連絡を取り合っているらしい。ルパンの交友関係全てを知っておきたいなんて訳じゃないしいつどこで誰と連絡を取っていようと構わないが、ルパンが名前に俺のことを話しているのが癪に触った。

「お前さん、ルパンとどういう関係なんだ?」

ついにずっと気になっていたそれをぶつける。
ルパンはこと女に関しては不誠実な男だった。何よりも自由を愛する男であることをよく知っている。彼女からルパンへの思慕はその眼差しからなんとなく理解出来た。だがルパンのほうはどうなのか?幾分とラクそうな表情でただ眠り続けるルパンは相棒である次元にすら名前の存在を言うことを渋った。
いや、それよりもだ。
ルパンは滅多なことではこんなヘマはしない。
もし彼女がこの街の近くにいることを知っていて、なおかつ次元が助けを求めることがあれば?
この逢瀬のために自分を利用し、その身を犠牲にしたのではないかとまで考えた。
そのことを名前に話すことはしなかったが。
名前はただルパンの寝顔を注視する。
その瞳は慈愛に他ならない。

「………ただの昔馴染みよ。ただ、そうね。情があるとすれば初めての人だから」
「……へェ」

辛うじて喉から声を絞り出すことに成功した。
まさか初めての男だとあけすけに言われるとは思ってもみなかったのだ。そしてルパンが経験のない女を抱くとも思わなかった。初めては恋人と。それが世間一般の特に女の理想だろう。ルパンは女に対して不誠実なくせに思いやりがある。自分にある一定以上の恋慕を向けられれば途端に背を向けるのだ。ルパンにとって最も楽しいのは手に入れる過程であり、向こうから歩いてやってくるものじゃない。そしてなにより泥棒である限りそんな女たちに応えられないのだ。傷つける言葉を吐くわけでもなく、そっと微笑んで距離を置く。
ルパンの恋愛観をその口から聞いたことはなかったが、何年も連れ添って来たのだ。そうした場面を何度か見た事があった。
だからこそ信じられない。
女の初めてなんてものを背負い込めるような度量はルパンにはないだろう。俺にありやしない。どういう関係性だったのかは知るところではないが、もしも処女だと知っていて行為に及んだとすればそれだけルパンが彼女のことを大事に思っていたかの現れである。

「ごちそうさま。片付けくらい私がするわ」
「いや、適当に置いておいてくれ。それより休んだらどうだ?あんな手術を何時間もやったんだ、少し眠れ。ルパンは俺が見とくし何かあればお前さんを起こすから」
「でも、」
「いいから。わりぃがベッドは俺のしか空いてなくてな。このアジトにあるもんは好きに使ってくれて構わない」
「泥棒のくせに私を信用してるのね」
「あ?そりゃあルパンがお前さんを信用してるからさ。別に盗られて困るようなものはない」
「まさか。世界一の泥棒から盗みを働こうなんて思いやしないわよ」

名前から皿を取り上げ、自室へと招き入れた。
ここは四階だ。次元とルパンがいる部屋の前を通らなければ外には出られない。見られて困るようなものもなにも置いてやしないのだから構いはしなかった。彼女が逃げ出さぬようにと、外からの襲撃があったとしても一番真っ当な場所だ。
さすがの名前も昨晩の手術は応えたのか強く抵抗することも無く、素直に俺のベッドに身を委ねた。

「ルパンの部屋着でも借りるか?」
「……必要ないわ」
「別に俺のでも構わないが?」
「少し眠るだけだから」

あからさまに嫌そうな顔をしたものだから思わず笑う。
その場から立ち去ると、古びたスプリングが嫌な音を立てたのを聞いた。




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