女嫌いの同情













02

ルパンの目が覚めたのはそれから三日後のことだった。

「……おはよぉ、じげん」
「ハッ、なんとも情けない声だな」

起き上がろうとしたルパンを支える。
その間にルパンは机の上に放られたままの二つのグラスを確認した。
だがこのアジトには俺とルパン以外に誰もいない。
ルパンの視線を辿ればそこかしこに名前の気配はある。

「俺一人じゃどうしようもなかったんでな、名前を呼んだんだ」

それに察して手短く伝えればルパンは目を白黒させた。そんなルパンを横目で確認しながら続ける。

「呼ばねぇほうがよかったか?」
「……いんや、死ななくてよかったぜ。で、その名前はどこに?」
「ここは息が詰まるとよ」
「ああ、煙草と酒の匂いしかしねェもんね」

ルパンは何事もなかったようにベッドに身を預けた。
その口ぶりはそれだけ親密な仲を思わせた。
その表情からルパンが何を考えているか想像すらできない。

「にしても次元、よくもまあ名前のことなんて覚えてたな。俺、話したことあったっけか?」
「よく言うぜ。まさか、名前に会いたくてわざとドジ踏んだとは言わねぇよな?」
「バカ言うんじゃねぇ!ただ、今回はちっとばかし分が悪かっただけだって」
「ふーん?」
「何疑ってんだよ?ホントだって!ちょっと相手さんのご機嫌損ねちゃって腹に穴空けられただけだっての」
「ま、あの怪我でここまで帰ってきたことだけは褒めてやるよ」
「でしょでしょ?すっげー痛くて俺っちもう死んじゃうと思ったんだからね!」
「で?」
「また狙われるかもしんねぇ。あれから何か動きはあったか?」
「いいや、この場所はバレてねェみたいだな」
「追跡はあの時全部撒いたが、ここも時間の問題だな」

因縁があると言ってたっけか。何の因縁かは知らないが巻き込まれたくはない。
ガチャりと扉が開く音がして、一応腰に手を伸ばす。
たぶん、いや十中八九名前だろう。
ルパンが目を覚ましたということは、彼女もここを立ち去るということになる。この分じゃ俺達もアジトを変えた方が美のためだろう。
歩き方で名前だと察し、後ろにやった手をポケットに突っ込んだ。

「ただいま」
「おけーり」

一瞬帽子越しに目が合ったので俺に言ったのだろうと、一応返事を返す。お互いにあまり話はしないが挨拶だけはきちりとするのだ。すぐさまルパンの方へ視線が動く。

「ルパン!起きたの?」
「……おう。あんがとな」

何を買ってきたのかは知らぬが、どさりとポリ袋を落としてルパンに駆け寄って枕元に膝をつく。
言葉のない再会だ。ただ二人はじっと見つめ合う。俺がいなけりゃキスの一つでもしそうな勢いだ。

「……煙草、買ってくる」

気をつかって、いや居づらくて適当に言い訳をつけて立ち上がる。「わりぃな」とルパンが後ろから声をかけてきたが、なにも応えずにただその場を離れた。



昔の女だろうとなんだろうと別に構いやしない。それを知らせる義理もない。ただ何故こうも気になるのかと聞かれれば、ルパンがらしくないからだ。女との再会でただ真剣に見つめ合うなんてやっぱりらしくない。
いっそルパンに本気で惚れた女だと説明された方が気にならないのかもしれない。

ルパンが目覚めるまでの三日間、俺たちは二人でそれなり時間を過ごした。とはいえ初対面の男女で、お互い口数が多い方ではない。歩み寄るつもりもなかった。アジトに招いた客人なのだからと飯くらいは買うなり作るなりするって言ったのに、何度か言い合いになって結局名前は何度か申し出てご飯を作ってくれた。女の手料理なんぞ久々に食った。
ただそれだけで彼女の名前が名前で闇医者だということしか知りえなかったのだ。

勢いで飛び出したはいいがどうしたものかと考える。
焼けぼっくりに火がなんて想像に容易い。好きあっている空気を嫌でも察した。さすがにおっぱじめてるところになんぞ帰りたくない。暗黙の了解で俺たちはアジトに互いの女を上げないことになってる。……不二子は別だが。いや、そもそも誰も招き入れたことなんてない。
ルパンもあの怪我だとはいえ、今日は帰れないなとぼんやり思う。
どっかのバーで飲み明かすか、と街へ繰り出した。





浴びるほど酒を飲んで少しばかりふらつく足でお昼を過ぎた頃、アジトに帰った。
しばらく仕事はしないとルパンに言われてしまえば俺はお役御免なのだ。いっそその方がいいかもしれないと思いながらわざとらしく足音を立てて扉を開けた。

「おかえりなさい」

リビングの方から顔だけ出して名前は言った。
まさか彼女の方から言われるとは思わなくて驚きながらも「ただいま」と返した。互いに口数も少なく、人と馴れ合うタイプではないというのにこの挨拶だけこうもきっちりと繰り返すようになったのは何故なのだろうか。たぶん彼女がそれを口にするから。言われて無視するのは俺とて気が引けるのだ。
シャワーを浴びて布団に入ろうと決め込んでいたのに、ルパンに呼ばれた。

「お前、かなり酒臭いぜ?」
「お前の快気祝いをしてたんだよ」
「あらま、俺ってば愛されてる」

そこまで泥酔してるわけではない。頭はそれなりに回ってる。もっと酔っ払って帰ることだってざらにあった。

「で?なんだよ、話って」

やっぱりしばらく仕事はしないと言われるんだろうなと予想しながらソファに腰掛けた。
名前の姿を探せば、違う部屋にいるようだった。

「しばらく俺たちと行動を共にする」
「……は?」

俺たちと。俺も一緒だと?

「俺は御免だね」

何が楽しくてお前ら二人と一緒に行動しなきゃなんねぇんだ。そういう意味を込めてルパンを睨んだ。

「そんな怖い顔すんなって。なんでも名前、命を狙われるみたいでよ」
「そんなもん俺は関係ねぇだろ」
「用心棒は次元の得意分野でしょ?それに万が一怪我した時は名前の手当つき」
「俺は下りる」
「命狙われてる女の子が目の前にいんだぜ?それも知り合いときた。命助けて貰った礼もある」
「お前さん一人で十分だろ」
「んでもさ?別に盗みを辞めるわけじゃねーし」
「一人で盗めねぇんじゃしばらく辞めにしたらどうだ?」
「次元さんが嫌なら、その話はなし」

俺たちが言い合う声を聞いたのか名前が口を割って出た。

「……そんでもお前、どうするつもり?」
「別にどうもしない」

「ほら、次元がそんなことを言うから!」俺を咎めるようにルパンは俺を見た。なんで俺が悪いみたいにならなきゃなんねぇんだ。

「住む所ないんだろ?医療機器も全部壊されたんじゃ闇医者も出来ねぇんじゃねぇの?」

それで合点がいく。あのとき言及はしなかっただけで、名前がすぐさまこちらに来るといったのはそういう理由なのだろう。あのときルパンを看れるだけの機材はもうなかった。だからどこでも構わなかったのだろう。
真剣に心配するように、ルパンは名前を見た。
この空気が嫌だってんだ。

「……俺無しでお前が名前を守ればいい話だろうよ」

なんで俺まで一緒じゃなきゃならないのだ。名前の警護をするという話自体を否定しているわけではないのだ。

「これだから女嫌いは困るね」

違う。そうではない。と口にしようと思ったが辞めた。
女は嫌いだが、不二子ほど名前を嫌いだとは思わない。ただルパンと名前の独特の浮ついた空気が堪らなく嫌なだけだ。どうして俺が邪魔者で気を遣わなきゃならないのだ。

「だいたいお前の命を救ってくれたってだけでそもそも俺にゃ関係ねえ話だ」
「そう言わずにさぁ、次元ー!」

なぜルパンはこうも俺に執着するのだろう。次の獲物もまだ決まってやいないのだ。俺が加わるより二人でいたいに決まっているだろうに。それは名前もだ。俺が嫌だというならこの話はなかったことに、なんてどういうつもりなのだ。

「ルパン、もう傷は平気?」
「ん?ああ、……いや」
「報酬は別のものを考える。二人の泥棒家業を邪魔するつもりなんてないの。ルパンにまた会えてよかった」

そうして名前はルパンに歩み寄りハグをした。いつもなら鼻の下を伸ばしてデレデレするくせにルパンは名前の背中に腕を伸ばすことさえしなかった。傷ついたガキみたいな顔をしたのだ。

「じゃあ」

大きなバッグを一つだけ持って、名前はその場から立ち去った。ああ、ったく後味が悪い!

「アイツの近況を聞いたんだ。サルタノ一族のボスの臓器移植。リスクを話した上で手術に臨んだ。成功したが拒否反応が酷く、その上患者も高齢で体力がなくそのまま亡くなっちまった。その恨みで狙われて逃げ回ってたんだと」

後打ちをかけられる。

「あのまま行かせりゃ死ぬぜ?いや死ぬつもりだ」
「お前さんなら女一人くらい守るなんざ簡単なもんだろう」
「名前は守ってくれなんて俺に一言も言わなかったよ。俺は言ったぜ?守らせてくれって。首を縦には振らなかった。一晩かけてようやく次元がOKを出したらしばらく厄介になるってとこまでは持ってけたんだ」
「……俺のせいにするんじゃねぇ」
「お前のせいになんてしてねぇさ。なぁ、頼むよ相棒。俺はアイツを死なせたくはない。そんなに嫌だってんなら途中で抜けてくれても構わない。それまでにどうにかする。今の俺じゃあ立って追いかけらんねぇんだよ」

こんな真剣なルパンの懇願なんて初めてかもしれない。

「ああ、もう!分かったよ。追いかけりゃあいいんだろう!?」

やっぱり結局折れるのは俺の方だ。
このまま知らんぷりして死なれる方が後味が悪い。だいたいルパンの話がどこまで本当かなんてわからないのだ。あの女も命狙われてんなら素直にルパンに守ってくれと言えばいいのに。

「おい!名前」

階段の上からバイクに股がろうとする名前を呼び止めてから階段を駆け下りた。
このバイク一つで逃げ回っているのだろうか。サルタノ一族といえば有名なイタリアンマフィアでそんなボスの移植手術を任されるなんてやはり闇医者として名の知れた女なのだろう。闇に身を置く俺たちは失敗は死に直結する。女が一人逃げ切るのは難しいだろう。
俺とルパンがいりゃあサルタノなんぞ目じゃねぇが。

「ルパンに言われてきたの?」
「まあ、そんなとこだ。だいたいお前を呼んだのだってルパンに言われたことがあったからってだけだしな」

追いかけろと言われてもなんといって引き止めりゃいいかわからねぇ。煙を吐けば名前は少しだけ顔を歪めた。そういや煙草と酒の匂いが嫌いだって言ってたっけか。だからといって配慮してやる気も起きないが。

「別に守ってくれなくても死にやしないわよ?」

高圧的に名前は笑った。よく見たわけじゃないが、名前は常にナイフとピストルを忍ばせていた。SIG社の9ミリ口径なんて護身用なんかじゃなく、それなりに腕に自信があるのだろう。

「そんなんじゃねぇよ。ただルパンがお前を……、」

ああ、全く。面倒ったらありゃしねぇ。

「俺が悪者みたいになるのは御免だね」
「貴方は嫌がると思ったわ」
「ああ、嫌だよ」
「昨晩、貴方は帰ってこなかった。おかげで一晩中ルパンに説得されたのよ?俺がお前を守ってみせる、なんて言ってね。貴方がOKを出せば黙ってルパンに守られるそういえばようやく引き下がってくれたの」
「ほう。俺が嫌がるのを見越してそう言ったのか?」
「ええ。だって私のこと好きじゃないでしょう?」

ニヤリと挑発するように名前は笑った。その表情がウザったらしくてわざと長く息を吐く。

「ルパンと一緒にいるのが嫌なのか?」
「そういうわけじゃない。むしろ会えてよかったと思ってる。ただ、……そうね。やっぱり嫌なのかも。一晩二人きりでいてそう思った。ルパンが嫌いとか苦手だとかじゃないんだけどね」

言い訳をするように名前は目を伏せた。こんなにも話し込むのは初めてだ。

「まさか貴方の方が折れるなんてね」

ルパンと意見がぶつかった時折れるのは八割方俺の方な気がする。大抵不二子が絡んだ時なのだが。
その瞳の向こう側で何を考えているのだろうか。二人きりなら嫌。その間に俺という緩衝材があれば構いやしないのだろうか。
目の端で何かが光るのを見た。すぐさまマグナムを取り出せば、それは発火炎をあげた。
チッと舌打ちをして庇うように名前の身を引いて物陰に入る。
狙いは彼女だろうか。
背中に隠した名前をちらりと伺いみればピストルを取り出していた。応戦するつもりらしい。今の発砲音でルパンも気がついただろう。とはいえまだ動ける身体ではない。
名前の銃の腕前は知らないし、守ろうなんざ思わねぇがみすみす見殺しにもしたくはなかった。そもそも先日のルパンのお相手だってことも十分に考えられる。
建物の陰に隠れた敵を確認して撃つ。
まずは一人目。

「隠れてろ」

名前に言えば頷きはしなかったが抵抗もしなかった。ただピストルを握って敵を見つめている。それに満足した俺はまた同様に敵を睨む。
膠着状態が続く。敵は何人いるのだろうか。二人や三人なんてことはないだろう。銃撃戦では人数がものを言う。圧倒的に俺たちの方が不利だ。一斉に襲いかかってくるのも時間の問題だろう。
そう考えたところでやはり俺たちが隠れた場所に一斉射撃を食らう。抜け目なくバイクもその標的となる。
その射線の先を手早く撃ち抜いていく。
人数的には不利だが負ける気はしない。
俺がわざと名前の射線に入っているからか撃とうとはしなかった。これくらい一人で十分だ。
10分としないうちに敵を殲滅する。そこまで腕の立つ連中ではなかった。組織なら末端と言ったところだろう。
殲滅したことを今一度確認してから一人だけ残した生き残りに歩を進めた。

「どうして、次元大介が?」

ひぃと絶望を貼り付けたそいつと目を合わせるようにしゃがみこむ。この反応は久しいなと思わず笑みが零れた。
ここに俺がいることを知らなかった、とすればやはり名前を狙っていたことになる。

「私、断ったはずよ」

上から冷たい声が響く。

「知り合いか?」

指示を飛ばしていたからそれなりに立場のある人間なんだろうと思っていたが、名前には覚えのある人間だったらしい。

「ええ、ヤハル・ジェイコブス」

裏の世界じゃ知らぬものはいない暗殺者だ。

「お前さんも人気だね」

労うつもりもなかったが思わずそう口に出た。イタリアンマフィアに暗殺一家。それだけ名前の腕は確かだということ。

「ボスを見殺しにすると言うのか!?」
「……父を殺した男の命を救おうなんて馬鹿じゃないの」
「頼む!世界でボスを救えるのはお前しかいないんだ!ボスだって好きでアンタの親父を殺したんじゃない。依頼だったんだよ、仕方ないだろう?」

ダラダラと血を流した腕を懇願するように男は名前に伸ばした。まるで命乞いのようだと憐れむ。
ヤハル・ジェイコブス。また厄介な男を敵に回したものだ。

「なぁ、頼むよ!エイル!ボスを助けてくれ」

パァンと耳馴染みのある音が響いた。
脳天をぶち抜かれて男は事切れた。
驚いた。まさかにもなく殺してみせるとは。戸惑うことすらせずトリガーを引いたのだ。命を救う医者がこうも簡単に人を殺すなんて想像しなかった。いや、所詮は同じ裏の人間ってことか。

「……バイクも無くなっちまったし、とりあえず俺たちと来い」

共に戦線を切り抜けて仲間意識が芽生えてしまったのか、はたまた同情したのか自分でも知らずのうちにそう口にしていた。
振り返って見た名前の顔は酷く歪んでいた。悲しそうで辛そうで苦しそうで泣きそうな顔をしていた。ああこんな顔をして人を殺すのかと手を伸ばしそうになった。
もちろんそんなことはしない。ただポケットに手を突っ込んだ。

「ほら、行くぞ」

声をかければ渋々と名前は歩き出した。その背中を少しばかり見つめて後に続いた。




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