03

 『氷が炎の継子をとった』という噂は、鬼殺隊の中に瞬く間に広まった。


「継子ではなく、弟子なんだがなぁ」


 「細かい違いは伝わらんか」と甘味処の軒先で、好物だという大福を頬張りながら師範はカラカラ笑う。
 あの雪山での誘いに頷いたあと、師範となる露華殿は俺を蝶屋敷に運んだその足で産屋敷邸へ向かいお館様に報告したらしい。相談ではなく報告で済ませてしまうのは、柱歴5年という実績が成せる業か。それとも大人しそうな見かけによらず豪胆な性格の持ち主である師範ゆえか。…きっと後者だと思う俺は間違っていない。

 「体調が回復したら覚悟しておけよ」と言い残すと、すぐさま別の任務へと向かわれたのがひと月ほど前のこと。機能回復訓練も終了し、現場復帰の許可が下りたその日に師範は蝶屋敷に訪れ、半ば拉致られるように任務に同行するようになったのはつい3日前からのことだ。

 たった3日。されど3日。
 柱である師範の職務範囲は自分の想像以上に広く、それでいて危険性も群を抜いていた。


 まず巡回中に斬り伏せる鬼の数が異常だ。
 師範がおもむろに「こっちにいるな」と呟き、足を向けた先には必ず鬼がいた。鼻が利くのか、長年の勘か。どちらにせよその遭遇率たるやない。

 また師範の鎹烏もよく動く。
 師範がどこに居ようとも必ず追いついて伝令を持ってくるのだ。それも一夜に何件も。

 普段からこんな数を熟していたのか問うた俺に師範は「これでも減った方だ」と平然と言う。
 なんでも後輩指導に重きを置きたいと申し出、業務量の配慮も願い出たらしい。それでこの量なのだから、弟子をとる以前に行っていたであろう量を思うと戦慄を覚えた。
 そして師範は走る。全集中の呼吸を使っているとはいえ、西から東に移動しても一糸乱れぬ息遣いには感服した。おまけに戯れるように鬼を狩るのだから、師範の体力は無尽蔵ではないかと勘違いしそうにもなる。


「杏寿郎、このあと時間はあるか?」


 ある程度仕事の片を付けると、次にあるのは稽古である。
 有難い誘いを断る理由なんてない俺は「はい!」と大きく返事を返し、最後の団子を頬張った。





「遅い! 攻撃を弾かれた程度で足を止めるな。動き続けろ!」
「はい!」


 師範の邸は少しばかり里から離れた場所にある。
 氷庵と名付けられたその場所に住むのは師範の他に、身の回りの世話をする高齢の女性―キヱ殿―だけ。
 なんでも姥捨て山といわれていた山で家族に捨てられたキヱ殿を巡回中に発見した師範が保護し、そのまま連れ帰ったのが2人の縁の始まりらしい。


「夜の仕事もありますから、ほどほどになさってくださいねぇ」


 朗らかに笑う優しいその人を捨てるなど酷い家族もいたものだと憤ったものの、その家族はキヱ殿を捨てた帰り道に鬼に襲われていたという。亡くなった人には悪いが、これも因果応報というものだろう。


「ぬおぉぉぉおぉぉぉお!!」
「脇が甘い!」
「ぁガ!?」
「あらあら」


 キヱ殿の生暖かい眼差しに見守られながら、俺は何度目か分からない青空を拝んだ。