02

「有難いお話ですが、俺は炎の呼吸を使う者。氷柱の継子にはなれません!」


 「申し訳ございません!」とそのまま雪に頭を突っ込み土下座する。
 現役の柱である露華殿の下につけば学べることも多いだろう。けれど自分が使うのは炎の呼吸だ。幼い頃から鍛錬を積み、身体に馴染んでいる呼吸法を変えることは出来ない。たとえ変えられたとしても、それは己の矜持に反するものだ。

 ゆえの断りだったのだが、氷柱は「ブふ…ッ!」と噴き出すと辛抱たまらんと言いたげに大きな声で笑った。


「お前を私の継子にしようなんて、はなから思ってないさ!」
「…え…」
「真っすぐというか、早合点というか…青いなぁ杏寿郎」


 ヒーヒーと唸り声をあげ、腹を抱えるその豪快な笑いっぷりに自分の顔に熱が集まる。
 「申し訳ございません!」と再度謝れば、氷柱は「危うく呼吸が止まるかと思った」と目じりに溜まった涙を拭った。


「私がお前に学んでほしいのは、柱のことだ」


 鬼殺隊には、剣士を支える存在として現在8名の柱が君臨している。
 そして中でも呼吸の基本である水・雷・岩・風・炎はどの代でも必ず入っており、以前は父上も柱としてその任にいた。しかしある日を境に全てに対して無気力になってしまった父は刀を置き、床についたまま。今では稽古をつけてくれることもない。


「今のお前に足らないものは、実践経験とそれに伴う学びだ」


 稽古不足は大前提だがな、と厳しい前置きの後に続く言葉をそのまま受け止めた。まさにその通りだったし、それを否定するほど自惚れてもいない。


「杏寿朗、お前は強くならねばならん。それが煉獄の家に生まれた宿命だろう」
「…承知しています…」


 氷柱の言うことは最もだと思う。
 現在柱が8名なのは突然現役を退いた炎柱の不在が原因にあり、それを埋める実力を持った甲がいないことも理由にあった。だから自分が目指すべき場所は柱であり、自分はそこに到達しなければならない。

 だが−…。


「今のお前に柱は程遠いな」
「…っ…」


 此度の任務で実感した。柱になるには目も眩むほど遠い道のりがあり、越えられない溝がある。
 果たして自分にその道を歩み続けるための精神があるのか。指導者のいない自分に、底の見えぬ溝を越える力を身に付けることが出来るのか。考えれば考えるほど出てくる答えはー…。


「だが、お前は必ず柱になる」


 自分の中にあった諦めに近い答えを、その人は清々しく否定した。


「そのための、私だ」
「氷柱様…」
「私がお前の標になってやろう」


 「だからもう一度言うぞ」と笑ったその人は、俺の頭に優しく手を乗せて言う。


「私の下で学べ、杏寿郎」


 冷え固まった髪を撫でる彼女の手は少し冷たい。
 けれどその手は幾度も死闘を潜り抜けてきた強く硬い、剣士の手をしていた…。