02

 次に紡が瞼を開けたとき、いの一番に見えたのは木の天井だった。
 長いこと眠っていたのだろうか。瞼が重く引っ付いて中々焦点が定まらない。何度か瞬きを繰り返し、自身の指で目を擦ったとき漸く違和感に気が付いた。


「(…病院じゃない)」


 紡に残る最後の記憶は、凄まじい土砂に飲み込まれたところだ。
 目の前が土色に染まり、骨が軋むほどの衝撃と痛みで意識を飛ばしたのは確かである。あれだけの事故だったのにも関わらず痛みはおろか傷1つない身体的状況に、先ほどの出来事が全てが悪い夢であったかのようだ。


 しかしゆっくり身を起こしたところで、紡の感じていた違和感は益々濃く明確なものとなる。

 まずは衣服。
 普段から愛用し、事故に遭う瞬間まで着ていたスクラブと白衣ではなく、白地に紺の藤が描かれた上品な浴衣に変わっていた。生憎だが紡には寝間着代わりに浴衣を着る習慣はない。よくてスウェット、最悪スクラブが通常だ。

 次に紡が寝ていた場所。
 若い畳が敷き詰められた広さ十畳ほどの和室は、病院とは似ても似つかない日本家屋の一室だった。障子戸は閉じられているため外を窺い知ることは出来ないが、きっと紡が想像する通りの庭園が広がっていることだろう。

 そして最後に…。


「(身体が、若返っているような…)」


 浴衣の隙間から見える肌の張り具合。タコ1つない白く細い指。仕事の邪魔になるからと短く切っていたはずの髪すら鎖骨下まで伸びている。

 1つ1つを辿り、まるで高校生のころに戻ったようだといよいよ頭が混乱してきた時。
 閉ざされていた障子戸が薄く開いた。


「良かった…。お目覚めになられましたね」


 戸口から姿を見せたのは、白い髪が印象的な綺麗な女性だった。
 藤色の着物という井出達と落ち着いた雰囲気から老舗旅館の女将のようにも見える。
 もの静かな雰囲気を纏う女性は身体を起こしている紡を見ると安心したように息を付き、ややつり上がった目を僅かに細めた。


「あの…」
「まずはお身体を拭いて、食事にしましょう。お話は、それから」


 聞きたいことは山ほどある。けれど焦る必要はないと言いたげな言葉に紡は黙って頷いた。
 差し出されたお茶は程よい温度で、飲めば飲むほど身体に染み渡っていく。そんな感覚に自分はどれほど眠っていたのかと疑問に思うものの、その答えもあとで聞けるのだろうと言葉にはしなかった。

 それから温かい手ぬぐいで身体を拭い、寝間着代わりの浴衣から着物へと着替える。
 慣れない締め付け感に四苦八苦しながら、いつの間にか用意されていた膳に乗る玉子雑炊を半分ほど食べたところで限界を訴えた箸を置いた。


「もうよろしいのですか?」
「胃が小さくなってしまったようで…申し訳ありません」