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念願だった下着類一式、洋服類一式。足りてなかった日用品を含め予想よりも大荷物になってしまったが大収穫である。
言葉通りマルコさんはすべての買い物を支払ってくれた。私も途中からは遠慮を殴り捨て、今となっては本当に必要だったかわからないものまで買わせてしまった。もちろん罪悪感はある。後悔はしていない。
久しぶりの買い物日和にかなりご機嫌になるくらいには女の子らしさを捨てていなかったらしい。鼻歌でも歌いたくなるくらいだが、このあと観光に回るにしろ荷物が邪魔になるということで、ひとまずこの大荷物を預けにいったん船に戻ってきた。
するとそこには4番隊を主軸として手の空いた隊が荷役に走り回っており、見つかるやいなや(マルコさんが)人手として駆り出されてしまった。
私もなにかお手伝いしようと指示待ちしていたのだが、重量物の取り扱いなんて到底無理であるし、なんなら彼らの方がそれはよくわかっている。柔らかな言葉で戦力外通告を言い渡された。
「……どうしましょうね」
荷役は力仕事以外必要ない。かといって、部屋でのんびりベッドに寝転びながら待つなんてこともできず。
手持ち無沙汰に手すりにもたれかかりながらなんとなく辺りを見渡していれば、エースを見つけた。目が合えば片手を上げて近寄ってくる。要領よくサボっているらしい。
「なーなまえは街でなんか食ったか?」
「ひとまず日用品を買っただけだからお昼はまだだよ」
「じゃあこれが終わったら食おうぜ。おれ肉食いてェんだよな」
「そうねえ、私もお腹すいたし。マルコさんにお願いしてみたら?」
そこで一旦区切り、にっこり。これ以上ないほどの笑顔を浮かべて再び言葉を放つ。
「エースから、自分の口で」
思惑が外れたと盛大な舌打ちが返ってくる。
「マルコの金だろ!? なまえから言ってくれたっていいじゃねェか、ケチ!」
私が一切のお金を出していないことなんて、末っ子のエースですらわかっていたことだったらしい。反論すら紡ぐ気力も湧かず、荷物と共に私がもらったお金は置いてきた。いつまでもカモがネギを背負う理由はない。私の手元にあるのはたったの500ベリー、せいぜいジュースとなにかひとつ食べ物が買える程度である。
「なー頼んでくれよ。おれ金ねェんだよ」
「前の島で買い物にもらったお金を食事代だけで使い果たしたからでしょう? しかも食い逃げが捕まって」
「しかたねェだろ。ガキが殴られて見て見ぬふりするほど落ちぶれちゃいねェ」
聞いた話によると。エースは以前に降りた有人島でいつも通り食い逃げに成功した。エースを捕らえることができなかったオーナーはその落とし前として、その日給士していた日雇いの子どもに折檻という名の暴力を振るったらしい。胸糞悪いがこの世界では珍しくもない。
けれど、それを見てしまったエースは末っ子だが長男気質。放っておけるわけもなく、食べた金額の倍以上を支払うことで見逃せとオーナーに直談判。食い逃げ犯と言えど海賊。しかも名のある海賊団で億超えの賞金首ともなれば答えは『はい』か『イエス』しかないのである。そんなこんなで迎えた大団円だが、そうは問屋が卸さない。
ぶちギレたのはサッチさんである。今回はそのときの罰としてエースにお金は出ないことになったらしい。
マルコさんは「食い逃げをするな、むやみに力を振りかざすな、脅すな……なんてことは言わねェよい。なんせ、おれたちはお尋ねモンだからねい。だが、やるなら上手くやれ。仁義を重んじる白ひげ海賊団なら」とぼやいていた。
白ひげクルーのことを自分なりに理解しようとがんばってる私がその言葉を噛み砕くのであれば、今回のは食い逃げをしたことによる罰なのではなく、物事を上手く躱せなかったことによる罰だということ。──── そもそも、食い逃げをするなという正論を言う人間はいない。私以外には。
「私はなにも手助けしないわよ、お宅が決めたことでしょうに」
「おれが餓死してもいいってか。冷たいねェ」
「2日食べなくたって早々死にゃしないわよ」
水さえあれば人間、1週間は生きられるのだから。
冷ややかに告げれば、エースは「おれに死ねって!?」と泣いているフリをしたので、容赦なく笑っておいた。鼻で。
◇
「へェ。水水肉かい。珍しいモンを置いてやがる」
さて。
荷役作業は昼時より一刻ほど過ぎてしまったものの、マルコさんと(渋々ではあったが)エース、それに海に出ていた他の隊長さんも合流して助っ人してくれたこともあり意外にスムーズに終えられた。
会ったことのなかった隊長たちにあらためて自己紹介したあとはマルコさんの指示の元、伝票や出入庫の記録管理など微力ながら書類仕事も手伝えたし私としては大満足に終わる結果となった。
仕分け終えたサッチさんから終了の合図を聞き届け、いい加減腹が減ったとマルコさんとふたり。意気揚々と再び街に降りてきたところである。
ちなみにエースに関してマルコさんが奢るわけもなく、一切の躊躇なく蹴りを入れていた。
まあ、荷役作業を手伝ったからとその顔面にお金を投げ捨てていたので、長男の甘さたるや。何も言わなかったけれど微笑ましい目で見ていたのは私だけではないと言っておこう。
──── 大通りはあいかわらず混んでいる。むしろおやつどきという時間帯もあってか、左右に並んだ店からは活気ある声が飛び交っている。
そんな中、マルコさんがさきほど呟いた言葉に顔を上げた。
「水水肉?」
マルコさんの視線の先にはひとつの露店があり、年若い店主が私達の呟きに気付いて声を上げる。
「どうだい、水の都直送の水水肉だよ」
水水肉、という名だけあって、店主の持つ骨付き肉からはなぜかちゃぷちゃぷと水音が鳴っている。肉なのに。目をまたたかせれば店主が試食用の一口サイズに切られたものを目の前に差し出してくる。
おそるおそる爪楊枝に刺さったものを食べれば────
「……えっ美味しい」
高級な肉でさえここまで蕩けない。圧力鍋で柔らかくしたとかではない、別次元の感触。黒胡椒がよく合っている。目を見開く私に、店主は闊達に笑って見せた。
「貿易の拡大か。上手くいってるみたいだねィ」
そんな世間話とともにマルコさんはかなりの数の水水肉を買い上げた。オヤジも喜ぶ、と嬉しそうにしていたので白ひげさんの好物なのだろう。
「ああ。アクア・ラグナで半壊したと聞いたが、さすが水の都だ。復興もはやい」
そのうちのひとつをマルコさんからもらって小さくかぶりつく。その美味しさに感動している私を横目に店主は淡々と梱包していく。
「ルーキーも中々派手にやってるよい。まさかエニエス・ロビーを壊滅させるたァな」
「勘弁してほしいもんだが……ま、兄ちゃんに言ってもしかたあるめェよ」
大袋を受け取ったマルコさんは緩やかな笑みを浮かべるだけだ。「だが、ほどほどにしてくれや」という店主の言葉に、「さァな」と一言だけ返す。
「
「他人事みてェに言いやがる」
「縄張りとウチに手さえ出さなきゃ、他人事で済ませられる」
わかりやすく店主は苦虫を噛み潰したような顔つきになり、私はそっと彼の袖を引く。会話に参加できるほど何かを知っているわけではない私は、不穏な空気にマルコさんを見つめることくらいしかできないのだけれど。私の視線を受けた二人が咳払いを零して、気まずい空気が霧散した。マルコさんの雰囲気もどことなく穏やかに戻った気がする。
「っと、わりィなデート中に。楽しんでってくれや、嬢ちゃん。夜には
「……明日送り、ですか?」
小首を傾げる私に店主が1枚の紙と共に教えてくれたのは、ヤズタウンで開催されるお祭りだった。
どうやら一年に一度、満月の夜に海辺で集まり手作りのキャンドルを紙袋で包んだあと、夜空に飛ばして無病息災を願うイベントが今夜から三日間開催されるらしい。子どもたち限定として、それぞれの願い事を書いた別紙を入れて飛ばすこともあるそうだ。
私の世界で言うところのランタン祭りに七夕がくっついたようなお祭りで間違いない。機会があればぜひ参加してくれと短冊を渡してくれた。
そんな陽気な店主と別れたあと、ふと夜の予定が気になって尋ねる。
「マルコさんたちは夜、どうするの?」
「おれたちはそういう願掛けは興味ねェからな……適当に店なり船なり、飲み食いでもやってんだろ」
なんともまあ、予想していた答えだ。たしかに海賊が神様に向けてお願いごとなんてかわいらしいこと、するはずもない。欲しいものは奪う、それが海賊なのだから。
もらった短冊を風に揺らしながら苦笑いを返した。
(願い事ねえ)
こんなことになった元凶に『おうちに返してください』なんて願えとでも言うのか。いや、むしろ元凶だからこそ願うべきなのか。
「さすがに、神様死ねって書いたら罰当たりかしら」
「……そりゃまた、ずいぶんな。オヤジが聞いたら怒りそうだ」
「あら、白ひげさんは信心深くいらっしゃるの?」
意外な事実に瞠目した。どこぞの哲学者みたく神は死んだなどとは言わずとも、彼らはなんとなくそういった存在を信じていないと思っていたが。
「おまえだって信じてないわけじゃないだろうに」
「私たちはそうでしょうけど」
超常的なものに実際遭遇した身としては、信じないとはとても言えない。異世界に渡れるのであれば幽霊だって神だっているだろう。こんなこと経験する前はれっきとしたリアリストだったが。まったくもって懐かしい。
「オヤジの酔っ払ったときの口癖は、“おまえたちは神を信じるか?”だよい」
「あらあら、まあ。じゃあ私はそれにたいして、“殴りたいくらいには”と返したいわね」
「まったくもって、同義だ」