「ハッピーハロ…………どういう組み合わせ?」
「監督生! ……うわ!?」
森を出て少し。メインストリートの校門近くには見慣れた先輩と友人のひとりがスケルトンの格好をして待ち構えていた。お客さんを接客した後に続く保たれていた笑顔はしかし、自分を……正確には自分の隣にいる存在を見た瞬間、崩れ去っていく。ケイト先輩だけは面白そうに口角は弛んでいるが。
「……スタンプを押しながらその……迷子を、届けてる……最中でして」
「え、スタンプラリーしながら? 迷子? よくわかんないけど、なんにしたって珍しいよねぇ」
「……ぅ、その、監督生は大丈夫か?」
小声で自分の耳にだけ届くように尋ねられたデュースの言葉に曖昧な笑みだけ返した。何が大丈夫なのかは両者とも言葉にしない。なんせ隣には大魔王がいるのだから、デュースとて例え友人の危機だとしても身代わりに絞められたくはないのである。エースなら爆笑しながら素通りするだろうし、心配の言葉をもらえるだけ有難いというもの。
スケルトンに喜びはしゃぐ子どもがフロイド先輩の肩から落ちないように支えていると、ケイト先輩が不敵な笑みと共になにかを閃いたらしく愛用のスマホを取り出した。
「……まさか」
「記念に一枚いっとこ!」
だと思った! スマホを取り出した時点でわかってた!
機嫌のいいフロイド先輩は断ることもなく、後輩たちは先輩の言うことを断れるわけもなく。シャッター音を切って撮った一枚には、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべる三人と、引き攣った笑みを浮かべる二人とで別れたのであった。
──── #ハロウィーン #珍しい組み合わせ #迷子 #皆も迷子に気をつけて #NRC
「! ねえ、ぼくあれ食べたい!」
逸れる可能性があるほどの人混みを極力避けて行き着いた先は甘い匂いがそこら中に漂っている場所、購買部だった。飴玉なんてとっくに食べ終えた子どもは周りの人たちが食べている限定ワッフルに釘付けである。
その声を聞いたフロイド先輩はいかにも近付きたくない、という不満げな声を漏らす。それもそうで、某テーマパークを思い出すような人混みと行列だ。確かにあれには近付きたくない。ましてフロイド先輩が律儀に並べるとも思えない。これは自分が買いに行くしかないかなと溜息を吐き出したとき、ひとりの男子生徒がひょっこり顔を出してきた。
「お、ハッピーハロウィーン! フロイド、監督生!」
「ラッコちゃんじゃん、ハッピーハロウィーン」
「ハッピーハロウィーンです」
狼の衣装に身を包んだカリム先輩は陽気な笑顔のまま、そばにいた子どもを見ると可愛らしく“がおー”と狼の真似をして見せた。けれど中々ワッフルを買ってくれない自分たちに不貞腐れていた子どもはカリム先輩を見てもへしょげた口のままである。
「あれ、楽しくないかー? ほら、ハッピーハロウィーン!」
「……ぼくワッフル食べたいもん」
「ワッフル?」
カリム先輩はその言葉に購買部に目を向けた。比較的女性客が多い購買部にはサムさんが上機嫌にドリンクとナイトレイブンカレッジ限定のワッフルを次から次に販売していた。
「……やっぱりあれに並ぶのは……はあ……」
「あぁ! なんだ、そういうことか! よし、ちょっと待ってろ!」
そう言うや否や、カリム先輩はスタッフオンリーと書かれた裏口から購買部に入りレジ横に立ったと思えば、生徒だけに配られる金券を箱に一枚入れて、無断でショーケースからワッフルを取り出し、そのまま裏口から出た足で子どもに差し出した。
「……え゙っ」
「スカラビアは購買部がスタンプラリー会場だろ? だからスタンプ係は並ばずに金券を出せば貰ってもいいってことになってるんだ!」
「なにそれ、ずっりィ。アズールもやってくんねぇかな」
今すぐスカラビアに転寮したい。
フロイド先輩と共に少し膨れながら、上機嫌になった子どもから一口だけ与えられるワッフルを味わって咀嚼するのだった。うーん、甘くてホカホカで美味しい。
その後、イグニハイド寮は怖いと早々に退出し、鏡の間でも見るものはあまりないからとスタンプだけ押してもらって早々に退出した。(ちなみにちゃっかりヴィル先輩との写真は撮った)
「ベタちゃん先輩のこと好きなわけー?」
「べた……?」
「ヴィル先輩のファンなの?」
「ううん、でもママが好きなんだ」
とは言うものの、間近でヴィル先輩の顔のよさにやられたのか、子どもは大事そうに写真を見返している。たしかにヴィル先輩の顔面偏差値を見たらなあ……年端も行かぬ子どもでさえファンに落とすヴィル先輩の恐ろしさたるや。というよりポムフィオーレの顔面偏差値の良さ。
「……ちゃんとママに教えてあげられる? あの人と会って写真撮ったよって」
「おしえられるよ!」
「お、じゃああの人のお名前、ちゃんと覚えてる?」
「ヴィルさん!」
自信満々げに答えを出す子どもを少し大袈裟に褒めて、次なる言葉をかける。
「お! 偉いねえ。ならママのお名前は言えるかな?」
「……? 言えるよ?」
どうしてそんなこと聞くのと言わんばかりの表情で答えてくれた母親の名前と、ついで父親の名前。内心ガッツポーズしながらフロイド先輩と目を合わせる。
「小魚ちゃんは誰と来たわけー?」
「ママ!」
「ママかー! ならママにちゃーんとお写真見せてあげなきゃね」
「うん!」
そうしてフロイド先輩の意外な手助けにより、スタンプラリーを経たことでようやく呼び出すべき子どもの親の名前を入手できたのである。
……意外とフロイド先輩って子どもの扱い上手いんだよな。
七つのスタンプがちゃっかり押された台紙を握りしめて、迷子放送を呼びかけること十五分。息を切らせた母親の元に、学園長とフロイド先輩と共に子どもを無事に返し終えた頃には、十六時前という時間になっていた。三、四時間は子どもと一緒だったらしい。長いような、短いような。学園長からお褒めの言葉を頂いて、少しオレンジがかる空の元、ずっと子どもを肩車していたフロイド先輩は体を精一杯伸ばしている。
「……あの、フロイド先輩。ありがとうございました」
「は? なにがー?」
自販機で買っておいた飲み物を手渡して、少し言い辛いお礼を首裏を掻きながら伝える。
「う……。じつは、あんまり子どもの相手って慣れなくて。だからフロイド先輩が居てくれて……その、意外と助かりました。フロイド先輩、意外と子どもの扱い上手いし」
「締めていい?」
カシュ、とプルタブを開けたフロイド先輩は一気に中の液体を飲み干していく。 中庭のベンチに自分たち以外の人気はなく、遠くの喧騒が微かに聞こえてくる程度だった。
「……ま、オレも楽しかったしいーよ。最後は小エビちゃんも扱い上手かったしー?」
「そう、……ですかね……?」
ほとんどフロイド先輩に任せっきりだったように思えるけれど。内心首を傾げて、少し苦戦したプルタブを開けて炭酸飲料を喉奥に流し込む。会話の接ぎ穂が失われたとき、隣でフロイド先輩が立ち上がった。既に空になった空き缶を片手に持つフロイド先輩は口角を緩く上げながら、その大きな手のひらを自分に伸ばして、少し目にかかる前髪をくしゃりと潰すように撫でる。
「な、にするんですかっ」
「小エビちゃんとの子どもってあんな感じなのかなァ。あはっ、人魚と人間の子ども? ちょっといーかも」
「…………は?」
「じゃーね、小エビちゃん」
………………は?
しゅわしゅわと少しずつ酸の抜ける炭酸を握りしめて、ひとりベンチにいつまでも座り込む自分を見つけたのは、激怒しているグリムと、疲労困憊なエースと、しきりに心配の声をかけてくれるデュースだった。
「……人間と人魚の子ども……半魚人……?」
「は?」
「……崖の上の……? ……それともアーカム……?」
「監督生が壊れたんだゾ」