後日談
ケーキにフォークを入れながら、わたしは笑う。
大佐さんが「あの感動の別れはなんだったのかね」と苦笑して、ジャンが「お前きったない鼻水垂らしながら泣いてたんだぞ」とわたしの頭をぐしぐしと乱暴に撫でて、エドワードから「あっ、少尉だって肩震えてたじゃねーか」と突っ込まれ、そのエドワードも横からアルフォンスに「でも兄さんも“ふざけんな!俺は忘れねぇぞ!”って叫んでたよね」と告げ口されて、そのアルフォンスだってリザさんに「あら、それはアルフォンス君じゃなかったかしら」とさらりと言われてしまう。わたし達は一瞬顔を見合わせてから、また声を噛み殺すように笑う。
「それで、何故こちらへ帰って来られたのかね?来るなら来ると一言連絡を入れてくれたって良かったんではないのか?」
大佐さんの言葉にジャンがこれでもかというほど頷く。
「それは―…」
最後の日の少し前、わたしは寮で自分の荷物を片付けながら、迷っていた。
なんとか卒業できる事が決まったけれど、わたしはこの先、どう生きていこうか物凄く悩んでいた。
ルーン文字マニアのハンスは、卒業後は予定通りルーン文字の起源を巡る旅に出ると言っていた。レイブンクローのアンジェラは、卒業後は魔法省でなんとかって部の秘書をするって言っていた。クィディッチのシーカーは、地方のクィディッチチームのコーチとして呼ばれているし、マグル生まれのダニエルはマグルの大学へ進学するって言ってたし、ジョセフはとりあえずパブで働くって言ってた。
驚いた。みんな、わたしが追試とレポートでわたわたとしている間に、すっかりきっかり進路を決めて、見つけていたではないか!
希望者に限り、マグルの大学へ進むとか、マグルの会社に就職するという人にだけ、学校が特別に卒業証明書をくれる。
それは、イギリスのハイスクールを卒業しました、という偽の資格だ。偽って言っちゃウソ臭いけど、マグルのお偉いさんと魔法省の間でそういう取引になっているんだから仕方が無いし、マグル生まれの生徒にとってはかなり重宝するアイテムだ。わたしもとりあえずその資格証書を書いてもらったけれど、これからどうするかはさっぱりだ。まずい、本当にさっぱりだ。
こっちの学校が秋に終わるとして、日本は春に始まる。
とりあえず日本へ帰って、なんかの専門学校にでも入ろうかな。もしくはフリーター?それとも今更塾とか予備校とか通って、センター試験を受けて、大学生?それで適当に就職して、適当にOLやって、適当に結婚、か?
……ホグワーツで学んだことなんてさっぱり生かされない。ああ、なんてさみしいんだろう。
はぁ、と重たい溜息を漏らしていたわたしの前に、ダンブルドアが現れた。
学校で姿現しは禁止されてたんじゃないんですか!?と驚くわたしに、おっとそうだったそうだった、とワザとらしく笑って見せるダンブルドアに、わたしはこの人相手じゃ仕方ないっかと笑った。
「お前さん、この先まだ何も決まっておらんのだろう」
「えっ、ええ、まあ…」
「それは好都合」
そしてダンブルドアは話し始めた。
実は今回の事件を受けてな、魔法省の人間が“軽く”アメストリスを調査したのじゃ。
するとどうも過去に持ち込まれた魔法生物が野生化して、あの世界の中で生きておる。ほら、あの金髪の軍人に使ったマンドレイクが良い例じゃ。それにどうやらあの世界に流れ込んだ魔法使いは、アーサーだけではないようでな。まだ別ルートで潜り込んだやつがおるらしい。それで、魔法省は新たに“魔法歴史調査部所属”という部署を作ったのだが、いかんせん誰も入りたがらない。何故だと?それは入れば必ず“単身赴任”が決まっておるからじゃ。どうだ、わしもマグルの用語にはなかなか詳しいじゃろう。ほほ、マグルの新聞や週刊誌だって読んだことがあるぞ。おっと、話が逸れてしまったな。
それにお堅い役人連中は、“そんな得体の知れない世界になど行きたくない!”といっておる。
それから、あの世界で魔法を使うには特別な訓練も必要になる。
────もうわしが何を言いたいのか分かっておるな?
なに?皆が自分のことを忘れてしまったのを見るのは悲しい?
全く、お前さんはどこまでも我侭じゃな。法律の大半はわしが書いたものだぞ?それに、彼らからお前さんを引き剥がしたのは、魔法省の連中ではなく、このわしだ。魔法省の連中ならば時間を巻き戻し、彼らには念入りに忘却術を掛けて仕舞いだが、どうもわしはお前さんのようにうっかり者らしい。彼らに忘却術を掛けるのを“うっかり”忘れてしまったようだ。なんだ、時間が巻き戻ってしまったんだし、そもそも自分に出会わない時点に戻るのだから、忘却術なんて意味がない?まあったく、お前さん、こんな時ばかりは知恵が働くようじゃな。
記憶が脳に宿るというのは、マグルの考えじゃ。記憶は脳ではない。心に宿る。…そう、心。一番大切な場所じゃ。第一、マグルの連中は時間を巻き戻して記憶が残っているか実験したことなんてないじゃろう?記憶は時間によって形になるものじゃない。心だ。彼らがもしも、お前さんを「忘れたくない」と思うのならば、心に残るお前さんの記憶が、彼らに全てを教えるだろう。
時間が巻き戻っていても、無の世界になっていても、心は変わらない。
丁度お前さんが、財産を全て失った世界にあっても、お前さん自身であったようにな。
世界は実は、ちょっとだけ都合よくできておるのじゃ。