最終話


やがて、最後の夜がやってきた。

大広間の天井の夜空は、今日は一段と美しい。いつまでも眺めていたくなるような、深い青色の空が広がり、無数の星が輝き、時折流れ星が流れる。大きな月に照らし出された雲が、青にも紫にもピンクにも見えるほど明るく、そのすぐ下を数え切れないほどの蝋燭が照らしている。本当に、すばらしい夜空。入学式で、夜空を見上げて思わず感嘆の溜息を漏らしたあの夜から、わたし達をずっと見守ってきてくれた、夜空。


だけど大広間に垂れ下がる寮の旗は、レイブンクローのブルーだ。
大広間を、そしてこの一年を制したレイブンクローの生徒は自分達の寮の勝利に頬を輝かせる。そして、ぶっちぎり最下位をキープしたグリフィンドールのわたし達は、心底がっかりしながら、最後の夜だというのに、あまり気分が盛り上がらない。本当ならここで勝利の拳を掲げ、一年の終わりと、そして卒業に盛り上がるというのに、ただ悲しいだけ。目の前のテーブルに並んだ、暖かなご馳走もちょっと悲しい。はぁ、と一つ溜息を漏らしたとき、後頭部にくしゃくしゃに丸められた紙をぶつけられる。拾って開いてみると、わたしと思わしき王冠をつけた女の子が、ミスコンの女王のようにタスキを掛けて笑っている。そのタスキには「偉大なる失点女王」と書かれている。いっそ清清しいほどだわ。


ああ、これもあれもそれもみんなわたしのせいなんだ…。


期末試験の追試や、レポート提出はなんとかなった。
本当に、ギリギリでなんとかなった。マクゴナガル先生が「どれも筆跡が違うようですが、あなたはアルファベットが第一言語ではありませんからね。恐らく、きっと、時々違う書き方をするのでしょう」とちょっと笑って、筆跡が違う、山のように溜まったレポートを受け取ってくれた。あの時は物陰に隠れて固唾を呑んでいた仲間達でわっと先生を取り囲んだものだ。わたし一人じゃ留年は確実だったし、卒業なんてとんでもなかった。
なのに、入学してから卒業するまで、わたしはみんなの足を引っ張ってしまった。ただそれが申し訳なくて、悔しい。

「ミスロストポイント!グリフィンドールの起死回生ならなかったな!」
「あんたの寮が2位なのだって、あんたのお陰じゃないでしょ!知ってるのよ、あんたが一度実験の最中に焦げた豚みたいになったこと!」
「アンジェラ、それじゃあ豚に失礼よ!」
「なんだと、この!!お望み通り豚にしてやろうか!?」
「あらあなたもう魔法に掛かってるの?お鼻がまるで豚さんよ」

スリザリン生と隣に座っていた友達とが大声で喧嘩を始めようとした時、ダンブルドアが手を打った。タンタンッ、と叩かれただけなのに、その音はこれだけ広くて、これだけ五月蝿く、これだけ賑やかな大広間の生徒みんなの耳へと飛込み、ぴたっと静かになる。校長先生の最後の言葉だ。一年の話を先生がする。

それを聞けば、あんなこともあった、こんなこともあった、とみんなが思い出して笑う。呆れる。苦笑する。大好きなホグワーツ。ムカつくやつも、良いやつも、怒りっぽいやつも、笑い上戸も、いろんな子がいる。色んな世界から来た色んな生徒がいる。


そんな、わたしたちの家。




「それでは、寮の発表をしようかの。だがわしは無精者でな。ある事を勘定するのを忘れておった」


「ミスロストポイント、立ちなさい」


は、はい!と、急にこんな大勢の前で名前を呼ばれ、ぎょっとして立ち上がるわたしに、全生徒の、全先生の、全ゴーストの、全絵画の視線が集中する。しかも「Ms Lost Point」と名前を呼ばれて馬鹿正直に立ち上がったわたしに笑いの声まで起こる。は、恥ずかしい!!しかも失点女だと自覚している自分が更に恥ずかしい!!隣でグリフィンドールの仲間たちが「あーあ、お人よしめ」と苦笑する。もう居たたまれなくて顔を真っ赤にするわたしに、ダンブルドアが微笑む。


「彼女は、このわしが届けた入学案内の手紙を、いかがわしい勧誘だと思って破り捨てた」


爆笑が起こる。


「しかも、その後何十何百というフクロウを送ったというのに、手紙もろくに読まず、マグルのマスコミと一緒に、フクロウの異常発生の怪奇現象だ、とぽかーんとしておった。わしも長年ホグワーツの校長をしておるが、マグルの新聞の三面記事のネタにされたのは初めての経験じゃった。テレビとかいうもんの取材までされてしまった。お陰で魔法省の役人から、まるで君たち学生のように注意までされてしまった。全く初めての事じゃ」

また爆笑が起こる。ああ、顔から火が出そう。


「それから、彼女は1年生の時は留年しておる。1年生の留年もこれまた珍しいことじゃ。しかし、彼女にとってのスタートは、0ではなくマイナスだった。このグリフィンドールという勇猛果敢な寮の生徒で良いのかとわしも正直心配もした。それでも夢子はこの学校に残るために、必死で努力した。そして先日、彼女は偉大なことをした。それまで1位を爆走しておったグリフィンドールを、たった一人で、たった2ヶ月で最下位まで引きずり落としたのじゃ」


ああ、もう、公開処刑ですか。
大爆笑と「流石だ!ミスロストポイント!愛してるよ!」なんて野次に赤面する。
ダンブルドアめ、手紙をエロい業者からの勧誘かと思って破り捨てたりした事をまだ根に持っていたのか!
その時、またダンブルドアの声が高らかに、そして誇らしげに響いた。



「そして、夢子はひとつの世界を救った。だからわしは彼女に、100点をやりたいと思う」


えっ
真っ赤になって顔を両手で覆って、湧き上がる笑いや失笑に堪えていたわたしは、ダンブルドアの言葉に驚いて顔を上げた。ダンブルドアは微笑み、自分の宝石の埋め込まれたゴブレットを掲げる。そして爆発するような拍手と歓声が沸き起こった。寮の仲間たちが立ち上がって、わたしを揉みくちゃにし、鳴り止まない拍手が大広間中を駆け巡る。わたしは友達に抱きついて声を上げる。レイブンクローのテーブルから「ハッフルパフに並んだぞ!」と声が上がる。慌てて各寮のポイントが掲げられたボードをみれば、確かに、今、グリフィンドールはハッフルパフと同着3位!最下位じゃない!少なくとも最下位じゃない!!やったー!とはしゃぐわたし達に、ダンブルドアが手を叩き、まだ興奮の抑えられないわたし達は、息も荒く、高鳴る胸と、紅潮する頬でダンブルドアを見つめる。


「そして、彼女を二回目の留年から救ったグリフィンドール生の友情に、80点」


息ができなくなったかと思った!
わたし達は一斉にボードを見上げる!ボードはカラカラと数字が変わり、グリフィンドールは、ハッフルパフも、スリザリンも抜いて、2位になった!ダンブルドアが手を叩くと「今年は夢子に免じて特別じゃ」とさっきまでレイブンクロー一色だった弾幕がするすると持ち上がり、翻り、グリフィンドールの色になる!大広間は半分はレイブンクローの青!そして半分は、わたし達、グリフィンドールの真紅と黄金だ!!レイブンクローのシンボルの鷲が大きな翼を広げて、弾幕から飛び立ち、グリフィンドールの獅子が王者の声を上げながら、宙をひとっとびする。大広間は歓声と拍手で鳴り止まない。



わたし達は、そんな大広間の天井に向かって、この偉大な2位に拳を掲げた。











なんだか大切なことを忘れてしまったような気がする。
どうも魚の小骨が喉に引っかかっているというか、胃の中で何かが消化不良を起こしているような、そんなざわざわとして落ち着かない日々が続いた。

どうも中尉もそんな気分を味わっているらしい。
時折やってくる清掃スタッフをちらっと横目に見ては、苦虫を噛み潰したような顔をして、首を捻っている。また新たな街へ旅立つのだろうと思っていたエルリック兄弟も「なんか知らねぇけど、もうちょっとセントラルにいた方が良い気がして」と予定もないのに中央滞在を伸ばしている。あの賢い兄弟が首をかしげて、なんっか気になるんだよなぁ、と腕を組んで顔を顰める。ハボックなどはもっと深刻だ。スパスパと吸っているタバコの本数が増えたようだし、貧乏揺すりをしているのをよく目撃するようになった。


なんだか変だ。何かがおかしい。


私も、今日は仕事の合間に3番街で一番人気のケーキを3つ購入し、執務室に帰ってから首を傾げた。何故わたしはケーキなど買ってきたのだろうか?それもわざわざ面倒な茶葉タイプの紅茶まで用意している。しかも「ケーキを買ってくるよ」と言って出て行った私を、普段ならば「勤務中ですよ」とむっとして阻止する筈の中尉も「ああ、フルーツのものが良いと思いますよ」なとどアドバイスまでして快く送り出してくれた。


まるで毎日の習慣のように。


なんだ?なんだかおかしい。何かが引っかかる。
なにか、大切なものを忘れてしまったような──……





ふいに執務室の扉がノックされた。
ああ、そういえば今日から新しい清掃スタッフがやってくるはずだったか、と気がつき「入りたまえ」と返事をする。するとドアが遠慮がちに開けられ、どこか緊張した面立ちの少女が部屋に入ってくる。黒目に黒髪。ここらではあまり見ない顔立ちの少女は、何故だかひどく緊張したような表情で、ぎこちない動きで、しかし手馴れたようにドアを開ける。あのドアは少しゆがんでいて、開ける際にコツがいるというのに、まるで何回もこの部屋に訪れたことがあるようだった。


「山田夢子です。夢子がファーストネームです」


少女が緊張のピークというように名前を名乗った、……―――あ、





「あーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、夢子を指差して声を上げた私に、中尉が振り返る。ハボックが執務室をひょいと覗く。通りがかったエルリック兄弟がやってくる。そして一様に夢子を指差して「あーーーーーーっ!!!!」と間抜けな声を上げ、夢子がガチガチに緊張していた頬をするりと溶かして、満面の輝かんばかりの笑みを浮かべ、その黒目が涙できらきらと輝く。
頬を紅潮させて、夢子はびしっと敬礼をした。


「魔法界魔法省イギリス本部魔法歴史調査部所属の山田夢子です!二十歳です!二十歳になりました!この世界に流れた魔法生物と技術の調査にやってきました!どうかよろしくお願いします!!」
私は堪えきれない笑みを堪えることを諦める。


「こんな可愛い魔女さんなら、いつだって大歓迎さ。ところで、手始めに、3つしかないケーキを増やしてもらえるかな?お祝いのケーキが足りないんだ」



ハボックや鋼のやアルフォンスに揉みくちゃにされる夢子にそう頼むと、夢子は頬を輝かせて頷いた。