演目「落下の女王」


────そして、女王は落下する。


演目 「落下の女王」

昔、ある王宮に女王がいた。
女王は年の離れた王の后として、全ての奴隷や全ての側室、全ての民の女主であった。
王の側室やその奴隷を集めて閉じ込めたハレムの中には、国中の民族から一人、最も美しい娘が差し出されていた。しかし、女王はその中の誰よりも美しく、その豊かな肉体からは乳香が薫るような色香で溢れ、女王の微笑は宝石よりももっと高価で官能的であり、国を支配する男の、王の愛を一身に受けた女の自信と歓びに溢れているようで、女王を一目みればその美しさにみる者は破滅を迎えるようですらあった。たとえ王に処刑されても構わぬから、たった一目、その女王を見てみたいと、たった一度、その手の甲に唇を落としてみたいと、ハレムの中へと忍び込む男たちを王は容赦なく処罰していった。そうして女王はますますハレムという名の鳥かごの中で、ひっそりと、しかし濃密な美しさを称えていく。


ハレムに王が住むことはない。
王は王の宮殿で過ごし、気まぐれにハレムへと足を運ぶばかり。しかし、王は年老いていた。女王を愛し執着していたが、しかし女王を満足させるだけの力はなかった。ハレムの奴隷たちは王の怒りを恐れ、女王の目を見ることを恐れた。一度その漆黒の瞳を見れば、そのまま女王の美しさに呑まれ、虜にされてしまうからだ。しかし、女王はそうして閉鎖された世界でその美しさと官能を持て余していた。


そして、王の目を盗んでは性の悦びに溺れるようになる。
ある時は年若い男の奴隷を、ある時は美しい下女を、ある時は逞しい肉体の護衛を・・・。女王は高価な菓子の詰まった箱から気まぐれにひとつ選んで口に入れるような気まぐれさで、相手を変えていく。相手となった者は魂の底まで女王を愛するようになるが、そうなると女王はもう興味を失った。そうして過ごすうちに女王の美しさはますます増していく。美しさは増す。

しかし、心は満たされない。女王が愛しているのは王という男、ただ一人。

そんなある日、女王は少年に出会った。
少年はほかの誰とも違っていた。ある時は粗末な奴隷の身なりで、ある時は貴族のような身なりで、ある時は貴重な絹を纏った姿で、そしてどんな身なりであっても、少年の顔立ちは変わらなかった。平凡な顔。ハレムにはもっと美しい少年がいくらでもいるというのに、女王はこの少年のことが気になってたまらなくなった。女王がほかの者にしたのと同じように少年に寵愛を示しても、少年は女王の手からするりと抜け出し駆けていく。誰もその少年の素性はわからない。誰もわからない。だが誰もが知っている少年。女王は寝ても冷めても少年のことを考えるようになり、やがて自分が少年に恋をしてしまったのだと気づく。

女王はその恐ろしさに震えた。
女王の身は王のものであった。たとえ戯れに相手を変えようと、それでも女王の魂も王のものであった。その自分が、王への愛と忠誠を裏切り名前も素性も分からない幼い少年に恋をしてしまった。女王はそれが破滅だとすぐに気がついた。自身が破滅していくことを悟りながら、それでも少年への想いは変わらなかった。


ハレムの女は皆、一族から差し出されてやってきた美しい娘ばかり。
だが女王はそうではなかった。女王は王に直々に見初められ、望まれてこのハレムへとやってきた、庶民の娘。
まだ小娘だった女王、いや、名もないただの田舎娘を若い王が見初めた。しかしその年の差は父と娘ほどもあった。それでも二人はお互いを愛してしまった。そして王に奪われるように己の全てを捨てて王のハレムへとやってきた娘は、女王となった。その日から、女王の全ては王のものであった。・・・・・・その自分が、どうして、


「女王よ、おまえの魂は今でも私のものか?」


臥所(ふしど)で王は女王の瞳を覗き込むように尋ねた。女王は王の手を取り、魂からの忠誠を込めて頷いた。
しかし、途端、王は獣のような憎しみの篭った唸り声ひとつ上げる。王の体は蒼い炎に包まれ、驚き息を呑む女王の前にあの少年が現れた。老いてから王となった男は、大変に疑りぶかい男となっていた。そして国一番の魔術師によってその身を少年の姿へと変え、自分のものである最も美しい宝石、女王の愛を確かめたのだ。王は女王を罵った。お前が愛したのは私ではなく、この若く美しい少年だ、と罵った。お前の忠誠心も愛も真実も私のものではなかったのだ、と罵った。
しかし、女王の心は喜びに満ち溢れた。


ああ、私が愛したのはやはりこの男。どんな姿になっていても、私の魂はこの人を愛した。


怒りに震える王にその言葉は届かない。
やがて女王は王に命じられるまま、王宮の天辺から飛び降りて死んでしまう。
言い訳も謝罪もせずに死んだ女王の気持ちをようやく理解した王は後悔した。とてつもなく悔いた。身も狂わんばかりに懺悔した。やがて食わずの病に陥った王は狂乱し、国は乱れに乱れることとなった。そして、王の国は滅びた。


「貴方もまた、地獄の業火に焼かれる日が来るのでしょう。私の憎しみのためではない。私の愛のために」



そして、女王は幸福へと向かって落下する。