向き合った隣人

「なるほど……だから強極さんは、あの時先生に名前を呼ばれなかったんだね」
「そうそう。勝己と緑谷くんはヒーロー科志望だけど、私は雄英高校の普通科志望だからね」

今のご時世、私のように普通科をわざわざ志望する人は少ないと言っていいだろう。

うちのクラスを見ても分かる通り、普通はみんな第一志望を『ヒーロー科』にする。普通科はどちらかというと、『ヒーロー科』に落ちたときのすべり止め扱いだ。雄英高校の普通科も、成績次第では『ヒーロー科』に転科できる……という、超あからさまな敗者復活枠だし。

まあ、いいんだ。敗者復活枠だろうが何だろうが、重要なのは科じゃない。雄英高校に入ることなんだから。

「緑谷くんは、ヒーローになりたいからヒーロー科に……最高峰の雄英高校に入りたいんだよね?」
「うん! ……まあ、今のままじゃ夢物語なんだけどね」
「夢なんだから、夢物語でいいじゃない。いつもひたむきにヒーロー追っかけてるし、勉強も頑張ってるし……緑谷くんはかっこいいよ。この夢に命張ってる! って感じ!」
「そ、そうかな? なんか……ヒーローになりたいって夢を語って、褒められるのは新鮮だよ」

緑谷くんは、ちょっと照れながらそう言った。

……確かに無個性の彼がヒーローになるのは難しいかもしれないけれど、夢を語っても皆に否定されるだけなんて……朝の希望調査票のときもそうだったけれど、あまり気分のいい話じゃなかった。これを耐え抜いて見ている夢に、価値がないなんて言いたくないし、聞きたくない。

「緑谷くんはすごいと思う。私もね、ほんとならヒーロー科の方がいいんだ」
「強極さんもヒーローにあこがれてるの!?」

キラキラとした目で、緑谷くんがそう聞いてきた。ううん、こんな純粋な目で見て貰っていい動機ではないのだけど……。

「憧れてるっていうか、会いたい人が居てね。No.2ヒーローのエンデヴァーの……」
「エンデヴァー好きなんだ! 強極さん見かけによらず硬派なんだね〜! でも分かるよ、No.2の実力者だし、何よりあの堅実な仕事ぶりだよね……事件解決数史上最多なんてヒーローの鏡だし、個性のヘルフレイムもまさに超火力! 顔はちょっと強面だけど、そんなところも人気の一つに起因したり……」
「いやいやいや! 緑谷くんステイ! ステイ! 分かってはいたけど、ほんとにヒーローオタクなのね!」

気持ちは痛いほど分かるけど。私もヒーローじゃなくて次元が一個下のアレコレには多少一家言あるからね! とはいえ暴走しすぎだ、緑谷少年。ステイステイ。

「はっ! ごめん! つい癖で――!」
「緑谷くんのそういうとこ嫌いじゃないよ。むしろ分かる。共感できる。でも落ち着いて考えて……エンデヴァーは別に雄英高校の教師じゃないでしょ?」
「た、確かに。エンデヴァーの母校に通いたいみたいなアレかと思ってたよ」
「それだけで偏差値79に特攻とか強火担すぎでしょ。私はエンデヴァーさんじゃなくて、彼の息子さんに会いたいの!」
「へっ? 息子さん?」

そう。轟焦凍という人です。

なぜ会いたいかというと、昔一年間だけ隣の家に暮らして、大変仲良くしていただいたのですが、急な引っ越しでご挨拶もせず別れてしまったからです。今回貴校に出願したのは、その彼に「雄英高校で会おう」みたいな手紙をもらったからです。

「なんて馬鹿正直に推薦書の志望理由に書くわけにもいかないからねぇ。大人しく一般入試で、普通科に入ろうと思うの。ヒーロー科はたぶん無理だけど、普通科なら勉強だけだし」
「なるほど……エンデヴァーの息子なら、確実にヒーロー科に入るだろうねぇ」
「うん。本当なら、同じ科に入りたかったけど……個性がね。一人じゃ一体も敵倒せないし」
「強極さんも、個性持ってたんだ」

緑谷くんが、ちょっと寂しそうに笑った。いけない、こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。

「持ってるけど、でも日常生活じゃまったく使えないよ! まったく攻撃できないし、ポンコツだから!」
「そっか……でも、きっと強極さんならヒーロー向いてると思うよ。僕なんかの為に、意味ないって分かり切ってるノートの為に……池の水に手ぇ突っ込んで、タオルまで使ってくれる。人を助けてくれる、ヒーローだよ」

ありがとうね、と笑ってノートを鞄に仕舞った緑谷くん。話はここで終わりということだろう。……慰めるつもりが、緑谷くんに慰められる結果に終わってしまった。情けない。寂しそうな背中を、見送るしかできないのか、私。

もっと何か、言うべきことが。

「――緑谷くん!」

もうずいぶん小さくなってしまった背中が、一瞬止まる。振り返った彼に、大きく手を振った。

「また明日ね! 同じ高校受けるんだし、受験仲間だもん! 明日勉強教えてね!」

その目が大きく見開かれたのち、ちょっと潤んで、でも彼は涙を零さなかった。「うん!」と大きな返事が飛んできたのが、なんだか特別に嬉しい気分にしてくれた。