宙を舞う希望

「模試じゃA判定! 俺は中学うち唯一の雄英圏内!」

うわぁ。耳に痛い言葉に、思わず気まずくなって机に突っ伏す。挙動不審な僕に見向きもせず、更にかっちゃんは大声で発言を――いや、宣誓をつづけた。

「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!」

堂々宣言。模試判定と彼の『個性』がある以上、それは虚言なんかじゃないだろう。クラスメイトの誰よりも、彼の個性はヒーローらしく派手だから。

改めてクラスを眺める。手が巨大なゴーレムのようになっている子、妖怪ろくろ首のように首がものすごく長くなってる子、はたまた手の周囲に竜巻を起こしている子。「だいたいみんなヒーロー科志望だよね」という先生の問いかけに、ほぼ全員が元気よく手を挙げていた。

ほぼ全員。ほぼに含まれない者、若干名。

一人目。みんなと一緒にすんなよ、と鼻で笑ったかっちゃん。
二人目。堂々と手を挙げられない僕。
そして三人目――クラスの窓際最後列の、強極さん。

彼女は目に見える個性を出すことなく、騒がしいクラスメイトやかっちゃんの様子を見て、くすくすと楽しそうに笑っていた。

彼女はヒーロー科志望じゃないのかな。となると経営科? サポート科? それとも、まさか普通科志望なのかな。何にせよ、僕みたいに無個性だから、堂々と手を挙げられなかった……という線はなさそうだった。

今度、彼女に志望校を聞いてみたい。みたいけど、うん……女子と話す機会なんて、僕の人生でほぼ無かったし……やっぱ無理かな。

「あ。そいやあ、緑谷も雄英志望だったな」

なんて心の中で葛藤を繰り広げている僕に、考えうる限り最悪の会話のパスが回ってきたのだった。



今日はどうやら、ツイてない日らしい。

放課後になってまでこんなひどい目に合うなんて、中々の不運。かっちゃんに雄英を受けるなという脅しの後、軽く爆撃されて教室外へ投げ出された僕のノートを拾いに、重たい足を進めていく。

言われたことは、悔しいけど事実だ。自殺教唆になりかねない彼の発言は、さっき言ってた「唯一の雄英高校出身者になる」という目標をぶち壊す可能性もあるのに。かっちゃん、相変わらず詰めが甘い部分があるというか、なんというか……。

「まあ、それを補って余りある素質なんだけどね……」

はあ、とため息。
素質=個性。素質さえ持ってない僕に比べたら、全然ましだ。だからといって、素質を持ってないから僕は諦める……とは言えないけど。だからせめて、ノートにメモをとって、僕なりに努力するんだ。

「えっと、ノート……教室の窓から落ちたし……多分、鯉の池あたりだよね……」

鯉の餌になってないといいけど、なんてジョークを言える元気もない。さっさと拾って、読める部分だけでも家で写しなおそう……あれ?

「強極さん……?」
「あっ、緑谷くん。これ、緑谷くんのノートだよね!」
「あ……うっ、うん」

池のふちに、強極さんが浅く腰掛けていた。彼女の膝の上には白いタオルが置かれてあって、その真っ白なタオルの中に、明らかに焦げ付いて黒ずんでしまった僕のノートが埋もれていた。

「池に浮いてるから、何事かと思ったよ〜! しかも焦げてるし」
「いやあ、かっちゃんにやられて……って待って、池に浮いてたの!?」
「? そうだよ?」
「ごっ、ごめん! 強極さんのタオルが!」

お察しとは思うけど、池の水ってかなり濁ってて汚い。とうてい自分の持ち物に触れてほしいものじゃないのは分かってる、なのによりにもよって女子のタオルを犠牲にしてしまった! ああどうしよ、弁償!? 弁償すればいいかな!?

「えっ? ああ、汚れてるの気にしてる? 別にタオルなんて汚れる為にあるものだから、気にしないで! 緑谷くんのこの努力の結晶こそ、池の水で見えなくなったら大惨事だよ」
「そ、そんな、でも……」
「いいの! 私になんかこう、ドライヤーみたいな風を拭き起こす個性があったら、即効ドライ出来るけどさ〜。そういうの持ってないから、タオル乾燥で我慢してね」

冗談めかして軽く笑う強極さん。その笑顔は優しくて、ちょっと罪悪感が薄くなった。あ、許して貰えるんだ……って安心できるとでもいえばいいのか。

「個性……ねえ、強極さん……」
「……なに?」
「質問、してみたいことがあって……」

あまりにも彼女が、まるで前から親しかった友達のように接してくれるからか……僕は少しだけ、聞いてみたいことを口にする勇気が出来た。彼女は僕の顔を見て、ちょっと驚いた顔をしたのち、またニッコリと笑った。「質問、聞かせて」と後押しも頂いたので、僕は空けた口から質問を。

「強極さんって……志望校どこか、聞いても良い? 朝、先生が進路調査票配る前にさ……強極さん、『ヒーロー科志望だよな』って先生の質問に、手を挙げてなかったから……ちょっと気になって」
「ああ……あの時」
「あっ! も、もちろんプライベートなことだし、言いたくなかったら全然! 言わなくても! ごめんね変な質問して!」

僕は雄英高校を志望してるってバレちゃったからアレだけど、彼女は誰にも言いたくないかもしれない。迂闊な質問なのは分かってたけど、路頭に迷いかけてる僕には重大な質問だった。

冷や汗を流して、果たして答えてほしいのかそうでないのか、って感じの態度の僕を見て、強極さんはまた楽しそうにくすくす笑った。良く笑う子だな、と、焦りから逸る思考回路の隅でそう思う。

「緑谷くん、落ち着いて。答えるから」
「ああっだよねごめん! 無かったことに――えっ? いいの?」

うんうん、と頷く強極さん。とりあえず、「は? 失礼すぎ消えて」みたいな反応がかえって来なかっただけ嬉しい。思わず脱力しかけて、膝に手を当てた。

落ち着け僕。彼女が無個性か、それとも個性を持っているかも分からないけど、よく話を聞いて、今後の……もっと現実的な身の振り方の参考に――

「私ね、雄英高校に行きた――いや、行くんだ」

――現実的とか、そんな模範解答はなかった。