秘密は秘密のまま

結局あの後、オールマイトによって無事勝己と緑谷くんは救出され、敵も無事ヒーローたちと警官の手によって捕縛……というか液体が回収された。

緑谷くんに声をかけたかったけれど、彼は無謀な特攻をヒーローたちにこっぴどく怒られていたので、話しかけられそうな雰囲気ではなかった。勝己に関しても、ヒーローに怒られるのではなく『相棒』としてのスカウト、そしてテレビの報道陣に詰め寄られていたので近寄れそうにない。

「……帰るかぁ」

何にせよ、二人が無事なのが分かっただけでも満足だ。個性を久しぶりに使ったのもあってすごく疲れたし、今日の所はさっと引き上げよう。

……というか、オールマイトは何処へ行った?

「私、あの時は冷静じゃなかったからスルーしてたけど……あのガリガリフォルムはいったいどういう……」
「少女よ」
「はひっ!?」

いきなり後ろから声をかけられ、思わず変な声が出た。振り返らなくても、この声はさっきまで近くで聞いていたから分かる。

「お、オールマ――ふぐっ!?」
「しーっ! 大声で名前呼んじゃダメでしょっ! めっ!」
「想像以上にお茶目さん!」

オールマイト(ガリガリのすがた)に一瞬だけ口を塞がれたがすぐ解放される。言われてみれば、No.1ヒーローの彼の名前をこんな往来で叫んだらすぐ人が来るな。

「ちょっとそこでお茶でも……と言いたいところだけど、すまないね。時間がないから、簡潔に用件だけ伝えるよ」
「用件――?」
「――私のこの姿は、誰にも言いふらさないでほしい。あの時君は、あの絶望的な状況下で、私がトゥルーフォルムからヒーローたる姿に変身するところを見た……だからこそ、ショックが少なかったのだろうが……本来ならば失望されるはずだ」

しかし、希望の炎は――オールマイトという存在は、他人を失望させる為に存在したくはない。だから、永遠に完璧なヒーローのままで世界に姿を示し続けたい。

そんな主張だった。自分という存在に、世界のすべての責任を負うような在り方だった。

オールマイト――何があって、そんな姿になってしまったのか。私に理由は分からないけれど、でも……。

「――分かりました。絶対誰にも言いません」
「本当か! ありがとう少女――って、いつまでも少女少女って呼ぶのは礼儀に反するか。少女よ、君のお名前を聞いても?」
「あっ、強極涼花です」
「ふむ。――では、強極少女よ」

改めて、という顔でオールマイトは私を見た。

「君の誠意ある対応には、誠意で返さねばならないだろう。私がこんなザマになってしまった理由を、説明――」
「あ、説明はいいです」
「なんと!? いいの!?」

全身でビックリを表現するかのように飛び上がるオールマイト。なんというか、画面の向こうで見ていた時よりもはるかにとっつきやすい印象で笑ってしまう。

「いいんです。信頼してくださるのは嬉しいですけど……信頼って、相手に全部秘密を開示しなきゃ示せない訳でもないと思うんです。少なくとも私は、貴方に全部秘密を曝せなんて言いたくない」
「そんな……しかし本当にいいのかい? 君にこんな衝撃の事実を見せてしまった上、内緒にしろって言ってるんだぞ?」
「いいんです! 出来るヒーローほど、他人には明かせない苦しさとかあるんですよね、きっと。だから……余計なストレス源を増やさず、内緒は内緒のままにしておいてください」

他人に明かせない苦しさ。多分、焦凍にもいっぱいあったんだろうな。そう思うとやり切れないけど、焦凍にだって「全部教えろ」なんていうつもりは毛頭ない。触れちゃならない部分には触れない、そういう優しさだってきっとあるはずだ。

でもって、一番の友達にだって触れちゃならない場所があるなら、殿上人のNo.1ヒーローには尚更、触れちゃならない場所がある。だから、オールマイトは何も言わなくていい。

上手く説明できたか分からないけど、そういう話をオールマイトにした。彼はどうやら焦凍――というか多分エンデヴァー経由で焦凍のことを知っていたらしく、幾分か納得した顔で頷いてくれた。

それはとても、満足そうな顔で。

「――うん、そうか。君はあれだな……ものすごくいい子だ。ヒーローというのは概ね押しつけの善意と揶揄されがちだが、君の優しさには選択の余地がある。相手のペースを守って、尊厳を守る。素晴らしい! 私はちょっと、その手の優しさを示すのが苦手でね……だからこそ感動した!」

一瞬オールマイトが本来のムキムキな姿に変身して褒めてくれたが、すぐに空気が抜けたようにしぼんでしまった。

でもオールマイトに褒められたのだから、私は十二分に嬉しかった。

「おっと――ファッキンシット! そろそろ行かないとあの少年に追いつけなくなってしまうな! ここでお別れだ、強極少女!」
「分かりました! あのっ、絶対約束は守ります!」
「頼んだよ!」
「はいっ! さよなら、オールマイト!」

私の呼びかけに答えるように、オールマイトはいつものヒーローの姿に戻って笑ってくれた。そして、春のつむじ風のように――一瞬で姿を消してしまったのだった。

……ぜったい、この秘密は守ろう。