プロローグ

レオは昔から本当に争いごとが嫌いだった。
公平で優しくて、誰もが仲良くできればOK、なんて本気で信じている子供だった。
だから、千夜はそんなに純粋なままでいられなかった。
レオが子供同士のささいな諍いのなかで、騙されそうになったり、貶められそうになれば、かならず代わりに反撃する。それで先生に怒られるのは千夜。でも、千夜は満足だった。
幼心ながらに、この純粋さをまもりたいと思っていたのだ。それはきっと、あの日テレビで映っていた戦隊ヒーローか魔法少女の真似事でしかなかったかもしれない。

「なあ、ちよ! こっちこっち」
「うん、どうしたの? レオ」
「これ、かこう!」

レオが指さしたのは、幼稚園の壁。……の、隅に書いてある落書きだった。下手な傘の上にはハートマーク。傘の下には、だれか知らない子の名前が二つ。

「これ、なに?」
「おまじないだってさ! これをかくと、なかよくなれるんだぞ」
「ふうん、じゃあレオはいっぱい、かかないとね」

レオは常日頃から、どんな子供とも仲良く遊んでいた。幼稚園にいる間、レオは『千夜の幼馴染』ではなく『みんなの人気者』である気がして、あんまり嬉しくはなかったのは当時の千夜。
その結果、なんともかわいくない返答をしてしまった千夜をみて、レオはにまにまと笑っていた。

「いやだね!」
「え、なんで?」
「おれはちよの名前だけをかきたいの!」
「……?」

意味を理解しかねたけれど、私だけ、という言葉が耳ざわりのいいものだったのだろう。幼い千夜はこくこくとうなずき、彼が壁に描く傘を見つめていた。そして幼い文字で自分の名前が刻まれ、ペンを渡される。

「レオ、って、かいて」

レオより字がうまく書けなかった千夜は、いっちょまえに羞恥心を持っていたらしく嫌だと首を横に振った。けれどレオはぐっ、とペンを千夜の小さな掌におしつけ、おねがい……ときれいな顔を歪ませた。ヒーロー気取りの少女は、レオの「おねがい」にめっぽう弱く、自信なさげな形の『レオ』を壁にかきとめた。
そうして相合傘の完成。意味の分かってない千夜を置いてけぼりにして、レオは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び、自分よりすこし背の低い少女を抱きしめる。触れた瞬間、心がふわふわとした気持ちになるのが心地よく、その頬にキスをした。千夜がくすぐったそうに笑うのに、また嬉しくなる。

幼稚園の喧騒にまぎれ、ひっそりと二人で書いたおまじない。
あれは油性ペンで書いたのか、はたまた水性か。

そんなことをとりとめもなく思う、高二の春。
『ヒーローきどり』は、千夜の役目ではなくなっていた。

そしていつの間にか――彼女の前に居たのは、すべて取りこぼした『王様』で。

「チェックメイト、だね」

 そして、嘆くように、慈しむように微笑む『皇帝』だった。



それからレオは学校に来なくなった。
私はそれはもう、普通に元凶たる英智を恨んだ。レオは人を恨めない性格だ、と、頭のどこかが勝手に結論づけていた。ので、勝手に復讐を誓った。

レオが望んでるなんて、これっぽっちも思ってない。
だからこれは、ぶっちゃけると身勝手な気持ちの整理にすぎないが。
それでも、『彼』に泣かされた生徒は無数にいる。夢ノ咲はいま、終わってる。誰も進もうとしない、泥沼のような場所。

だから、超新星――Trickstar――が現れた時、私は決めたのだ。

生徒会長・天祥院英智に対しての、反抗。
レオの敵討ち。久しぶりに『レオくんを守るヒーローごっこ』の再開。

目標は一つ。
『英智と同じ舞台に立って、彼に勝って、ぎゃふんと言わせる!』
なんて、子供みたいな。

これは、愚かで、輝かしい、青くさい復讐劇/青春劇。