部室にて

「これ、千夜や。ちと聞きたいことがあるのじゃが……」
「おわっ!?」

 軽音部の前を通ると、突然部室の扉が開く。何事、と思う間もなく腕を掴まれて入室。引きずり込んできたのは誰だ! という考えはほぼゼロで、やれやれと思いながら口を開けた。

「どうしたんです、朔間さん」
「どうして朔間さんなんじゃ」

 質問を質問で返されてしまった。
 目の前の美青年は、珍しく午前中から起きていたらしいが、何やら顔色が悪い。……いつものことかもだけど。

「え?」
「零さんと呼んでくれておったあの頃を思い出すと、涙がとまらんわい」

よよよ……とわざとらしく目元を覆う老人口調の彼、朔間零。これでも一応、強豪ユニット『UNDEAD』のリーダーである。

「いやぁ、今年からプロデュース科に配属されましたし。やっぱ一定の距離を保ったほうがいいのかなぁと……」
「おお、なるほどのう。ということは凛月に引き続き、我が愛し子までもが反抗期という危機は免れたわけじゃ」

本当に嬉しそうな零さんにぎゅうぎゅう抱きしめられると、なんだか恥ずかしいを通り越して「良いことした……」という謎の達成感に包まれてしまうから不思議だ。あちらが私を妹のように見ているなら、こちらは兄のように見ているのかもしれない。

去年は同じ棟ではなかったけれど、今年からは同じ棟……と思うと、ここまでベッタベタな甘やかしを他人に見られると恥ずかしいが。

「嬉しいぞ、愛しておるぞ〜☆」
「というか、それだけですか?」
「うむ、実に辛辣なツッコミじゃな。そこでツッコミを放棄しておる葵君たちにも見習ってほしいものじゃ」

え!? ひなた君とゆうた君もいたの!? と部屋の奥を見れば、そこには瓜二つの可愛い双子くんたち。

「やだ見ました奥様? これって部内恋愛ザマスよ〜」
「しかも兄妹プレイですってよ」
「まぁ! なんて破廉恥!」
「ちょーっと葵君たち? 何を言ってるのかなー?」
「「冗談ですよ、千夜先輩!」」

息の合った言い逃れ、ここまでくるとむしろ気持ちいい。
さて、双子くんたちがいるってことは、あれで根は真面目な彼はもちろん居るのでは……と思ったが、いない。
特に集合をかけられたわけでもないのだろうか? 

「おい、吸血鬼ヤロ〜! なに昼休みに呼び出してくれてんだコラァ、学食喰う暇がなくなっただろーが!」
「おお、わんこや。よしよし、よく来たのう」
「ハロー、こ〜ちゃん」
「ちっ、テメ〜ら揃いもそろって不快な呼び方するんじゃねえ! だいたい扉の前でイチャついてんじゃねぇ、さっさと奥にすっこんでろ!」

 零さんの背を蹴ろうとする晃牙くん。可愛い後輩ながらも、少々元気すぎる。昼を食べ損ねたのが余計に彼を苛立たせているらしい。

「晃牙くん」
「んだよ」
「はい、どうぞ」

 なんだか可哀そうなので、手元にあった購買のパン(夕方の間食用)を差し出す。ぐっ、と彼が食欲と意地の狭間で揺れている間に、袋を破ってしまう。

「はい、開けたから責任もって食べること」
「……しょ、しょうがねぇなぁ。勿体ねえから食ってやんよ……」
「おお、よかったのう、わんこ。腹が減ってはイライラしてしまうからの」
「誰のせいだ、誰の」

 もきゅもきゅとパンを頬張りながらしゃべる姿は可愛い。
 さて、ともかくこれで役者は揃った感じだろうか。零さんは蓋をした棺桶の上へ、長い脚を組んで座った。

「前々から言っておった通り、新設されたプロデュース科の転校生を見る時期が来ておるぞ」
「……? UNDEADのプロデュースなら、もう千夜にやってもらってるだろーが」
「俺らのところも、別に千夜先輩だけで十分じゃない?」
「そうだね、アニキ」
「いやいや、我輩たちのアイドル活動の問題ではない。そろそろ学院にも転機が訪れ始めておる、ということじゃ。革命の時期、と言い換えようかの?」

 後輩たちはぽかん、としたままだ。

「……それで、あの女と革命、何が関係あるんだ?」
「プロデュース科なら、転科枠で千夜先輩がいるし」
「その子と千夜先輩はどう違うんです?」
「『新しくやってきた、学院の事情を知らぬ転校生』というのが、生徒会に逆らう上ではミソなのじゃよ。そうじゃろ、千夜?」

 零さんに意見を求められる。
 前から彼の作戦は聞いていた。どころか、半分は私が言い出した話でもあるので、立派な当事者だ。
 後輩たちが私を慕ってくれているのは嬉しいが、今回は単にプロデュースの腕前とか、そういう問題じゃない。

「かつて生徒会長とやりあった月永レオの幼馴染、かつ、三奇人・朔間零のクラスメイト兼部活仲間。対して、真っ新な転校生、どっちが危険度が低いと感じる?」
「それは……転校生さん」
「うんうん、賢い子だね、ゆうた君」

 よしよし、とゆうた君を撫でる。嬉しそうな彼の横で、ひなた君と晃牙くんは、

「むしろ改めて言われると、テメ〜とんでもねぇ危険分子じゃねえ?」
「朔間先輩がベッタベタしてるとこ見られたら、完全に警戒対象ですよねえ」

と言いたい放題の感想を述べていた。まぁ、事実なんだけどネ! 危険分子は悲しいな!

「ううむ、我輩ってば千夜のこと愛しちゃってるからのう。愛が裏目に出てしまったか」
「うーん、本気で恥ずかしいぞ零さん」
「厨二病でシスコンとか終わってんな、テメ〜」
「晃牙くん、私たち血は繋がってないからね。私にこんなイケメンなお兄ちゃんいないから」

 まったくもって赤の他人です。似てるのは髪の色くらいじゃないだろうか。しかもそこを兄弟っぽい基準にすれば、日本人は皆兄弟である。

「う、ううむ。照れるのう……」
「うわぁ、マジで照れてるよ朔間先輩」
「朔間先輩の照れる基準、謎すぎ」

なんにせよ、美青年の照れ顔は貴重だ。ありがたく拝んでおこう。
……って、拝んでいる場合じゃなかった。何だこのアットホーム空間、話がすすまねぇ!

「とにかく! 転校生ちゃんと、彼女と革命を目指してる『Trickstar』って新しいユニットがいるの! その子たちを今度下見するから、協力してほしい!」

おねがいします! と頭を下げれば、後輩たちはなんやかんやで私を尊敬してくれてるのか「顔上げてください!」と双子くんに止められてしまった。
晃牙くんは何で俺が〜とか言ってたけど、結局協力してくれるらしい。やっぱり優しい子だな。

こんな良い後輩たちを巻き込むのも、ちょっと気が引けるけど……。

「では――おぬしの復讐劇の幕は上げられた、という訳かのう」

年上の同級生に囁くような声で言われ、私は小さく頷いた。