不揃いな駒を並べよう

「氷鷹くんと明星くんは『fine』が。衣更くんは『紅月』が。そして遊木くんは、『Knights』にお任せするよ。抵抗は目に見えているから、気休めに……そうだな、一千万円支給するとか」

くすくすと笑う英智は、まるで冗談を言っているような雰囲気すら纏っていた。
けれど、彼は本気だと痛いほど分かる。なぜなら天祥院英智は、数字の重みを知っている。あの、夢と希望なんて陽炎を追いかけている『Trickstar』とは――ゆうくんたちとは天と地ほどの差があった。

「それで、千夜ちゃんにも一千万払って、『fine』の専属プロデューサーになってもらおう。彼女は放っておくと、騎士だけじゃ飽き足らずに、魔物まで味方につけてしまうようだしね」

来た。
机の下で、両手を強く握りしめる。揺さぶりが始まるのだ、皇帝の。

「ああ、でも彼女は三年生だから、プラス一千万かな?」
「あいつに払っても何にもならないと思うけどねぇ……」
「そうかな。ああ、忘れていた。僕は月永くんの幸福な一年間を奪ったのだから、もう一千万は追加しなきゃ。三千万円だね」
「……」

感情的になるな。
殴り掛かるなんてもってのほか。
この商売は信用第一、ひとを殴ったらアイドル人生はお終い。誰でもない、れおくんに言った言葉なのに。自分が破ったんじゃ、お笑い草だ。

天祥院の目がこちらをじっと見る。何も言わず、身じろぎもせず……見つめ返した。
やがて根負けしたのはあちらで、退屈そうにため息を一つ吐いた。

「やっぱりさっき、千夜ちゃんを捕まえておけばよかった。君じゃ話し相手にもなってくれないし。厳格な騎士より、奔放なお姫様が可愛いのは当然だよね」
「うちの王様が居ない以上、俺が代理なんだからしょうがないでしょ。退屈しのぎの話し相手がほしいなら、生徒会室にでも行けばぁ? 死ぬほど媚びを売られて、さぞかし愉快なんだろうねぇ?」
「そうでもないよ。美人は三日で飽きるのと同じ原理さ。今は千夜ちゃんのような、反骨の人と話したい気分だったんだよ。せっかく『Trickstar』ともお話できたんだから」
「……『Trickstar』が分解されようが何だろうが、俺と『Knights』には一切関係ないからねぇ。別にあんたに揺さぶられることなんて何もないし、つまんなくても当然だよね? 人を動揺させるのが大好きなあんたのことだし」
「偏見だよ。ひどいなぁ……」

けれど、話があっさり纏まるようでよかった。
そういう風に言って、彼は唐突に席を立った。夜風は、英智にはなおのこと良くないだろうに、よくこんな時間まで残ったものだ……と場違いなことを思う。

いや、思わないと……この場に居られないくらいの、緊張だったのだ。

「これはあくまで予告だ。後日、もう一度お話ししよう。君はこの話に乗るだけ。遊木くんを引き取るだけで、千夜を僕という皇帝から守れる。これ以上ないくらい、君に、『Knights』に有益な話だよね」
「……そうかもね。とにかく、今度会っても俺は意見を変えないから。安心して、星を狙撃していいんじゃない?」
「それは嬉しい申し出だね。
ふふ、けれど君って本当に損な人だなぁ。千夜に嫌われてしまうリスクは考慮しないのかい?」
「はぁ……。話を受けてほしいのか蹴られたいのか、ハッキリしなよ。それに、既に嫌われてるあんたに言われたくないし……第一なんのつもりなの、さっきのアレは」

あの時自分が止めなければ、キスしていただろう。
妙だった。この皇帝は、千夜に幾度となく道を阻まれ、「あの子が男で、アイドル科であったなら潰していたのになぁ」なんて呟いたとまで噂ではまことしやかに囁かれている。

対する彼女も、幼馴染のレオが彼に負けた後も膝を屈しなかったことで有名。五奇人の、しかも生徒会長の朔間零を味方につけた。あの頃の朔間さんと言えば、横暴で俺様で、大人しく人のいう事を……ましてや敗者のいう事なんて聞かないはずなのに。
そのせいか、生徒会の警戒対象で真っ先に名前が挙がる人物だった。

どう考えたって、お互いの印象は最悪。キスどころか、手だってつなぐ姿も想像できないのに。

「疑問に思っているようだね」

英智は心から楽しそうな顔をした。こんな顔は初めて見たかもしれない。

「どんな形であれ、こんなに思い、思われたことはないんだ。どうせなら、誰よりなにより、面白い関係でありたいと思わないかい?」
「あんたが思ってるほど、あいつは愉快な人間じゃないと思うけどねぇ」
「平凡で優しくて。それが彼女の本質ということかい。けれどそれは違うよ。彼女は化けるはずだ。僕は興味半分、計算半分で、彼女を見ているつもりなんだから間違いない。お姫様なんて例え、本当は適切じゃないんだよ」

女王という肩書も。しかしそれを言うと、彼女が『Knights』と結びつく理由を薄めてしまいそうで恐ろしかった。れおくんも千夜も、本当は王なんて似合わないのに。祭り上げて、自分勝手に壊してしまった。自分本位に作り替えてしまった。今でもその懺悔の気持ちは絶えない。

ああ、でも。この皇帝は、いったい彼女に何を見ているんだろう。

「じゃあ、皇帝サマは、うちの女王をなんて例えるの」
「そうだね。さっき会話したけど、チェスプレイヤーかな。あの子は盤上に立てないけど、俯瞰して君たちを動かすことができる。僕みたいに恐怖政治ではなく、納得の上でね。羨ましいな」
「空々しい……。駒が動けばそれでいい癖に」

皇帝は微笑んだ。
否定も肯定もしない。騎士(ナイト)の理解など必要ない。
そう言うように。穏やかに。

彼の盤上に、すべてのユニットが――駒が、引きずり出されるのを予感した。