王の凱旋

「でもさぁ、明日のライブって何時、どこでやるわけ」

司がレオを夢ノ咲に連れてきて、数分で変人判定を下したのはさておき。いきなり明日ライブをすると『Knights』に宣言した王様は、それきり作曲にのめりこんでしまって戻ってこない。

仕方ないので、泉が転校生――あんずに委細を訪ねる。ついこの前までは『Trickstar』を邪魔した存在だったからか、あんずはまだどこかぎこちない対応を見せる。あからさまに泉がイライラしているのを見て、なんとなく嵐がフォローを入れる。

「そうねぇ、久しぶりのライブだからできる限り、会場の下見とかしておきたいわねぇ」
「あっ……それは問題ないです。昼休みの講堂でやるから……」
「え? 講堂って……ウチの講堂?」
「はいっ。その……差し出がましいって、怒られちゃうかもしれないんですけど……」
「何。第一、『Knights』のプロデュースを勝手に受け持ってる時点で、差し出がましいんだからね? ウチは利害関係でつるんでるんだから、プロデューサーだって立派に利害が」
「はいはい、千夜ちゃんじゃないからって嫌味言わないの!」
「セッちゃん、いびりすぎっしょ。ほら、転校生ビビってるし……ふぁぁ」
「また眠る気ですか凛月先輩! 転校生さんのAnnounceをお聞きしないと!」
「わぁぁ〜! オペラがっ! 大宇宙が広がっていく……☆」

混沌。
一瞬のうちにおのおの好き勝手なことを言い始める『Knights』の面々。彼らをまとめていた千夜の努力が思われる。……なんて思えるのは傍観者である故だ。当事者の転校生は、オロオロを通り越して無表情に、そして――

「千夜先輩の!!!! 話!!! なんですけど!!!!」

この大声である。
誰よりも静かだった彼女の叫び声に、シン……と静まる『Knights』のメンバー。いや、単に千夜の話というワードに耳を傾けたのかもしれないが。とにかく、静まった。あんずはここぞとばかりに言葉を続ける。

「……こほん。失礼しました。
それで、今回の『S1』から【DDD】まで、アイドル科の生徒のほとんどが千夜先輩のお世話になったように思います。とくに私と『Trickstar』のみんなは、お世話になりっぱなしでした。そこで……」

「千夜先輩の為に、ライブを開こうと思ってるんです。

最初は、『Trickstar』も『UNDEAD』も『Ra*bits』も……というか全部のユニットに出演してもらおうと思ってました。でも、やっぱり千夜先輩が最初に、いちばんに見たいのは……」

「――れおくんの居る、『Knights』。そうでしょ?」

泉の静かな言葉に、あんずが頷いた。
部屋には、その当事者が走らせるペンの音だけが響いている。

「……そういうことなら、協力してあげる。昼休みとか、眠いし面倒だけど……」

凛月が背伸びをした。

「でも、千夜の為ならしょうがないよねぇ。頑張って、誉めてもらおうっと……♪」
「アタシも賛成よっ! 今回ばかりは本気出しちゃおうかしらぁ? ぜ〜ったい、千夜ちゃんのこと世界一幸せな女の子にしてあ・げ・る」
「私も賛成です。Leaderがこのような方とは、ちょっと……思っていませんでしたが……。でも、千夜先輩の今までの努力は、我らがKingのためのものと知っています。であれば、Kingの最高の姿を、Queenにお見せするのは当然です」

騎士たちはさも当然のように、あんずの出した無茶ぶりを肯定した。それだけ、彼らの『女王』に懸ける想いは本物なのだと理解する。
ああ、それはなんて素敵な絆なんだろう。素直に感嘆して、少し苦手だった『Knights』への評価が上がる。

【DDD】の時は対立こそしたが、彼らは結局、革命の邪魔をしたい訳じゃなかった。ただ、女王を、千夜を守りたくて――。そのことを知ったのは、すべて終わった後だったから、この事実の真偽を確かめるすべもなかったけど。

でも、目の前に居る騎士たちを見れば分かる。

「ねぇ。れおくん、今の聞いてた? 聞いてたよねぇ、だってその曲、明日の為に書いてるんでしょ?」

泉が、部屋の隅で五線譜にペンを走らせるレオへ言葉を投げかける。ペン先が、止まる。

「自分が散々千夜を泣かせて迷惑かけたって自覚、あるみたいだから何よりだけど。俺たちも、今回の件で相当千夜に迷惑かけたしさぁ……。生半可なライブじゃ、許されっこないんだよねぇ」
「おれの『Knights』が、生半可なライブをしたことあるか?」
「無いね」

即答。泉は不敵に笑った。

「俺たちに最高の『武器』を用意して。その上で最高の輝きを、五人揃って、その歌に付加する。それで、やっと千夜が愛した『Knights』に戻れるはずでしょ」
「間違いないな! うん、じゃあ待ってろよ! 今すぐ書き上げてやる!」
「え、ええっ!? そんなすぐに出来るものなのですかっ!?」
「さすがの王様ねぇ?」
「いや、違うぞナル、新入り。この曲は、今作ったんじゃない」

レオは、目を閉じる。深く息を吐いて、もう一度言葉を紡ぐ。

「千夜がおれの、おれの笑顔の為に革命したって聞いた、その日から、ずっと……考えてたんだ。

あいつに笑ってもらえる曲を、『Knights』の皆と歌いたいって」

そういって美しく微笑んだレオには、確かに騎士の風格があった。

絶対うまくいく、とあんずは確信を持った。この微笑みを、五人の騎士から受け取る千夜先輩の姿を想像する。それは爽やかで、穏やかで、何よりも幸せに満ちた光景だろう。

「でも、なかなか決まらなくて、ずっとずっと書いてはやり直してたんだよなぁ。毎日。あの日から今日まで。そしたら、うっかり夏に入りかけの季節になっちゃったなぁ。どーしよう怒られちゃうかも。おれ、完璧な曲が作れるまで粘りすぎたかも……! 助けてセナ! ナル、リッツ〜!」

とかなんとか、いきなり勢いよく喋りだすものだから、司や転校生は気おされていた。が、残る三人はやれやれと言った顔で笑っていた。

「怒るかどうかは、れおくんの曲と俺たちのパフォーマンス次第でしょ」
「大丈夫よ! アタシたちが死ぬ気で頑張ればね?」
「王様は、堂々としてれば平気なんじゃないの」
「そ、そうかなっ? そうだよなっ! おれの愛を、余すことなくぶつければ、あいつも許してくれるかなぁ」
「許す許さないじゃなくて、ありがとうって気持ちの方が大事でしょ? ほんと、妙なところで自信無くすよねぇ、れおくんって」
「王様、気を付けないと……泉ちゃんの愛のほうが強いかもしれないわよぉ?」
「オカマは黙ってて!」
「あはは、セッちゃん顔真っ赤」
「おお! セナは本当に千夜が大好きだな! おれも二人とも大好きだぞっ!」
「私も、千夜先輩への敬愛の気持ちでしたら負けませんとも! 先輩方に遅れは取りません!」
「むむっ!? おまえ誰だっけ!?」
「もうお忘れなのですかっ!? 朱桜司と申し上げましたよね!? 千夜お姉さまへの忠誠を誓う、立派なKnightですと!」

あんずは、そっと企画書をテーブルに置いて部屋を退出した。
これだけやる気があるのだ。部外者の自分が、口を出す方が無粋だろう。それに、千夜先輩が見たい『Knights』の姿は、きっと本人たちのほうが分かってると思ったから。

明日は、きっといい日になる。