アヴェンジャー、笑って

「おーい、なずな! この機材ここでいいのー?」

……あれ。返事が返ってこない。
講堂に運べって言ったのに、まだ来てないのかな? もう一度なずな、と呼びかけると、「なんら〜!?」と慌てたような声が返ってくる。本人も遅れてご登場だ。焦らせてごめん、と苦笑しながら機材の場所を聞くと、ここで良いと言われた。

「しっかし、お昼休みに講堂使うって珍しいね。『B1』とかじゃないとは英智から聞いたけど、かといって『S2』でもないんだよ、なんて意味ありげに笑っちゃって……」
「そ、そうらなっ」
「なずな、なんでそんなに落ち着いてないの?」
「い、いや別にっ!? そんなことより、今から音響流すから、いったん客席の方に行って音の確認してほしいんらけど」
「ん、了解」

なーんか怪しいけど、まぁいいか。
素直になずなの指示に従い、客席の方へ繋がる裏口を歩く。委員長の彼しか来ないなんて、よほどあちこちで音響係として放送委員会が引っ張りだこに違いない。活発にライブが行われるのは、やっぱり良いことだ。

相変わらず学院は騒がしくて、レオは来なくて、いつも通りの日常だけれど。でも、少しずつ前進している。だから、今のこの平穏も、かみしめるべき出来事なのかも……。

なんて珍しく真面目に考えながら歩いていると、すぐに出口は見えた。扉を開け、階段を降り、観客席の方へ立つ。……照明がないぞ?

「おーい、なずな! 照明、照明忘れてるー!」

ステージ裏に居るであろうなずなへ声をかける。今つける、という声がかかり、ライトは――ついた。ただし、講堂の蛍光灯ではなく。

ステージを照らす、スポットライトが。曲を伴い、ステージに立つ人影を照らす。

「――」

言葉を、失った。
だってそれは、そこにいるのは。

「うそ……」

威風堂々たる、騎士をモチーフにした美しい衣装を身に纏う、彼ら。ステージの光に照らされた、五人。引き寄せられるように、夢中でステージの近くまで駆けた。彼らの表情が見える、最前列まで。

彼らは歌う。踊る。魅せる。値千金、いや、私の中では何よりも尊いその姿を、誰も居ない講堂の中で。ああ、違う、居ないんじゃない。逆だ。

……私の為だけに、ここに居てくれている。

自惚れじゃない、純然たる事実。ああ、もしそうでなかったら、どうしてそんなに優しい視線を、声を、微笑みを、一身に降り注いでくるのだろう。これを勘違いだと言ってのけるほど、私は鈍感でも傲慢でもない。

「……わっ、わたしの……ためにっ? なんで……?」

ボロボロと涙が落ちる。いとおしさがこみ上げる。いろんな気持ちが一気に自分の中からあふれ出している気がした。どうにか抑えたくて、顔を手で覆う。どうしよう、幸せすぎてくるしい。なんで今、こんな夢みたいなことが――

「千夜! 泣かないで、顔をあげてくれっ! おれのことちゃんと見て!」
「!」

レオの言葉はマイクにきちんと拾われ、講堂に響き渡る。反射のように上げた私の顔は、きっと涙でぐちゃぐちゃだ。
けど、ステージに居る皆は、ますます愛おしいものを見るような顔をした。彼らを代弁するように、レオは私を見つめて言葉を続ける。

「なぁ、まずはおれたちに謝らせてくれ。おれの居ない間に、おれの騎士たちが『困ったちゃん』だったんだろ? ごめん。あと、おれ自身も謝らなきゃ。でも何から謝ろう、言わなきゃいけないことがありすぎて、全然まとまんないや! だから総括する! 今までたくさん困らせて、泣かせてごめんなさい!」

バッ! と勢いよくレオが頭を下げる。幼稚園のとき、喧嘩したらレオは本当に素直に謝っていたよなぁ、と思い出す。そのころと同じ、誠意の籠った謝罪だった。

謝罪なんかいらない、全部好きでやったこと。そう言おうと思ったけど、涙が止まらなくて、何も言えない。ごめんねレオ、私は平気だよ。だから、気にしないで。

「それでな、えっと……革命したって聞いたな! 春! おれ、その時から、ずっとお前のための曲を作ってた。おれの笑顔が見たいって言ってくれたの、本当に嬉しかった。でもな、おれもおまえの笑顔が見たかったんだ。だから、この曲が出来るまで、ずっと学校に来れなかった。おれバカだから、この方法しか思いつかなかったんだ」

レオは恥ずかしそうにはにかんでいる。その頬は薄らと赤く、息をのむほど美しい。いや、……私を想って曲を作ってくれたと知ったから、こんなにも美しく見えるのかもしれない。

涙は引っ込んだ。ただ、レオのその言葉に聞き入る。なんて幸せ者なんだろう、自分は。善意は大部分が押し付けで出来ていて、しかも私なんか復讐交じりの濁った善意。到底褒められたものじゃないのに、なぜこんなにも素晴らしい報酬が手に入るのか。

「おまえなー、いま自分のこと卑下しただろ?」
「え、えっ。なんで分かるの」
「わかるよ。千夜だから」
「そ、そっか……」

後輩にも言われたくらいだ。自覚してなかったけど、そうなんだろう。

「卑下とか遠慮とか、このライブでは禁止だ、禁止! この講堂は今、おまえの為の城! おれたちはおまえに愛を捧ぐ騎士! それだけ感じていればいいんだよ、わかるか!」
「あ、愛って……」
「そうだよ。愛してる! おまえのこと、誰よりも! この気持ちは、ぜったい誰にも負けないよ、おれは。おれの騎士たちは! 恥ずかしがらずに認めろ、おれたちの気持ちを!」

「まぁ、そうだよねぇ。これだけしてるのに気づかないとか、チョ〜ありえないし。ていうか、気付いてるんなら俺たちのこと見てなよ」

「お昼に俺がこんだけしてるんだから、受け入れてくれなきゃ困る……そうでしょ、千夜……」

「やだぁ、泉ちゃんも凛月ちゃんも情熱的♪ でもね千夜ちゃん、アタシたちは冗談で言ってるんじゃないわよ。貴女がくれた全部の愛、しっかりとこっちに届いちゃってるんだからね! 言い逃れはナシよ〜?」

「千夜お姉さまはやさしいお方です。必ず、私たち『Knights』の思いを受け取ってくださると信じています。そして、この朱桜司もまた、あなたに最上級の敬意を、友愛を。先輩方には劣りましょうなどと、引くつもりは微塵もありません。どうか、我らの想いを聞いてくださいまし」

さらりと、とんでもない『愛の告白』を五連続で聞かされる。この人たち、私が異性ということ忘れてる……訳ないか。同じ盤上に立てないとわかって、彼らは私を迎えてくれた。その事実まで、照れ隠しの為にひっくり返すわけにはいかない。

いかないけど、こ、これは……。

「う、ううっ……恥ずかしすぎ……」

やばい、また涙出てきそう。
もう顔を覆うなと言われたから、うつむくこともできないし。あんまり泣いてたら後で絶対弄られる。

「あ〜ダメだ駄目だ! 泣くな、泣いちゃだめなんだよ千夜!」

私の様子を見て、レオも焦ったようにストップをかけてくる。こくこくとうなずくと、少し安堵したように言葉を続ける。

「最初に言っただろ? おれはおまえの笑顔を見るために、曲をずっと作ってたって! だから、今から歌う曲は、ぜったい、ぜったいに笑って聞いてほしい! そのためだけに、おれのすべてを注いだんだ! そのために、おれは帰ってきて、『Knights』と一緒に練習した! どうかそれを、水泡に帰さないでほしい! おねがいっ!」
「わ、わかった、わかったから……」
「ほんと!? やった! ありがとう千夜、愛してるっ!」
「その愛してるの大安売り聞くと、ちょっと安心できる……」
「べつに安売りしてないけどな〜?」

不思議そうに首をかしげるレオに、私もほかの皆も笑った。レオはむむっ、とか言ってるけど、その不機嫌そうな声は本心ではなさそうだ。

「まぁ、愛してるって言ったらおまえが笑ってくれる。それなら、おれは声が枯れるまで愛してるって言ってやるよ。それくらい、おれはずっとずっと、お前の笑顔をステージの上から見たかった」
「そっか……」

笑ってほしい。

その祈りのような、誓いのような言葉。
私は、その望みを叶えよう。いつでも。どんな時でも。
笑って、貴方たちの傍にいたい。

騎士たちは笑う。王様も笑う。さて、あとは私の番。

「 笑って、千夜 」

この青春劇が終わるまで、終わりがきても。
この輝きの傍で、ずっと。