星まで秒読み

「朔間さん、これは貴方の復讐なのか」

表面上怒りを出さぬようにと務めた、硬質な声で問われる。煌びやかな和風の衣装を身にまとう敬人は、その衣装にそぐわぬ冷ややかさを零に浴びせてくる。
が、怯えるような零ではなかった。むしろ可笑しそうに笑い、否と首を振る。

「まさか」

自分を老醜と言い放ち、涼しい顔で観客席を見据える。
しかし……しかしだ。敬人にはこの感じに覚えがあったのだ。

「蓮巳くんには分からぬかもしれんなぁ。女を知るとよいぞ、坊や」
「何を訳の分からないことを。度し難い」
「……ま、構わぬさ」

零は首を横に振り、するりと敬人の近くから離れていった。まるでそれは、相手の力量を読み切ったと言わんばかりに。何なのだ、あの人は。苛立つ敬人の肩に、ぽんと手が置かれる。

「おい蓮巳。浮足だってんぞ」
「すまない、鬼龍。……そうだ、陣形を変えるぞ。『UNDEAD』と『紅月』を分ける」
「ああ、了解」

敬人は気づいていないみたいだが、と鬼龍は舞台の袖に視線をやる。そこには自分のクラスメイト、千夜の姿があった。
彼女がここに居る時点で、何かあるのは自明だった。

(もしかすると、かつて生徒会が『Knights』にやったコトと同じもんが返ってくるかもしれねえな。それこそ――体のいい『お掃除係』か。はたまた『本命が出てくるまでの前座』か。ったく、千夜と朔間が組んだら嫌なことしかおきる気がしない……が、)

一歩、足を踏み出す。一寸の隙もなく、美しく。それが鬼龍たちのパフォーマンスだ。

(俺にも『龍王戦』の恨みがある。こんな『憶測』を敬人に言う義理もねぇな)

ふ、と口の端が知らずに上がっていた。
千夜がこちらの視線に気づいたらしい。少し驚いた顔をしたが、すぐに手を振って笑っていた。『がんばってね』と口元が僅かに動いている。

(おいおい、俺まで応援してくれるのかい。ったく、ほんとに復讐なんかとは縁のねぇ奴だな)

そう思ったが、彼女ならきっと「鬼龍くんを応援してるだけで、『紅月』を応援してるわけじゃないし?」と悪戯っぽく笑うのは目に見える。これがすべて終わったら、話しかけて答え合わせをするとしよう。

一瞬だけ、振り付けですと言わんばかりの顔で片手を彼女に向けてあげた。今は敵同士、されどその在り方は尊重しよう。

「我輩もクラスメイトなんじゃが、手を振ってくれんかのう」
「おっと、俺だけだったか。悪いな」
「……柄にもなくムッとしちゃうのう? 困ったのう、老骨もやきもちを妬くものとは知らなんだ」

本気でつまらなそうにしている朔間に、思わず笑いそうになった。
謀略とか権威とか、そもそも自分には関係ない。今はただ、この歓声を楽しみ、隣の男の客気を飲み込み、彼女の眼差しを受け取ろう。

キラキラ輝くアイドルになりたいとは誰の言だったか。今この時だけならば、自分もそうなれる気がした。

願わくば、この先も続いてほしい。星の飛来まで、あと幾星霜か。それまでは、月の輝きを人々に焼き付けてやろう。



「っていうか、割とマジで邪道外道って感じですよねぇ。この作戦」
「アニキ、今更すぎるでしょ。でも確かに、千夜先輩も案外えげつないことするね?」
「の割に、楽しそうだね二人とも」
「「もちろん!」」

息ぴったりに返答が返ってくる。
邪道外道、という表現に思わず笑ってしまう。でもこういうのは零さんたちの得意分野だったから、生徒会にぶつかるなら、こういう手を使いたかったのだ。

「朔間先輩も、喜んで踏台になっちゃうんだもん。ほんとに好きなんだね、千夜先輩のことが」
「いやいや、私が好きとかじゃないよ。あの人は合理的に考えて、『Trickstar』を押し上げる為に踏台を買ったんだから。それに『2wink』だって同じことでしょ?」
「うーん、俺たちも革命はしたいんですけど……正直うすぼんやりしてて、まだ自覚はないんだよなあ。ゆうた君はどう?」
「俺も同じかな。だから、俺は千夜先輩と朔間先輩について行ってるって感じが近いかも」

にこ、と笑う二人。

「だから、頑張りますね」
「今は貴方の為に、歌って踊りますからね!」
「ありがと。でも、貴方たちの歌も踊りも、自然に皆に届いちゃうと思うよ」

だったら嬉しいな、と笑ったのはどっちだろう。『UNDEAD』と『紅月』と入れ替わるように、彼らは光の海に飛び込んでいった。