今は遠き銀の銃弾

スポットライトと観客が無造作につけたサイリウムは、裾から見ても眩しい。この輝きに魅せられるアイドルたちの気持ちはすごくわかる。
でも、ぼーっとしていてはプロデュース科の名折れ。中断していた衣装の最終確認を再開する。
晃牙くんの首輪……じゃなくてチョーカーをつけて、ブーツの紐の結び目も確認。少し緩んでいるので、強く結びなおそう。

「おい。別にんなことしなくていーんだよ」
「え? でも、こ〜ちゃんがステージでこけたら危ないでしょ」

跪くようにして、晃牙くんのブーツに触れる。どんな些細な綻びでも、ステージの上では許されない。そう言ってたのは、誰だったかな。泉か、鳴ちゃんか。それとも……

「緊張してんのか」
「そうかも。何かやってないと……不安でさ」

とうとう来た、『S1』当日。
ここで『紅月』を倒せないなんて展開は許されない。『Trickstar』がここで輝けないのなら、革命も復讐も夢物語になってしまう。
……もしも自分が男で、アイドル科だったら、一緒に戦えたのに。託すことしかできないのは、不安でたまらない。

でも、もし倒せなかったら。
そうしたら、もうレオは二度と、帰ってこない。
もう二度と、夢を見ることが許されない。
怖い。怖い怖い怖い。たまらなく、この一瞬が怖い。脳裏をよぎるのは『チェックメイト』の日。英智に慈しむような微笑みを向けられた、あの日。
もう一度だって、あんな目で見られたくない――

「おい、千夜」
「わっ」

突然、晃牙くんがしゃがみこんだ。当然、私たちの目線は同じくらいになる。顔が近い。

「テメ〜に跪けとは言ってねえだろ。ちゃんと立ってろ」
「え……」
「一年前のあんたは、『Knights』の女王だったろ。王が居ないからって、軽々しくこんなことすんな。吸血鬼ヤロ〜といいテメ〜といい、骨の髄まで柔になってんじゃねェ」

くしゃ、と頭を撫でられる。まるでいつも、私が彼にしているのをまねたように。少し、力加減が分かってないのか痛かったけど、でも。

「こ〜ちゃあん!」

思いっきり抱き着く。さすがにしゃがんでいるので支えきれなかった晃牙くんが尻餅をついたが、彼はやんわりと抱きとめるだけだった。

「うおっ!? ったく、情けねえセンパイだなぁ。おいアドニス、ここにクッソ弱い奴がいるぞ!」
「弱いものは俺が守る……と言いたいが」

アドニスくんも、私と晃牙くんの傍まで来て跪いた。

「千夜先輩は弱くないさ。俺たちに勇気を与えてくれるはずだ」
「あっ……アドニスくんっ……いま、名前……」
「嫌だっただろうか」

少し恥ずかしそうに首をかしげるアドニスくん。やばい、まだ始まってもないのにすでに泣きそうだ。
涙をごまかすように、アドニスくんへ向けて思いっきり笑顔を見せた。

「いやじゃない! これからもそう呼んでほしいな」
「わかった。千夜、先輩」
「うん、うん! あとこ〜ちゃんにも先輩って呼んでほし……」
「それは断る」
「ちぇっ」

ああ、でもなんだか緊張がほぐれてきた。本当に情けないプロデューサーでごめん、という気持ちが強くなって、晃牙くんに抱き着いた腕にもう一回だけ力を込めた。

「あー、なんかごめんね。アイドルに緊張解いてもらうプロデューサーって……普通逆だよねぇ」
「別にいーんじゃねえの? 普通とか、分かんねーし興味もねえ」
「そうじゃそうじゃ、ついでに我輩も抱きしめてほしいのう」
「うぎゃっ!?」

胴に思いっきり腕が絡んできたと思ったら、かなりの力で引き揚げられた。

「我輩の可愛い千夜よ、怯えることなど何もないぞ。何せ我らは不死者――『UNDEAD』じゃ。この身が銀の銃弾で貫かれようとも、おぬしから離れることなどありはせん」

耳元で甘くささやかれる……と言えば聞こえがいいのだが、非常に残念なことに腹を抱えられたまま宙ぶらりんの状態だ。かなりカッコ悪いし、胃が苦しい。

「うむうむ、安心するとよいぞ……♪」
「ちょ、ちょっと朔間さん。死にそうなんだけど」
「空気を読まんか薫くん。我輩たちは死なぬというておるに」
「そうじゃなくて、千夜ちゃんが」

捕獲された動物みたいになってるよ? と、なかなかひどい言葉のチョイスだけど今は許す。薫くんの指摘がなかったら、締め付けでノックアウトされていたところだった。

「ごめんねぇ千夜ちゃん。朔間さんってこういう所雑だよねぇ。ペットとか飼ったことないんだろうね」
「おお……すまぬ千夜よ、苦しかったか」
「げほっ、ごほっ……ま、まぁね。でもこれくらいヘーキ」

親指をぐっと立てる。別に親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンではないので、涙しなくても問題ない。私はちょっと涙目になってるけど。

というか薫くん、今私のこと零さんのペット呼ばわりしてなかった?

「海洋生物部にでも入ったほうがいいかのう?」
「えー、朔間さん海とか行ったら死ぬっしょ」
「じゃあ本屋にでも行って、教書でも買うかのう」
「零さん! 私飼われる予定はないからね!?」

なんて奴らだ……! 恐ろしい! これが過激で背徳的なグループか!

「ったくよぉ、ほんとクソセンパイどもは脳みそがピンク色だな。あと千夜、てめぇのせいで不必要に緩む空気をどうにかしろ」
「私のせい!? さっきのデレわんこはどこへ……」
「はんっ! 俺様は犬じゃなくて狼っつってんだろ!」
「一瞬にしてクールダウンする優しさ! 悲しい!」
「……やはり千夜先輩は、皆を強くする才能があるな」

アドニスくんが感心したように呟いた。うーん、後輩の気を大きくする才能と同級生を悪ノリさせる才能しか持ち合わせていない気がするのだがどうだろう。
なんて思っているのがバレたのか、彼は少しいさめるように私の肩に手を置いた。

「先輩は少し、自己評価が低すぎる。もっと正当に自分を見てあげたほうがいいと思う」
「え」

彼の言葉を、もう一度聞き返そうとしたけれど、零さんが「そろそろ出陣の時じゃな」と声を上げた。邪魔してはいけないので、四人の傍からそっと外れる。
アドニスくんの言葉は、諫めであり、励ましだ。ああ、こういう言葉をもらえるなら、同じ場所に立てなくても、戦友って思っていいのだろうか。
自分も力になれているって、信じたいと思う。

「さぁ、夜闇は迫った。我輩たちのステージの始まりじゃ」

珍しく四人揃って目を輝かせている姿に、少し頬が緩んだ。