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「やめとけ、エンヴィー。」

「何さ、ジェイク。邪魔すんの?」



俺の顔を覗き込むエンヴィーを止めたのは、意外にも軍服の青年だった。バリトンの声が静かに響くと、エンヴィーは不服そうに口を尖らせた。
こいつ、味方なの…か?軍服を着ているし、もしかしたら。なんて甘い考えを抱ける筈も無い。青年の瞳は前髪に隠れて全ては見えないというのに冷たく冷え切っている。



「お前…一体…?」

「勘違いするな。お前は利用価値があるから生かしてるんだ。そうじゃなかったら今すぐ俺が切り刻んでやる所だ。」



スッと細められた瞳には、確かに憎しみが込められていた。ジェイクと呼ばれた青年は、カツカツとブーツを鳴らして俺に近付く。体が動かなかった。憎々しげに俺を見下した後、しゃがみ込み、三つ編みをグイッと引っ張り顔を更に近付けた。



「何でエルはお前なんかを気にするんだかなぁ…。」

「!エルを知っているのか!あいつは今一体、」

「お姫なら違う部屋で倒れてるよ。そこにいるジェイクに痛ーい目に合わされたからね。」



エンヴィーがカラカラと笑う。ジェイクは舌打ちを一つして、俺の三つ編みを乱暴に振り解いた。その勢いで寄り掛かっている壁に体が擦れた。くそ、情けねー。
ジェイクはすぐに俺に興味を失ったらしい。立ち上がると俺なんかに一瞥もくれずに、小さく笑った。

パン!

ジェイクと俺の間に突如聳え立った壁。あの光、あの音。間違いなく、錬成反応だ。もしかして、と、痛む身体を無理矢理立捻って壁から入り口を覗き込む。入り口にいたのは、やはり。



「…手、出すなって、言った…でしょう…ッ、」

「あら、もう立ち上がれたの。」



3人を睨み付けている余裕の無い表情は今までに見た事の無いものだ。少し離れた位置から聞こえるのはゼエゼエと、荒い息遣い。脇腹部分が特に血に染まった軍服。いつにも増して青白い顔は苦痛に歪んでいて、口の端から血を流し、歯をギリリと食いしばっている、瞳はどこか虚ろで、どこを映しているのかはこちらからは窺えない。満身創痍なのは一目瞭然なのに、それでも彼女はそこに立って、両手を拝む様に合わせていた。



「エル!来んな!!」

「ほ、んとに、あなたは、余計なこと…ばかり…ッ!」



彼女が滑り込むように俺の前に立ち、ジェイクの接近を阻むと、ジェイクは楽しげに笑みを深めた。
ああ、また俺は彼女の背中を見るしかないのか。なんて情けないんだ。体中痛んで足を立たせることすらままならない。

エルは再び手を合わせ、コンクリートから剣を錬成し、3人に切っ先を向ける。小さく彼女の名前を呼ぶと彼女は視線だけこちらに向けて「大丈夫です」、と答えた。
大丈夫な訳あるか!そう言ってやりたいのは山々だが、彼女の強い視線に俺は口をつぐんだ。



「結構深く抉られてたのに、タフなのね。」



ラストがエルの脇腹を見ながら口元を歪めるとエルはラストを一瞥する。そして息も絶え絶えに吐き捨てた。あなた達はどうせ知っているのでしょう、と。その言葉を聞いて笑ったのはエンヴィーだ。ケラケラと、至極楽しそうに笑うエンヴィーに俺もエルも眉を顰める。
エンヴィーは一頻り笑った後、エルを見つめた。それは子供がおもちゃを手に入れた時のそれにも見えるし、例えば親が子に笑いかける様なそれにも見えるし、はたまた愛しい人に微笑む様なそれにも見えた。そして俺は、そんな視線に嫌悪にも似た感情を抱いた事だけは確かだった。



「ねえ、お姫。こんな光景に覚えはない?」



エンヴィーはそう前置きをして、人差し指を立てた。訝しげにエンヴィーを見るエルだが、構えた剣の緊張感だけは無くならない。守られているという事実と、彼女は軍人なのだという事実をこんな状況で再認識する。

例えば。そんなエンヴィーの声だけが響く空間。まるで物語を読み聞かせするような、楽しげな声音。状況に似つかわしくなく、俺はますます眉を寄せる。



「栗毛の少女を庇って死んでしまう金髪の少年の話。」



はあ?と思わず声を出してしまう。全く意味が解らない。こんな状況でふざけてんのか。
しかし、彼女は違った。いつもは涼し気に細められている目が、零れんばかりに見開かれた。僅かに震える唇からは、どうして、とか細い声が漏れる。動揺しているのか、構えている剣がチキチキと音を立てた。にい、と笑みを深めたエンヴィーに、寒気がした。



「俺が再現してやろうか?記憶、戻るかもな。」



そう言ってスライサーの剣を拾うと、ジェイクは憎々しそうに目を細めて俺を見た。それまで呆然としていたエルが、ハッと目を見開く。「エドワード!!」振り向き様に強く呼ばれた俺の名前。視界を覆ったのは、青。



「エル…?…エル!!!」



ずるりと力無く俺に凭れてきたのは、見間違えるはずが無い、青い軍服。右肩に深々と突き刺さった剣だけが妙に現実感を帯びている。肩だけではない、脇腹も酷い出血だ。そのせいで気を失ったのだろう。
彼女の名前を呼び続ける俺を冷ややかに見つめるのは、彼女の右肩に剣を突き刺した人物だ。



「子ネズミを庇うなんて、本当に愚かだな、エル。」



言いながら切り裂かれた彼女の肩からは血が溢れた。何の感情も無く彼女を見下ろすジェイクは空恐ろしくも思える。しかし、俺の中の感情はそんな恐怖なんかとっくに凌駕して、ただただ怒りだけで満たされていた。何に怒っているか、なんて考えなくたって解る。彼女に俺を庇わせた、俺自身に、だ。

荒い息を一つ吐いて、壁伝いに立ち上がる。とにかく目の前のこいつらに一発くれてやらないと気が済まない。エルを静かに横たえる。目を閉じた彼女の顔からは血の気が引いていた。肩と脇腹から溢れた赤い赤い血は俺の足下に血溜まりを作っていた。
何故彼女がこんな姿になっているのか。俺が弱いからだ。何故彼女があんなに取り乱したのか。それを知るのは彼女自身と、目の前の人物達。

ジェイクは血塗れの剣を放り捨てると、もう俺達に興味が無い、と言ったように背を向けた。ジェイクと交代するように近付いて来たエンヴィーに蹴りをくれてやろうと繰り出すもギリギリで避けられてしまう。エンヴィーは焦った風に避けた後、半ば呆れた感じで息を吐く。まるで子供のワガママをいなすような、そんな響きですらあった。



「あらー…、やる気満々だよこのおチビさん。」

「チビチビとうるせーんだよ!てめえらが売ったケンカだろうが!有り難く買ってやる、」



ボギン、と鈍い音を立てて、錬成しようと合わせた右手はコントロールを失った。
このタイミングで壊れんのか!?ウィンリィの言っていた、強度が下がった、という台詞が過った。
ラストが冷静に機械鎧の故障ね、と考察する。それに答えるようにエンヴィーがラッキー!と両手を上げた。にこりと笑ったかと思ったら、俺の腹部に衝撃。エンヴィーの膝が鳩尾に入っていた。徐々に遠のく意識にまずいと歯噛みするが、抗うことは出来なかった。

- 表紙 -