この人絶対わかっててやってる

朝日の眩しさが目に染みてぼんやりと目を覚ました。頭が少しズキッと痛む。完全に二日酔いだ。うう、と呻いて二度寝体勢に入ろうとして、私は違和感に気付いた。

うちの枕ってこんなに固かったっけ?



「んんー・・・。」

「・・・え?」



んんん〜〜〜???

布団とは違った温もり、一人暮らしの部屋に聞こえるはずのない他人の声。そもそもうちの布団はこんなにフカフカしていない。よく見るとこんな天井も私は見たことがない。

血の気が引く思いで恐る恐る左を見ると、なんとなく見覚えのあるシルエットが浮かんだ。ぴょこぴょこハネた茶色の髪の毛。昨日は色付きレンズで見えなかった瞳だけど、今は瞼に隠れてその色は見えない。まつ毛長いなあ、と現実逃避しかけた。

そして私は更なる事実に気付く。布団ってこんなに感触をダイレクトに感じるものだったか?と。



「・・・、あああ〜・・・、」



思わず情けない声が出る。布団の下に隠れた自分の体は、今は何も身に付けていない。固いと思っていた枕はどうやら隣の人物の右腕のようだった。触れ合っている左の肩がダイレクトに彼の温もりを感じるということは、きっと彼も少なくとも上半身に何も衣をまとっていないということだ。

ここまで証拠を並べられて、意味がわからないほど私も馬鹿じゃなかった。唯一の救いは私にその記憶が全く無いことだろうか。

私の記憶は昨日まぁちゃんのお店でシャンパンを飲んでいる最中から欠けているようで、いつ店を出たのか、ここまでどうやって来たのか、そしてその後のことも一切合切記憶が無い。



「ん・・・、」

「ひぇっ。」

「あ・・・みーちゃん、おはよー。起きたんだね。」

「ご、」

「ご?」

「ごめんなさい!」



薄らと目を開けて微笑みながら呑気に朝の挨拶をしてくるその人、嶺二さん。

私は咄嗟に布団に隠れた。えっ!と声を上げる嶺二さんは何故か布団を剥がそうとする。ごめんなさいごめんなさいと謝罪を述べながら、剥がさないでー!と悲鳴を上げると、嶺二さんが笑い声を上げた。



「わかったわかった。とりあえずそのままでいいからお話しない?」

「い、慰謝料とかそういうお話でしょうか・・・。」

「慰謝料。」



そんなわけないでしょ、と嶺二さんが笑い声を上げる度にその振動がダイレクトに私の体に響く。布団の上からポスポスと頭を叩かれると何とも居た堪れない気持ちでいっぱいになった。記憶はどこまであるの?と聞かれ、シャンパン2本目開けたあたりだと答えると、そっかそっかーとゆるい返事が返ってくる。

嶺二さんの話によると、シャンパン3本目を飲み干した辺りで私はカウンターで潰れたとのこと。時間も時間なので、まぁちゃんはシャワーを浴びてゴルフに直行するから帰りはれいちゃんに任せた!と私を置いて帰って行ってしまったらしい。嶺二さんはタクシーに乗る前や乗った後も何度か私に住所を問い掛けてくれたらしいが、すっかり潰れた私から返事があるわけもなく、そのままここに運んでくれたそうだ。



「ち、ちなみにここって・・・。」

「ん?ボクのおうち♪」

「ですよね!」



布団越しでもわかる。きっと嶺二さんは目を細めてニッコリと笑っている。絶望に打ちひしがれていると、私の力が弱まった隙に、えいっと布団を剥がされてしまった。ぎゃー!と色気の無い悲鳴を上げたが、私の頭の下にある右腕で引き寄せられてしまい顔を背けることも出来なくなった。昨日見た感じではそこまで力があるように見えなかったのに、これが男女の差ってやつですかね。い、意外と体引き締まってるんですね、えへへ!



「で、ボクのおうちに来てからのことは聞かなくていいのかなー?」

「出来れば無かったことに・・・!」

「ならないねぇ。」

「ですよねぇ?」



もう1回同じことしたら思い出すかな?と左手で私の髪の毛をひと房持ち上げて、唇に寄せる姿がスローモーションに見えた。後頭部を優しく撫でられ、完全なパニックに陥った私の顎をそのままの流れですくい上げ、嶺二さんが至近距離で微笑む。ひいやあああ〜、と私の情けない叫び声と、あはははは〜、と嶺二さんの楽しそうな笑い声が部屋に木霊した。



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