公認ストーカー



翌日、誠と登校した私は、珍しく一階を経由して自分の教室に向かうことにした。
誠から音楽の教科書を借りるためだった。

「置き便もたまには役に立つね」
「教科書忘れた奴が偉そうに言うな」
「あはは、ありがとうね」

教科書を受け取ると、そのまま直進して向こう側の階段へ向かう。
はっきりとした目的があるとはいえ、先輩の教室のある階を歩くのはあまり気持ちいいものではない。
落ち着かない気持ちで、無意識に歩く足が速くなっていく。

「……ひゃっ!」
「おっと、すまないね」

そのせいで、教室を出て来た男の先輩にぶつかってしまった。
どうしてこういうことをしでかしてしまうのか。
自分の無配慮さに呆れながら、慌ててその先輩に頭を下げる。

「…すみません!」
「……おや、君は」
「……あ…」

相手の反応に違和感を覚え顔を上げると、昨日下駄箱で目が合った、あの男の人だった。
三年生だったんだ。
先輩は少し驚いた顔から、すぐに昨日と同じような穏やかな微笑みを湛えて、改めて私を見た。

「昨日会った子だね。一年生かな、それとも二年生かな」
「二年生です、あの…粗相をしてしまってすみません」
「気にしていないから大丈夫だよ。それより…名前を聞いてもいいかな?」
「あ、えと…倉田恵美といいます」
「恵美ちゃんだね。僕は風間望、よろしくね」

にっこりと笑みを浮かべる風間先輩は、少し会話をしただけでも、昨日と変わらない印象の先輩だった。
今まで異性との付き合いは誠くらいのもので、どうしても比較対象が誠になってしまうのだ。
付き合いと言っても交際と言う意味ではなく、遊んだり話したりという意味なのだけど、誠以外の人とはあまり記憶がない。
誠より物腰が柔らかく、優しそうな先輩だと思った。

「ほら、もうすぐチャイムが鳴ってしまうよ。気を付けて行くんだよ」
「……はい、ありがとうございます」

再びぺこりと頭を下げると、先程よりゆっくりとした足取りで二階へと歩き出した。
…なんだかお兄さんのようなことを言われてしまった。
しかし、誠以外の男の先輩との交流はとても新鮮だった。
また会うことがあるかはわからないけれど。
話す機会はあるのだろうか?
誠とクラスが違うから、滅多にその機会はない気がする。
そう考えながら教科書を抱く手に、知らず力がこもっていた。



昼休みになり、私は教科書を返すために、誠の教室へ向かっていた。
するとその道中、見たことのある顔が視界に入った。

「おや、恵美ちゃん。また会ったね」
「あ、風間先輩」

ゆるゆると片手を振って微笑む風間先輩が、廊下に立っていた。
これからお昼ご飯だろうか。
同じことを思ったのか、風間先輩からも同じ疑問が聞かれた。

「誰かとお昼かな?」
「ああ…いえ、ただ教科書を返しに来ただけで」
「珍しいね、知り合いが三年にいるのかい」
「はい、そうなんです」

急がないと誠はすぐにどこかへ行ってしまう。
急ぐ旨を申し訳ない表情と共に伝えると、手を振って見送ってくれた。
なんだか不思議なペースの人だ。
誰かにぶつからないように小走りで誠の教室に行くと、今まさに教室を出ようとしているところだった。

「はい、ジュース代」
「お、ほんとにくれるのかよ。ありがとな」

<ジュース一本で>と軽く言われただけなのだけど、ありがたかったのは確かだったので、100円と教科書を渡した。
そして今度は待たせている友達の元へ帰ろうと、教室へトンボ返りするのだった。



二度あることは三度あるというけれど。
こんなに直近で起こることなのだろうか?
下駄箱で靴を履きながら、私はそんなことを考えていた。

「今日は良く会うね、恵美ちゃん」
「本当ですね」

今日も誰かを待っているのだろうか?
そう思っていると、先輩はすぐに校庭へ出ていった。
必然的に私もついていく形になる。

「今日はどなたかと待ち合わせしていないんですか?」
「ああ、今日はね。恵美ちゃんはどうなんだい」
「私は校門で合流する予定なんです」
「なるほどね。じゃあお喋りはまた今度かな」
「ふふ、そうですね」

すみません、と頭を下げると、そんなに謝らなくていいよと窘められた。
それではまた、と互いに別れを告げ、私はすぐに校門へ向かった。

「おまたせ」
「おう。……さっきの奴、三年か?」
「うん、そうだよ。知ってる人?」
「顔は見たことある気がするな。いつ知り合ったんだよ?」
「昨日だよ。今日も会ったの二回目で」
「あ?なんだそれ。ストーカーじゃねえか」

一瞬、誠の頬がぴくりと反応した。
そんなんじゃないよと必死に否定すると、何とか落ち着いたようだった。

「昨日からたまたま会い続けてるだけ」
「ふーん。ならいいんだけどさ」
「大丈夫だよ」
「わかったよ」
「…ストーカーじゃないからね?」
「どうかな」
「ええっ!」

…私が今までまともに異性の友達が出来なかった理由が、当時はわからなかったけど、今やっとわかった気がした。



title by 確かに恋だった 651



EHL.