空が闇に落ちる数秒前

「ドイツ?」
「少し長期任務になるんだけどね」

受け取った資料の冊子をパラリとめくりながら、神田は今回の任務の地名を口にした。それに対して返ってきたコムイの言葉には何の返答もせず、ただ資料に綴られた任務内容や現地のデータ等に目を通す。
AKUMAを破壊できる唯一の存在。それがエクソシスト。その数は決して多くなく、そのため次から次へと舞い込む任務を遂行するため彼等は世界中に散っている。神の使徒と呼ばれるエクソシストのひとりである神田ユウは、一通りコムイの説明を受けた後身体を沈めていたソファから立ち上がった。と同時に、隣に座る偲月の頭を軽く叩く。

「行くぞ、偲月。ぐずぐずするな」

黙って資料を読んでいた偲月は、神田の声にゆっくり顔を上げる。無表情で見返し、先ほどと同じくらいゆっくりとした動作で立ち上がる。小柄な偲月は神田の肩より下に頭がある。同じ日本人なのに、そう思えないのはの東洋人離れした髪と目の色のせいだろう。銀灰色の髪と灰色の瞳は、神田の漆黒のそれらとは似ても似つかない。
偲月を待って足を進めようとしたとき、コムイが神田くん・と短く神田を呼んだ。

「先日現れたアンノウンが動いてるっていう情報があるから…気をつけて」

いつもよりどこか硬い笑みで送り出すコムイを一瞥し、神田は無言のまま扉へと向かった。そんなコムイに対して偲月は違和感を覚えつつも、自分を追い抜いて先に行く神田の背を追いかけながらひとつ問う。

「任務、どこに行くの?」
「ドイツっつってただろうが。お前聞いてなかったのかよ」

怒りというより呆れの方が濃い声音の神田に、偲月は首を傾げる。自分は全く何も知りません。初耳です。とでも言いたげな様子だ。
普段からどこか呆けている偲月のこと。今回も任務の説明を聞いているうちに何処かへトリップしていたのだろうか。それとも読んでいた資料に集中しすぎて周りの音を拾っていなかったかのどちらかだ(ちなみに神田は9割9部の確率で前者だと思った)。

しかし任務となったら別。偲月はエクソシストとして他の仲間に引けを取らない実力でAKUMAと闘うことが出来る。
まあ任務の時くらい集中してもらわなければ、結果訪れるのは死のみ。後で先ほどコムイから受けた説明をそっくりそのまま(多少の省略はするが)偲月に教えてやるのが彼女とペアになったものの暗黙の了解でもあった。

市街に出るために地下水路に向かうふたりの足音が廊下に響く。先ほど簡単に読んだ資料の一文と、コムイが念を押したあの一言が神田の脳裏に蘇る。思い出されたそれに眉を顰め、神田は後ろを振り向かずに言った。

「偲月。今回の任務はいつもより気ぃ張っとけよ」

低く響いたその言葉の内容は、いつもの彼なら発しないようなもの。そのようなことをわざわざ言わなくとも偲月は任務を決して軽く考えていないし、逆に人一倍任務への遂行にこだわる部分がある。そしてそれを十分理解してあるであろう神田がそう言うのだ。
そして先ほどコムイが言っていた“アンノウン”の存在。
偲月はハテナをその表情に浮かべつつも、彼がそのようなことを現地に着く前に言うのだから余程大変な任務なのだろうかと思いつつ、素直に頷いた。

prev...top...next

index