白い蒸気を吹き上げ、漆黒に塗られた列車がゆっくりと停車した。ほぼ時を同じくして、それと同じくらいの黒を纏ったふたりが駅のプラットホームへと降り立つ。空からは無言のまま雪が舞い落ちていて、地に積もった雪がサクリと音を立てて踏み固められては歪に形を変えていった。
「AKUMA探索は明日だな。コムイから慎重に行動しろっつう命令まで出てるしな」
時計台と空の色を見比べ、神田は後ろにいる偲月に伝える。いつもの任務ならどんな時間であろうとそのまま任務遂行に移るのだが、今回はコムイが“長期任務”と称するほど慎重に行動しろという御達しが出ている。大量に確認されているAKUMAの破壊が目的であるこの任務。“アンノウン”の存在も気になる現状で、本当に焦って行動するのは良くないとの考えだけでの命令なのだろうか。
だが命令とあればそれに従うのみ。探索部隊が用意しているという宿に向かうため、ふたりは市街地へと足を進めた。
「…AKUMAの気配は、ないね」
「だな」
擦れ違う人々にも神経を張りながら、神田は自分の少し後ろで歩いている偲月の言葉に相槌を打つ。偲月は周囲を見渡しながら、そこに不穏な気配がないかと探りをかける。しかしそれに集中しすぎて神田と離れてしまっては元も子もないので(というよりはぐれた後合流する神田が恐い)、適度に肩の力を抜きつつ神田の背を追った。
視界に入る雪がフィルターとなりはっきりと周囲を見渡すことの邪魔をするが、彼の生きているように目の前で舞う漆黒の長髪を目印に、偲月は淡々と歩き続けた。その最中、不意に。
「お姉ちゃん」
足元から小さな声と、コートの裾を掴まれる感触がした。偲月は反射的に足を止め振り返る。引っ張られているコートの裾を目で追うと、白い腕が目に入った。それを辿るとそこには少女が自分を見上げて立っていた。
「お姉ちゃん、キャンディ、いらない?」
「偲月?」
少女の声と、訝しさを含んだ神田の声が重なる。
一旦神田の方を向いた後、偲月は足元の少女に視線を戻した。ウェーブのかかった金髪をふたつに結って蒼い目で偲月を見つめる少女の年齢はまだ四、五歳くらいだろうか。そんなことを観察していると、少女はおもむろに腕に提げた籠を偲月に示す。
「キャンディ!おいしいよ?」
少女はニコリと少しも汚れを知らない笑みを偲月に向けた。彼女が示した籠の中には、色とりどりのナイロンに包まれた棒付きキャンディがたくさん入っている。おそらく手作りであるそれら。きっとこれを売り歩くことで生計を立てているのだろう。
ただ籠の中身と少女を交互に見ていた偲月に、少女はもう一度笑みを向ける。偲月はあまり、笑うことに慣れていない。少女に同じだけのそれを返せたら一番良いのだろうが、それは今の彼女にとっては難しいことだった。
純粋無垢に笑顔を向けてくれる少女に少し申し訳ない気持ちを覚えたが、偲月はコートのポケットの中を探る。そして発見した一枚のコインを少女に差し出した。
「これで、足りる?」
値段を聞いていないので足りるかわからないが、とりあえず買うつもりだという意思を少女に示した。すると少女は更に笑みを明るくして、ありがとう!と鈴が転がるような声音で言葉を紡ぐと、籠から二本、キャンディを取り出して偲月に手渡した。
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんの分!お金は足りてるよ」
お兄ちゃん、と少女が称した人物は、少し彼女達から離れたところで立って待っている神田のことだ。いつ危険に襲われるかわからないこの人混みの中で長居することは、当然彼も避けたいと思っているだろう。しかしこういう時黙って自分を待ってくれている神田を、偲月は教団のものたちが“冷酷人間”と称することは間違いだと強く思う。
ありがとう・と差し出されたキャンディを受け取り、そのまま神田の所へと向かう。肩越しに振り返ってみれば、少女は新たな客に声を掛けていた。
偲月が追いつくのを待って、神田はまた先へと歩き出す。しかしその歩調は先ほどより幾分もゆっくりで、彼女のそれに合わせているように思えた。偲月は神田の隣に並びながら、はい、と先ほどのキャンディを神田に差し出す。
「これ、ユウの分」
「いらねぇよ、お前食え」
「何で?」
「甘いの嫌いなんだよ、俺は」
それよりお前良く金持ってたな・と、早速自分の分のキャンディを舐める偲月を横目で見ながら神田が呟く。薄暗い雪雲に覆われた空が本格的に夜へと姿を変えようとする中、偲月の髪が雪の光に反射してきらりと光った気がした。