そこは一帯を見渡せて砂から逃れることができる唯一の場所だった。
高く吹き抜けた風が珍しく地上の細かい砂を巻き上げてグリムジョーの頬をなぞる。一瞬眉を顰めたグリムジョーは口元まで覆っていたマントをさらに鼻先まで引き上げた。視線を変えず目を細めずっと先を見やると、砂埃をあげながら騎馬隊と歩兵で構成された軍隊が遠くの砂丘を越えてきているのが視界に入った。今回の遠征は長かったな・と塔のてっぺんの小窓からグリムジョーはその軍勢を眺めながら思った。窓枠に肘をのせ、頬杖をつく。手の甲で砂でざらついた頬を乱暴にぬぐった。
地平線の彼方まで砂漠が広がる空虚な空間に、その国はあった。一年中砂の風が吹き荒れて不愉快極まりないこんな場所によく国を構える気になったものだと常々思うが、父王が自分が生まれるずっと前に奪った国がここだったのだから仕方がない。砂漠の真ん中とは思えないほど強固な城壁に囲まれ整備された国。よく父王は、攻めにくい砂漠の中にあって城壁に囲まれたこの国の防御は完璧だと酒に酔うたびに高笑いをしていた。一から自分が築いたものではないのによくここまで酔いしれることができるな、と幼い頃から冷ややかに見ていた。防御が完璧ということは内から攻められたら逃げ場がなくどうしようもないではないかと思うが、わざわざ進言はしてやらない(無能な父王や兄たちがいつ気づくか、いっそ楽しみになってきている)。
ただこの近年、酒に酔うだけならまだよかったのだが、父王は己の権力にもひどく酔い始めた。
戦争に勝利した軍勢と共に、攻め込んだ国から奪ったであろう金品や食糧の入った荷車らしきものが一本の線になってずっと遠くまで続いている。その線の横にさらに小さく動くものたちが見え、目を凝らすとそれもいつもの光景だった。ぼろ切れのような衣服を纏い手を鎖で繋がれ歩かされている捕虜たち。あのように敗戦国から連れ帰った捕虜や奴隷がこの国には溢れている。
生まれてから十数年、両手の指では数え切れないくらい同じような光景を見てきた。
他国を侵略して領土を拡大し、自国の富を増やすことに取り憑かれた父王とそれに追従する脳なしの兄たち。お前も一緒に行くかと今回も誘われたが、いつもの如くグリムジョーは応じることなく城に残りいつも通り過ごしていた。
側近たちと鍛錬を繰り返し、膨大な書物を読み漁り世界の動向を探る。正直砂漠の真ん中にあるこの小国(きっと父王たちはこの国が小さいなどと思ったこともないだろうが)に、大国の数々と渡り合えるようなもの、外交に利用できそうなものなどほとんどなかった。それでもこのように他国に戦争をしかけ勝利をおさめることができているのは、捕虜として連れ帰った奴隷たちを兵士に組み込み数だけ膨れ上がった巨大な軍勢があることと、夜間に奇襲をかけるという馬鹿のひとつ覚えのような戦法によるところが大きい。また周りの国はここよりずっと小国だ。蝸牛角上の争いを続けて自分達は強いと勘違いをしているだけだ。
「クズどもが」
簡単な事実に気づかない無能な身内に対し苛つく感情を吐き出す。この国に愛着心などない。ただ、いつか無能な父王や兄たちに代わって自分が王になるという根拠のない自信だけはあった。自分が王にさえなればもっとまともな国にできる。自分が王であれば。
「グリムジョー!王たちが帰還するから来いってよ!」
ふいに塔の下から自分を呼ぶ声がして視線を落とせば、側近のディ・ロイがいた。主従関係なのだからこのようにディ・ロイからグリムジョーに気軽に声をかけることはあってはならないのだが、幼い頃から一緒に育ってきた者同士、今から態度を変えろ、敬え、など、小さいことを気にするようなグリムジョーではない。チッと舌打ちをすれば、「舌打ちしてねえで降りてこいって!」としっかりその音をよく聞こえる耳で拾っていたディ・ロイが両手を口元に近づけてさらに声を張り上げて催促してきた。わーったよ!とグリムジョーもその声に応える。踵を返しながら窓の外を一瞥する。いつか自分のものになるであろうその軍勢をみとめ、グリムジョーは眉間に大きく皺を寄せた。