「お前の嫁のお披露目だろ?不機嫌そうにするなよ」
「うるせえ」
間髪入れずに喋りかけるなと睨みつければ、いい加減目上の者を敬う態度を覚えろと少し離れたところにいた三番目の兄が声を投げてくる。それに対してグリムジョーは目を向けることすらせず「てめえらの敬える要素なんざ知るか」といつも通り吐き捨てるように言った。遠くでディ・ロイが周りの従者にバレないように口角をあげるのを堪えているのが見てとれる。ここで笑うものなら不敬罪として即刻頸を刎ねられてしまうだろう。あの馬鹿が、とグリムジョーは頭の中でディ・ロイをなじり大人しくしてろと命じるように睨み付けた。その視線に気付いたのか、ディ・ロイはすんと表情を引き締める。内心はひたすら笑いを堪えているのだろうなと思うがもうどうでもよかった。
グリムジョーの不遜な態度に舌打ちをした三番目の兄が何か言い募ろうとした瞬間、銅鑼の音が二回鳴らされた。
「東の国の皇女が到着しました」
玉座に向かい一礼をしながら述べた家臣に対し、父王は通せとただ一言命じた。
グリムジョーは頬杖をついたまま瞼を
だが今回の皇女は異能の力を持った醜女であるとこちら側にも噂が耳に入るくらいだ。通常なら先方の怒りを買いかねない面倒なものは人質にすらならない。それを受け入れたのは父王たちのグリムジョーに対する嫌がらせに他ならない(まあそんな奴を送り込んでくる国も国だが)。
ああ全てが面倒くさい。さっさと目の前に到着した皇女とやらを適当な宮に追いやってこの話を終わらせたかった。
シャン、と輿の四方につけられた鈴の束が鳴る。その音とともに輿の帷が引き揚げられた。輿の真ん中に鎮座する人影が見える。その場にいた全員の視線がそこに集まる中、グリムジョーは一拍置いてそちらに目をやった。輿からゆっくりと降りてきた女は俯いたままなめらかに四肢を動かしその場に跪いて頭を垂れた。頭からすっぽり覆われた絹のベールで彼女の顔は見えない。しかし薄手の衣服から床に手をついたことで露わになったその手首は白くて細かった。
「異能使いの醜女か」
流れるような立ち振る舞いに目を奪われていた兄の一人がはっとしたように嘲笑し立ち上がる。そしてツカツカと頭を下げたままの彼女に近づき、躊躇なくそのベールを剥ぎ取った。
瞬間、グリムジョーの視界を掠ったのは亜麻色だった。
反射的に顔を上げた彼女の前髪の奥から覗く亜麻色の瞳。顔が正面に向けられたことで先程視界を掠ったのは彼女の瞳だったのだとわかった。髪は腰まで伸ばしているのかそれもまたきれいに整えられていて、ベールを取り払われた弾みで生じた風に揺られてふわりと後ろに舞った。その一連の流れはまるで数枚の絵を切り取ったかのように脳裏に焼き付いて、グリムジョーは思わず手首に預けていた顔を起こした。
ああ、綺麗だな。
無意識にそう思った時、彼女と目が合った気がした。ほんの一瞬で視線を交差させるまでには至らなかったが、今度はしっかり彼女も自分の姿を捉えたと思う。
ベールを剥ぎ取った兄はその場に立ち竦んでいる。誰も何も言えない不思議な空気が流れていた。その異常さが漂う空間の中、彼女は動じた様子を一切見せることなくその場に跪いたままだった。動けなくなっているというわけではない。傍らに立つ自分のベールを剥ぎ取った男には目もくれず、彼女の揺れのない視線は真っ直ぐとこの場で最も高貴な立場に座する王から逸されなかった。
その様子に片方のみ口角をあげ、父王が静寂を破った。
「名は?」
「凪、と申します」
凛とした声が広間に響いた。玉座を真っ直ぐ見上げていたその目がほんの少し横に逸らされる。三度目は意図的に、お互いの水色と亜麻色を交差させた。